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いままでとこれから(5)

 朝日が昇り始め、東の空が一瞬、曙色あけぼのいろに染まっていく。アサナミの社に日の光が降りてくる。青葉が渇いていく香りを残し、光を浴びた参道がキラキラと反射している。きらめく参道の端を二人の少女が歩いていた。


 一人はノースリーブのワンピースを着ていた。肩にはフリルが施され、淡いブルーのスカートはひざ下を隠して歩く度に涼しげに揺れていた。肌の露出は控えるべき場所であるが、清楚と元気さが混ざり合い、幼さを残した少女には似合った姿でもあった。琴美ことみである。


 琴美の隣には、半袖の淡いオレンジ色のセーラー服を着た少女がいた。詩織しおりだ。


 二人は、アサナミの神が祀られている社に向かっていた。終わりそうにない夏の光のなか、焼けていない白い腕が袖から伸びていた。


「ごめんね、忙しいのに付き合わせちゃって。どうしても一度来てみたかったの。何度も『決めた』って思っていても、どこか迷いがあるのかな」


 詩織がうつむきながら、歩いている。隣にいる琴美と腕が触れて、驚いて引っ込めた。琴美は気にすることなく、詩織の側から離れずに歩いている。


「迷いはあって当然だと思います」

「琴美ちゃんは、巫女になるのに迷った?」


 琴美が、笑顔のまま首を振った。


「私は迷う余地なんて……なかった」

「余地……どうして?」


 笑顔で答えるには不自然な琴美の言葉に、詩織は戸惑った。だけど、訊かずにはいられなかった。


「私、親の理由でお姉ちゃんと離れて暮らしていました。でも、新しい家では、私の居場所はなかった。お姉ちゃんのところに行きたいと思ったけど、どうすることもできなくて……気がついたら自ら命を絶とうとしていました」


 昇り始めた太陽が、琴美のワンピースを明るく照らした。

 

「もう一歩足を踏み出せば、命が消える。その時、死神しがみと出会いました。命を絶とうとする私に死神は言いました。『願いを叶える代わりに巫女になれ』と。そのまま御霊を奪われて死を受け入れるか、願いを叶えて生をとるか。私に迷う余地など無かったのです」

「迷わなかったのは、生きたいから……」


 詩織が足を止めて琴美を見た。自分よりも幼いのに強く見えていた琴美が、命を絶とうとする姿は想像できなかった。


 琴美は振り返ると、にっこりと笑っていた。その笑顔はとても幸せそうで、先ほどの言葉からは想像できないほどであった。


「生きたいって考えるより、私の願いを叶えてほしかった。『お姉ちゃんと一緒にいたい』その願いを叶えてもらえるのなら、巫女になることに迷いはなかったです」

「そんな……ことが」

「はい。ほんの一か月ほど前のことです。私はお姉ちゃんの舞で迎えられました。願いは叶ったのです」


 琴美が目を細めている姿に、詩織も笑みを浮かべた。ただ、その表情は自分自身の想いに対しての冷ややかな笑いであった。


 詩織の脳裏には、琴美の姉である真奈美まなみ陽向ひなたの神社で舞った光景が浮かんだ。美しく舞う巫女に心が奪われ、自分もその中に入りたいと願った。なぜそう思ったのか分からない。ただ、その中にいる実菜穂の姿に自分など到底追いつけないのだと思い知らされ、瞳が霞んだことは理解できた。だけど今は違う。同じ舞台に立つ力を得ることができたのだ。ナナガシラでそのことは実感できた。


(私が巫女になるのを迷うのは、想いが不純だからなの?)


 詩織は自分に問いを投げかけた。


「詩織さんは、お姉ちゃんに似ているなって感じます。今もそんな感じがします」

「私が……真奈美さんに?」


 琴美の言っていることが詩織には、理解ができなかった。中学からの先輩である真奈美は、学力、運動とも優秀なうえ、はっきりとした性格をしていた。近寄りがたい雰囲気でありながら、なぜか後輩からは慕われて頼りにされていた。目立たない自分とは正反対の存在であることは、充分承知していることだった。


 琴美は不思議なほどに憧れを持った瞳で、混乱している詩織を見つめていた。


「お姉ちゃんは、小さい時から厳しく育てられて褒められたことがなかった。だから自分には魅力がないって思ってるんです。でも、そんなことはない。自分では気がついていない。地上の太古神だけではなく、実菜穂さんや陽向さんまでも味方にする魅力を持っている」


 琴美が身体をくるりと詩織の方に向けて歩いた。その動きは無邪気でありながら、人ではない魅惑的な雰囲気を纏っていた。


 詩織は、琴美の笑みが絶えない顔に惹かれて視線を外すことができないでいた。


「詩織さんも気がついていません。死神しがみは言ってました。『ハスナ姫は、地上神ちじょうしんのなかで美しさは群を抜き、天上神てんじょうしんをも惹きつける』と。だから争いの種となり、罪を背負わされました。そのハスナ姫を助けようと風の神、火と光の神、水の神が味方になりました。天上神、地上神をも惹きつける神様が、いま詩織さんを必要としています」

「私を……」

「はい。ハスナ姫の巫女。それは誰でもなれるわけではありません。ハスナ姫の力を活かせることができる人は、ナナガシラの巫女の血を受け継いだ人のみ。しかもハスナ姫と神霊同体しんれいどうたいに成れる巫女となれば、存在自体が奇跡なのです。詩織さんはその奇跡の人なんです」


 笑っていた琴美が、真剣な眼差しになった。詩織は、その言葉に息を止められた。


「琴美ちゃん、教えてほしい。私は、巫女になってもいいの?」


 琴美に導かれて本心ともいえる疑問が、口からこぼれた。


「すみません。それには答えることができません。ただ言えることは、神様にとって巫女を取ることは力を増すことになります。そして巫女となった人は、神様の力を授かります。その力をどう使うかは、自由です。巫女になるのを決めるのは、誰でもありません。全ては自分が決めるのです」


 覗き込むように詩織を見つめていた琴美が、再び向きを変えて背中を見せた。腕を大きく振りながら、元気に歩いていく。詩織は琴美の白い腕と小さな背中を見ながら、後ろを歩いた。


「詩織さん、見えてきました」


 琴美が明るい声を上げると、先を指さしながら振り向いた。


 詩織が声に反応して顔を上げた。参道の先には、雄大に広がる拝殿が二人を迎えていた。

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