終わりと始まり(7)
アサナミがシーナを見下ろしている。
アサナミより身を低くしているが、シーナのオーラはアサナミのもとまで伸びていた。
(気ままな風の太古神が、いったい何のために身を投げだして動くのでしょう……)
アサナミが突き上げてくるシーナのオーラを受け止めながら、密かな笑みを浮かべた。
「級長乃神、何か言いたいことがありますか」
「はい」
「それならば、聞きましょう」
ゆっくりと柔らかでありながら、重みのあるアサナミの声に応えてシーナが顔を上げた。その顔はフワフワのお気楽な女神ではなく、地上の太古神に相応しい気概を持っていた。
「此度のナナガシラの出来事は、全てわたしが導いたものなの。闇の中に消えるナナガシラを見過ごすことなんてできないよ。そのために、水面の神の助けを借りたの。水面の神が、沼の神を助けるのは、ナナガシラの神々を一柱残らず連れ戻すためのこと。全てはわたしの考えたことよ。だから……」
シーナが渾身のオーラを捧げながら見上げた。
「だから、どうしたのです」
アサナミもシーナのオーラを全て受け止めているが、それでも動じることなく見つめている。
「だから……みなもが御霊を懸けるのなら、わたしも、この御霊を懸けるよ。たとえそれが、巫女を置いてけぼりにする重い罪だとしても」
濃厚な緑色の輝きを放つ玉をシーナが、差し出した。
「これで、わたしも重き罪を背負うよ。みなもの御霊を砕くなら、この御霊も砕いてよ」
(あれっ、わたし、どうしてこんなこと言えたんだろう。アサナミの神の前で、堂々と思うことを言っている。そっか、これは霞だ。きっと霞なら、こう言うんだろうな。うん、分かるよ)
シーナの表情が緩んでいた。
アサナミは、シーナの変化を見逃してはいなかった。
(神であれば、簡単にそのような言葉が出ることはありません。級長乃神の巫女がそう導いたということですか。そうであれば次は)
アサナミが、再び密かな笑みを浮かべた。
「アサナミの神様。俺にもお願いしたい儀があります」
火の神が勢いよく飛び出して、シーナの横に並んだ。紅色に輝く瞳は怒りではなく、護る想いを秘めた輝きをしていた。
「アサナミの神様、俺は迎えられた地を、人を護ってきた。それが叶ったのは水面の神が、そばについていてくれたからだ。水面の神が、俺に神としての務めを教えてくれたからだ。此度の件、俺は水面の神と共にアサナミの神の命を果たした。だから、水面の神に罪があるというのなら、俺にもその罪はある」
火の神が紅の炎のごとく光る御霊を、シーナと同じように差し出した。
(実菜穂は、わが母ユウナミの神の憂いであった陽向をその身を顧みずに護った。今度は陽向が、実菜穂を命に代えても護るであろう。陽向はそういう巫女だ。いまなら分かる。人がそうであるなら、俺もこいつとともに)
火の神が真っすぐにアサナミを見上げた。アサナミは、真っすぐ強く向けられた視線を受け止めて火の神の瞳を見つめた。
(戦にあけくれる人に怒り、町に大火をおこした神が今度は陽向という人の想いに染まり、水面の神を助けようと御霊を差し出す。どこまでも真っすぐな神)
アサナミが軽く息をつくと、予期してる当然の光景を膝下に見ていた。
死神がアサナミの言葉に従い、みなもの水色の御霊を差し出した。透明に輝く水色の玉の隣には、魅惑の輝きを放つ紫色の玉が並んでいた。
死神は頭を下げたまま、アサナミの前に二つの御霊を捧げていた。それは、死神の御霊も共にアサナミに返すという強い意志を示していた。
(けして己を表さぬ神が、これほどまでに想いを伝えてくるとは。これも全ては、琴美という巫女の想いから)
アサナミの瞳には、光り輝く四つの玉が映されていた。
(一緒に戯れていた童子たちが、時を同じくして選んだ御霊を再び時を同じくして返すという。本当に仲良きこと。火の神、風の神、死神どれもこの世界を形作る力ある神の分霊。その神を惹きつけるは、水面の神。それだけではありません。天上の太古神も恐れる力を持つ雪神、大海の守り神である真波姫とも心を通わせている。わが子ながら頼もしいやら、恐ろしいやら。いずれ、アマテの神とも並ぶのでしょう。人と交わることで、これほどの輝きをもつとは)
アサナミが差し出された四つの玉を、一つ一つ丁寧に手の中に包んでいった。
「あなた達の想いはよく分かりました。私の命は「神と人の御霊を救いだす」ことでした。それを見事に果たしたこと。そしてここに無事帰ったこと。改めて礼をします」
アサナミが頭を下げるのを、四柱は恐縮して見上げていた。
「確かに、ここであなた達の御霊を砕けば、沼の神は悲しみにくれ、御霊を私に返しに来ることでしょう。それでは私が、自らの命を破ることになります。それを止めたのが、あなた達です。これには、礼で返すしかありません。大鉤の御霊は、力を削ぎ幼き神としてナナガシラに帰しましょう。御霊は、私から大鉤に授けることになります。これには、どの神も文句は言えないでしょう。水面の神、これでどうですか」
アサナミの言葉にみなもが、瞳を潤ませ頭を下げた。
「はい。ありがとうございます」
畏まるみなもを見て、火の神、シーナ、死神も頭を下げた。
アサナミが安心する四柱を見て、唇を緩めた。
「水面の神、もう一つ言葉をつけます」
「はい」
みなもが顔を上げた。瞳はスッキリとした水色に染まっていた。
「水面の神、何でもかんでも御霊を懸ければいいというものではありません。それに、あなた達もです」
アサナミが、小言を言う母のように四柱を見渡していく。
みなも、火の神、シーナ、死神は叱られている子供のごとく縮こまっていた。
「この御霊の輝きは、けしてあなた達だけで磨き上げられたものではありません。関わってきた神、崇める人、そしてなにより巫女となった人がこの光を導いたのです」
アサナミが四つの玉を両方の掌で包むと玉は、手から光が漏れるほど輝きを増していた。
再びアサナミが掌をかえすと、四つの玉は差し出したときよりも透き通った光を放ち輝いていた。
「この御霊は、もうあなた達だけのものではありません。あなた達を信じる者の想いが込められた御霊なのです。いま一度、あなた達に問います。この御霊を受け取る覚悟はありますか」
アサナミの掌に四つの玉が並んでいた。四柱が玉を見つめている。それは、かつてここにいた童子のときの姿であった。
みなもが青色の玉を手に持った。火の神は赤色の玉を、死神は紫色の玉を持った。だけどシーナだけは、玉を眺めているだけだった。アサナミは、言葉をかけることなく見守っていた。
(この玉、どうしてこんなに輝いているの? 強くて、美しくて、そして優しい光……そうか、これは人と交わった御霊だから。神霊同体になった御霊だけが放つ輝き……本当に綺麗だよ。でも、これを受け取ると霞は私の巫女のまま……それでいいの?)
シーナが恐る恐る手を差し伸ばす。
(私は霞と一緒にいたい……)
シーナは、怯える子供のように上目づかいでアサナミを見た。アサナミがゆっくり頷くのを見て、シーナはそっと御霊を受け取った。
四柱が神としての光を取り戻した。
「あなた達を待っている人がいます。さあ、帰るのです」
アサナミに送り出され、四柱は参道を元気に駆けて行った。
見送るアサナミの前には、小さな夥多琶がポツンと立っていた。
「さて、夥多琶の神、どうかこの子を沼の神のもとに届けていただけませんか」
アサナミの足に小さな童子が、しがみついていた。
「アサナミの神様、この子はもしかして」
「大鉤です。この姿では力もありません。ですが、夥多琶の神をはじめ、他の神々が育てれば、きっと立派な神になるでしょう。どうか、良き師となりこの子を導いてください」
「わっ、わかりました。アサナミの神様の命であれば」
夥多琶が童子を手元に引き寄せた。はじめは怯えていたが、夥多琶が宥めると素直に横についた。二柱が並ぶと姉と弟のようにも見えた。
夥多琶と大鉤もアサナミに送り出されて参道をあとにした。
再び清らかで優しい空気が、社のなかを満たしていた。




