いままでとこれから(2)
実菜穂と陽向に囲まれた霞が、唇を動かしていく。ナナガシラでは、常に前向きで強さと優しさを纏った女の子だった。だが、いまの霞は小さくなって不安な表情をしている。いや、不安というのは少し表現が違う。自分の意思と反する選択を迫られているという顔をしていた。
「シーナがアサナミの神様のところに行く前に、私に言ったんです。『もう、巫女でいなくてもいいよ』って」
霞が小さく唇を震わせた。
「それで霞ちゃんは、なんて言ったのですか?」
陽向がそっと霞の手を握った。
「私は『それは、どういう意味なの?』って訊いたの。そしたら、シーナはただ笑っているだけだった。色でシーナを見たの。でもどこにも色に違いがないの。透明な緑色だった……」
荒くなる息を整えながら言葉を出そうとする霞は、泣くのを止めようとする子供のように声が震えていた。
「さっきの実菜穂さんの話を聞いて、いま思ったんです……シーナは、もう私が必要じゃ……なくなったのかなって……目的が果たせたから、私は邪魔な存在のなのかなって」
実菜穂が寄り添うと、陽向と視線を合わせて頷いた。
震える霞を、陽向が抱きしめた。
「霞ちゃん。私から言えることはそれほど多くはありませんが、これだけは確かです」
泣きそうになる顔を見せないように、霞は陽向の胸に顔を押し付けた。そのままの格好で、じっと陽向の言葉を聞いている。
「神様にとって、巫女とは己の声を人い伝えさせる存在です。そして、己の力を分け与えた唯一の人なのです。それはつまり、もう一つ自分ということです」
「もう一つの……自分」
霞が眼だけを出して、陽向を見上げた。陽向は、優しくも力強い笑みで霞を見た。
「はい。神様がとれる巫女は、一人だけです。それは、己の力全てを与えることができるのは、一人しかいないということ。霞ちゃんは、シーナに選ばれたこの世界で唯一の人。他にシーナの巫女に成れる人は、存在しないということです。その関係は、容易く切れるものではありません」
「でも、シーナは……巫女でなくてもいいって」
「霞ちゃん、巫女になると決めたのは誰ですか? 辞めると決めるのは誰ですか?」
「えっ?」
感情のこもった声に、霞は陽向の瞳に釘付けになった。
「霞ちゃん、想像してみて。霞ちゃんは、シーナと神霊同体に成れることができる特別な巫女なの。神霊同体は、人の御霊には影響がないけど、神様の御霊は鼓動が合っていないと砕けてしまう。それは神様にとっては、死と同じこと。そのようなこと人と神の信頼がなければできないこと。霞ちゃんは、シーナが信頼しているこの世界で唯一の人なの」
「じゃあ、どうしてシーナは……」
顔を上げて、霞が訊いた。
「私、シーナの気持ち分かるな」
声に反応して、霞が実菜穂を見上げた。実菜穂が、明るく微笑んでいる。
「私ね、琴美ちゃんのことが解決したあとで、みなもから巫女になって欲しいって頼まれたの。その時、みなもは言ったの『巫女になれば強大な力を手に入れることになる。その力で人を助けることも、人を蹂躙することもできる。思いのままだって』それを聞いも私ピンとこなかった」
実菜穂は笑いながら霞の濡れた頬を撫でて、言葉を続けた。
「みなもは、こうも言ったの。『その代わりに見たくないものを見、聞きたくないことを聞くことになる。それが、力を手に入れる代償だと』私、その時はあまり気にならなかったし、分からなかった。でもナナガシラでそれが分かったの。陽向も霞ちゃんも経験したこと。人と神様に起こった理不尽で残酷な仕打ち。神様の力がなければ、知ることもなかった事実を見たの」
実菜穂の瞳は、悲しげな青色を帯びていた。
「何度も嘔吐するほど苦しんだ。ただの人であれば、知ることがないことを知る。みなもは、その苦しさが代償だと言いたかったのだって分かったの。シーナも同じ。シーナにとって霞ちゃんは、大切な人。だからこれ以上苦しめたくない、傷つけたくない。みなもが言っていた。黄龍をそそのかした黒幕を引きずり出すって。シーナは、霞ちゃんをこれ以上巻き込むことを恐れているじゃないかな。シーナは自分だけで挑むつもりじゃないかな」
実菜穂の言葉を聞きながら、霞の瞳は緑の光を帯びていく。
「実菜穂さんはそれほど苦しんだのに、どうして巫女を辞めないのですか?」
言葉一つ一つに力を込めて、霞が訊いた。実菜穂は、霞の言葉を受け止めて頷いた。
「うん、そだね。確かに苦しかった。でも、知ることは嫌なことばかりじゃなかった。陽向、琴美ちゃんも巫女。そして真那子さん、静南さん、詩織さんも巫女。サナもキナも巫女。私以外にもこの世界には、他にも巫女が沢山いるはず。それと同じように沢山の神様にも出会えた。なにより、私が巫女であることが、みなもの助けになることを知った。だから私は、どんなに苦しくても巫女を辞めないよ」
実菜穂がパッと明るく笑った。言葉を聞いていた霞の瞳が、力強い光を取り戻していった。
「陽向さん、さっき言いましたよね。『辞めるのを決めるのは誰か』って」
「はい。たしかに、言いました」
陽向と実菜穂が、霞を神の眼で見つめている。二人の瞳の光に、霞も瞳を光らせた。
「私は、辞めない。私も知りたい。神様の世界をもっと知りたい。他にも巫女がいるというのなら、私も会ってみたい。それに、シーナが私を必要とするのなら、私、シーナを助けたい」
霞がグッと拳を握った。
「それなら決まりですね。霞ちゃんは、その決意をシーナに伝えること」
陽向が、霞の拳にコツンと拳を当てた。実菜穂が「私も仲間」と言って、拳を合わせた。
「おい。なんかあっちは、賑やかだな」
三人の女子の笑い声が、隼斗たちにも届いていた。




