いままでとこれから(4)
隼斗が指さす方向を、秋人は見ていた。二人が見ている席に、二人の男がいた。一人は深緑の長い髪に両袖がない真白なTシャツを着ている。その体の線は人のものとは思えないほど引き締まっている。腕は、隼斗の腰回りはありそうだった。だが、太い腕には無駄な肉はついておらず、人の持つ強さとは違う力を秘めた美しさを見せていた。
もう一人は、紫の甲冑を身に着けている。髪は肩まであるのを一括りにしている。防具をつけた身体の線は細く、もう一人の男とは反対の印象であった。細身の引き締まった身体は、やはり人とは思えない秘めた魅力を感じさせた。
「どういう訳か、今日は一人増えてるな」
隼斗が、秋人と男たちのどちらに語りかけたわけでもなく、独り言のように呟いた。
「同じです。僕は、いままで甲冑を身に着けた男が見えていました。時折ですが」
秋人が答えると、隼斗が納得した顔をした。
「なるほどね。俺とお前がここにいるから、奴らもいるのか。何者か知らねえけど、人じゃないよな。ナナガシラに関係するのか」
「関係していると言えば、そうでしょう。僕は、あの甲冑を纏った人とは、ナナガシラで会ったような気がします」
「気がするって……いつだよ」
「分かりませんけど……」
「なんだ、頼りねえなあ。まっ、俺もそんな気はしていたけどな」
二人が男たちに顔を向けた。甲冑の男が深紫の瞳を輝かせると、Tシャツの男が深緑の瞳を輝かせた。
『お前たちに神の眼を授けた。いずれ……その覚悟を知ることになろう』
男たちは言葉を残して、秋人と隼斗の前から姿を消した。
「消えたな。神の眼……何だあいつら」
飛び出さんばかりに腰を上げていた隼斗が、ドカッと座り込んで秋人に顔を向けた。
「おい、お前どうしたなだその眼は!」
隼斗が口を大きく開けて、秋人を指さした。
「どうもしません。それより隼斗さんこそどうしたのですか? その眼、あそこにいた男と同じ深緑色ですよ」
秋人が自分の眼を指さして、隼斗を見た。
「何言ってんだ。お前こそ、深紫色だぞ」
お互い顔を近づけて眼を見つめ合った。
「おっ、なんだあ。にらめっこか? 秋人も子供だなあ」
良樹が二人の間に割って入った。
良樹は、トイレから帰る途中で前の席の陽向と言葉を交わしてご機嫌であった。体格のいい良樹の満面の笑みで、二人の気は逸れて瞳の色は消えていった。
「どうした、どうした。退屈で遊んでたのか?」
訳の分からないハイテンション良樹に、隼斗は口を開けたままの呆れた顔で秋人を見た。秋人は、日常を取り戻したように笑っていた。
「あきとー、もうすぐ着くよ」
実菜穂がひょっこりと顔を出して、秋人に手を振った。秋人も笑顔のまま実菜穂に手を振り返した。
電車が減速していくGを感じながら、秋人は実菜穂の瞳に惹きつけられていた。
傾きかけた日差しが、ユウナミの神を祀っている神社に降り注いでいる。鎮守の森にできた陰が、暑くむっとする空気を和らげた。
隋身門の周りは綺麗に掃き清められ、塵一つ落ちてはいなかった。
その随身門には、悪意ある者を決して通さぬ護りを固めている二柱がいた。赤瑚売命と桃瑚売命である。
赤瑚売命の視線が桃瑚売命に注がれていた。その瞳には、今まで知られることがなかった珍獣を見るような驚きと期待が込められた光を含んでいた。
「なっ……なによ。赤瑚売命」
桃瑚売命は眼を合わせずに、真っすぐ向いたまま頬をひきつらせていた。
「いえ、あなたが社の外にでれば、土産話の一つや二つは聞けるものと楽しみにしていました。ですがまさか、桃瑚売命がこれほど面白いことをするとは、思いもしなかった」
赤瑚売命が笑みを噛み締めながら、身体をプルプルと震わせていた。桃瑚売命は、「何とでも言え」と半ば諦めて視線を外したまま、鳥居の方を向いていた。
鳥居から向かってくる少女がいる。竹箒を持ち、隋身門に近づいてくる。その者は、桃色の袴の巫女衣装を身に着けていた。髪は肩にかからないほど短く、体型は痩せているが、すっと伸びた両腕は細いながらも筋肉がついて引き締まっていた。静南である。
静南が参道の端を歩き、隋身門の前で一礼をした。
『今日、集まるんでしょ。見てのとおり、私はここを動けない。だから代わりに水面の神に挨拶をしておいてよ』
「はい」
静南が再び一礼をすると、社の方に歩いて行った。赤瑚売命が静南の背中を見送っていた。
ナナガシラの事件で、真那子の封印を解く唯一の鍵であった黄龍の御霊が砕かれたことで静南の望みは潰えた。
だが、希望はまだ微かに残っていた。真那子が自ら掛けた封印を解くには、静南が真那子以上の力を持つことが唯一の鍵であった。みなもが、そのことを気にかけていることを知った桃瑚売命は、静南に『真那子を超えたいのであれば、後を追ってはいけない』と鉄鎖の神の社から静南を引き取り、巫女として迎えた。勿論そこに志希名の計らいがあったことは言うまでもない。
「まさか、桃瑚売命が人に興味を持つとは。わが妹ながら驚きです」
赤瑚売命の瞳は、笑ってはおらず、感心の光を向けていた。
「黄龍が自らの御霊を砕いて水面の神が、激しく悔いていたからね。流れってやつかな」
赤瑚売命に照れを悟られぬように桃瑚売命が、ぶっきらぼうに答えた。
「そうですか。水面野菜乃女神が水波野菜乃女神と違うように。桃瑚売命もまた、私とは違う己の道を進んできました。だからこそ、力を高めることができるのです。あなたは静南にそのことを教えようとしているのでしょう。そして静南を巫女として育てる覚悟を持った。まあ、そうなると巫女を通していずれ鉄鎖の神と真剣勝負をすることになりますけど。真那子と静南どちらが勝つのか」
赤瑚売命が含みのある嬉しげな表情で、桃瑚売命を見た。
「あーっ、もう。赤瑚売命の姉様には敵わないな」
全てを見通され観念した桃瑚売命は、両手を頭の後ろに組んで夕刻に入ろうとする空を眺めた。
「桃瑚売命、私はあなたが羨ましくも思います。巫女をとるその覚悟。私も見習いたい」
赤瑚売命は、桃瑚売命が見つめている空を見上げた。
空はゆっくり朱鷺色へと染まろうとしていた。




