いままでとこれから(9)
テーブルの上には料理が運ばれてきている。餃子の芳ばしい香と焼き立ての音が、賑わいを盛り上げた。鯛の身を具材とした炊き込みご飯は、実菜穂のお気に入りである。テーブルに置かれた時には、手を叩いて目を輝かせていた。
本命の塩ラーメンも運ばれてきた。器の中は、海に浮かぶ島や波をイメージして麵の上に具が散りばめられている。思わず見入ってしまう景色に、女子のテーブルだけでなく男子のテーブルからも声が上がった。
「「「いただきます」」」
女子のテーブルから一斉に声が上がった。示し合わせたわけでもないのに、手を合わせてハモルのは、神様に仕える巫女の神聖さと微笑ましさを感じさせた。その証拠に、女子を見ていた男子も遅れながら手を合わせて「いただいます」をした。
「わーっ。実菜穂さんから話を聞いていたけど、これは箸をつけるのがもったいない感じがします」
霞が右手に箸、左手にレンゲを持って固まっていた。隣では琴美も同じように器を見つめていた。
「霞ちゃん、まずスープを味わってみて。その後は、自然に箸が進むから。躊躇いなんて全部とんでいくよ」
実菜穂がレンゲでスープをすくって口に運んだ。霞も実菜穂の真似をして、スープを飲んだ。
「おいしい! 実菜穂さん、これすごくおいしいです。スープが透き通っていて、一気に喉を通ります。それなのに味わった後、また欲しくなります」
霞は言葉を終えないうちに箸で麺を口に運ぶと、幸せそうな顔で啜った。霞が美味しそうに食べる姿を見て、琴美がスープを飲んで麺を啜ると同じ表情をして喜んでいる。
「でしょう。それでね、味が濃いものが欲しくなった時にこの餃子を食べると……また麺が進むんだよ」
実菜穂が餃子を一口で食べた。カリカリの皮から、ジュワっと出てきた熱い汁に口をハフハフさせた。幸福に満ちた実菜穂の顔につられ、女子のメンバーは餃子を口に運びハフハフと笑顔で食べていた。
実菜穂にとって口の中に広がる熱さと美味しさは、今を生きているという実感であった。それは実菜穂だけでなく、ここにいる巫女たち全員が同じである。ナナガシラから、生きては帰れないとの覚悟から解放された瞬間であった。
店の主人は陽向の笑顔を見て熱くなる目頭を、誰にも気がつかれないように押さえていた。
「これを上座の席に献上してくれ」
主人が、真一に陽向たちの席と同じ数の料理を作って渡した。真一は驚いたが、素直に料理を運んだ。
「おやじ、誰も来ねえのにどうしてあの席に料理を置くんだよ」
料理を運び終えた真一が呆れた顔で席を指さすと、主人の方も「何言ってんだ」という顔をした。
「何度も言わせんじゃねえよ。あそこには、巫女を護る神様がいるんだ。なにか、お前は正月に絵に描いた餅を供えるのか? それにあの陽向ちゃんの顔を見ろ。幸せそうだろう。お前は気がつかなかったかもしれないが、巫女さんたちは、あの席に料理を運ぶ間、手を止めてお前を見守っていたんだ。感謝をした綺麗な眼をしてな」
主人に言われ、陽向のいる席を見た。そこにいるのは普通の女の子である。見かけは普通なのだけれど、全ての女の子が真一に感謝をして喜んでいることが伝わってきた。それは、舞を舞っている写真と同じ美しい姿の少女を、真一は見ていたからである。
真一が陽向たちに見とれているある瞬間から、店の中は清らかで明るいオーラで満たされていった。
上座の席に、三人の女子と一人の男子が座っている。もちろん、店主や真一には見えていない。
「やれやれ、やっと着いたわい。お主が赤瑚売命に説教されておるから、遅れたではないか」
みなもが、隣に座っている火の神に文句を言った。詩織と同じ淡いオレンジ色のセーラー服を着ている。透き通る水色の長い髪が、人ではない美しさを見せていた。
「違うだろう。お前が水波野菜乃女神に挨拶に行ったまま戻ってこないから、待っていたら捕まったのだ。お前が約束した時刻に戻ってきたら、何もなかったんだ」
火の神が、面目を保とうと言い返した。
「どっちでもいいんだけど―。わたしなんか二柱を待っている間、おすましと一緒だったんだから」
シーナがプクリと頬を膨らませると、隣にいる死神から顔を背けた。淡い緑色のセーラー服のスカーフがフワリと舞った。服装は、みなもを真似たことは言うまでもない。
「私は決められた場所で待っていただけ。あなたの方が隣に来た」
死神はまっすぐ顔を向けたまま、右手で短めの髪を耳の後ろにかき上げた。淡い紫の袴姿をしているのは、平常運営である。
一気に店内が明るくなったことに、誰もが気がついた。
「おやじ、不思議だな。あの上座の席、本当に誰かいるみたいに感じるぜ」
真一が首を傾げて席を見つめている隣で、主人は黙ったまま調理をしていた。
「真一さーん、お願いがあります」
実菜穂が手を上げて、真一に声をかけた。
「何だい? お代わりならすぐ持っていくよ」
真一がラーメンの器を持ち上げて応えた。
「うん、それも楽しみだけど、また真一さんの講談が聞きたいです」
「私も!」
実菜穂が手を合わせてお願いすると、陽向も同じようにお願いのポーズをした。推しの二人に頼まれた真一は、嬉しさと照れを交えた顔をしながらカウンター越しに店内を見渡した。
「これだけの巫女の前で披露するのは緊張するけど、陽向ちゃんと実菜穂ちゃんの頼みならやりますよ。リクエストはあるかな」
真一は準備をしていたのか、扇を持ってやる気満々でいる。
「う~ん、そうだな」
実菜穂は、みなも、火の神、静南と見渡してから「うん」と頷いた。
「そうだ。赤瑚売命と桃瑚売命がユウナミの神様と出会う話」
「おっと、そいつは俺の十八番だぜ」
真一は畳んだ扇で、カウンターをバシッと叩いた。
神様と巫女、そして男子までもが真一に注目をした。
夏の終わりの宵に、神と人がしばし太古の物語に耳を傾けていた。




