いままでとこれから(1)
実菜穂、陽向、霞が電車に乗っている。さらに一グループが、背を合わせて席を埋めていた。秋人、隼斗、それに良樹だ。男子と女子それぞれのグループが、座席を回転させてボックス席を作っている。
ナナガシラの騒動から三週間が経った。夏休も残りわずかということで、ユウナミの社にお礼参りをしようと陽向が小旅行を提案したのだ。とはいえ、本命の目的は、真一の店でワイワイと楽しむことであった。
当然、陽向からの連絡を受けた真一は二つ返事で店は貸し切りにした。しかも店主のはからいで、無料招待を受けた。新顔の巫女を連れて行くというのが、効いたかどうかは不明である。
みなもは、アサナミの社に報告に向かったあと、白新地の雪神、姉である水波野菜乃女神に礼を伝えるための挨拶回りをしていた。とはいえ、半分は遊びのようなもので、会う神々と笑い話などして楽しんでいた。火の神は、みなもと行動を共にしていたが、死神とシーナは、別々に行動をしていた。そして今日、真一の店で皆が集まることになっていた。
「いやー、ほんと無事に帰ることできて良かった。琴美ちゃんの時もヒヤヒヤしたけど、今回は正直、帰れないかもしれないって覚悟したよ。最近は落ち着いたけど、家にいるのかナナガシラにいるのか、分からなくなってた」
実菜穂が、ペットボトルの紅茶をグイっと飲んだ。
「ほんとそれです。私は、朝に眼が覚めると、ナナガシラのことってもしかしたら全部夢だったんじゃないかって、何回も思いました」
霞が実菜穂と同じように、ほどよく冷えた緑茶をゴクリと飲んだ。車内は控えめに冷房がかかっているので、適度な冷たさは心地よかった。
陽向も同じような経験をしたのか、笑みを浮かべて頷いていた。
「そうだ! 優里さん、無事に戻ったんだよね。いやー、秋人と隼斗さんがいてくれて助かったよ。霞ちゃんも目的が果たせてよかったね」
実菜穂がひょっこりと後ろの席を覗き込んだ。秋人には、会話が聞こえていないので訳が分からないという顔をしながらも、とりあえず笑顔を返していた。
「はい。ナナガシラでは、次々に事件があったから頭がいっぱいで優里さんのことに手が回らなくて……実菜穂さんの言うとおり、秋人さんと隼斗のおかげで、あっ、あと漣ちゃんも」
「でも、結果は良かったんじゃない?」
申し訳なさそうに身を小さくする霞の肩を、陽向が撫でた。気が楽になったのか、霞がは笑顔で頷いた。
「そうなんです。香奈さんが、泣いてお礼を言ってくれました」
「香奈さんて、霞ちゃんを虐めていた子? 泣くのは、すごく感謝している証拠だよね。友達を思う子だから、根は悪い子じゃないんだ」
実菜穂に言われ、霞は何度も頷いた。
「香奈さんは、凄く優しい人です。この前なんか、他のクラスの虐めも乗り込んで止めるくらいですから。約束を守ってもらえるのは嬉しいけど、悪い人に絡まれないか心配で」
「それは頼もしいことで。まあ、いざとなれば、無敵の霞ちゃんがバーンとやっちゃうもんね」
実菜穂が笑って右手の拳を左手の掌に当てて、バチンと音をたてた。陽向もつられて笑った。霞は恥ずかしそうに再び、身を小さくした。
「優里さんだけど、今回の件に関わらなかった人の記憶からナナガシラが消えたことで、巫女としての宿命も消えたようです」
陽向が霞の肩を撫でて、宥めた。
「そうですか。ホッとしました……それじゃあ、詩織さんもですか?」
霞が顔を上げて実菜穂と陽向の二人の反応を見た。
「詩織さんはね……それは、あとのお楽しみで」
実菜穂と陽向は、目配せをして笑ってごまかした。
「そうだ、詩織さんで思い出した。みなもから聞いたんだけど、ほら、ビルで地鎮祭の土にナナガシラの土が使われていたのを憶えてる? あれ、シーナが仕組んだんだって」
「「えっ!」」
実菜穂の報告に陽向と霞が声を上げた。当然「なぜ?」という言葉が返ってきた。
「あのね、シーナは地上の太古神でしょ。ずっと、ナナガシラの惨状を見てきたの。なかでも、土の神様のハスナ姫とは仲がよくて、助け出すことを心に決めていたみたい。でもハスナ姫を助けるのは容易ではなかった。風の力だけではどうにもできないと考えて、みなもと火の神の力を借りようと舞台を設定したみたい。みなも、『はじめから素直に頼めばいいのじゃ』ってプンプンしてた」
実菜穂がみなもの口調を真似すると、陽向と霞がクスクス笑った。ただ、霞の笑顔は心ここにあらずという乾いたものだった。
実菜穂と陽向は、その表情を見逃すことはなかった。
「あともう一つ理由があるの。土はね地球上にしか存在しないんだって。月や火星にあるのは、岩石が砕けただけのものだとか。土ってね、岩が風化して水と動物や植物の働きがあって、時間をかけることではじめてできるの。ねえ、これって土の神様のハスナ姫をみんなで助けたことに繋がってない?」
「なるほど。確かに風、水、死、火と光、雪、珊瑚(生命)、土を育てるのに必要なものよね。すごい、実菜穂。そこは気がつかなかった」
「いやあ、陽向さん。秋人から教えてもらったことは内密に」
得意気に語っていた実菜穂が、人差し指を唇に当ててニッと笑った。
「だと思いました。秋人なら言いそうだもん。そうなると、シーナは目的を果たしたあとはどうするつもりなのかしら。霞ちゃん、何かシーナから聞いてない?」
霞の落ち着かない様子を気にして、向かい合っていた陽向が隣に座り声をかけた。霞は小さく頷いた。
「じつは……」
霞の小さな声が、電車が揺れる音に消えかけていた。




