終わりと始まり(4)
呼ばれるまま立ち尽くしている夥多琶を、アサナミが柔らかな表情で見ている。
「夥多琶、なにも恐れることはありません。そのように遠くにいては、言葉もかけられません。どうか近くに」
アサナミの表情など関係なく、おもちゃのロボットのようにガチガチに固まって、みなもがいる場所まで近づいた。
(私は……どうなるのだ。獄送りかあ、御霊とられてしまうんかあ、千年の責め苦を受けるんかあ)
プルプルと頬を震わしている夥多琶を見つめ、アサナミは浮かんでくる笑みを、キュッと唇を引き締めて耐えた。
「巨盾の神であるあなたが、私に恐れることなどありません。長きにわたり苦労を掛けたこと、アマテの神に代わり、このとおりお詫びします」
アサナミが静かに頭を下げると、夥多琶は倒れんばかりの勢いで引き下がった。
(ひーっ、これは絶対五体引き裂かれて御霊を獲られる。聞いている。大海を治めた時、意に従わなかった赤瑚売命、桃瑚売命を呼びつけて切り殺そうとしたそうじゃ。ユウナミの神が止めに入って事なきを得たと……)
珊瑚の神とユウナミの神のエピソードを思い浮かべて完全に頭が真っ白になった夥多琶は、倒れそうになったところを、みなもに支えられた。みなもに抱きかかえられたことで乱れていた心が鎮まり、落ち着きを取り戻した。
夥多琶が息を整えたところで、アサナミが声をかけた。
「夥多琶、恐れなくてもよいのです。黄龍に従いナナガシラを封じることに力を貸したことは事実です。ですが、あなたは自分に課せられた役目を放棄してまでも、ハスナ姫を助けました。あなたのことは、ハスナ姫、水面の神、それに雪神と桃瑚売命からも咎めがないよう、伝えられています」
アサナミの言葉をようやく理解できた夥多琶は、ガチガチだった身体から力が抜け、ぺたりとその場に座り込んだ。腰を抜かしたのだ。
「雪神……桃瑚売命が私を……それじゃあ、私は……」
アサナミを見上げて、夥多琶が恐る恐る訊いた。
「あなたに責めはありません。ですが、今のままではその身が落ち着く場所がないでしょう。天津が原に帰ることもできますが、帰ったところで肩身が狭いことでしょう。ですから、私から提案があります」
「提案……ですか」
夥多琶は腰を抜かしたまま、何を言われるのかと眼を大きくしてアサナミを見上げていた。
「夥多琶、あなたにはナナガシラに戻り、ハスナ姫の側について欲しいのです。ナナガシラに人は来ぬとはいえ、よからぬ物の怪や神が入ることがあります。夥多琶には、それを防ぐ務めをお願いしたい。その巨盾の力で、どうかナナガシラを護っていただけますか」
「私が、ハスナ姫と共にナナガシラを護ると」
「そうです。ハスナ姫の槍と夥多琶の盾。この二柱がいれば、ナナガシラは何者にも侵されることがない平和で栄える地となりましょう。私はそれを望んでいます。それに、桃瑚売命からは『夥多琶の力。けして侮ることがなきよう』と釘を刺されました」
アサナミが夥多琶を抱きしめるような瞳で優しく見つめ、静かに返事を待っていた。
(武において五指に入ると言われる桃瑚売命が、アサナミの神様に私を推したと……天津が原ではどの柱も私を馬鹿にしていたのに、アサナミの神は、私に期待をしていると)
夥多琶は心の奥底から込み上げる感激と喜びで、瞳から大粒の涙をいくつも降らせていた。たまらず、両手をつき地に伏せた。
「は……はい。もったいないお言葉。夥多琶、嬉しゅうございます。夥多琶は……夥多琶は、ナナガシラで務めを果たしとうございます」
ひれ伏し、言葉を詰まらせながら返事をする夥多琶を、アサナミは喜びのオーラを放ち見つめていた。夥多琶も、その優しさに満ちたオーラを受け取り、はち切れないばかりの興奮した心を落ち着かせた。
「アサナミの神様、無礼であることを承知のうえ、お尋ねします」
「どうしましたか?」
「裏鬼門を護っていた他の五柱は、どのようになりましたか?」
気持ちが落ち着いた夥多琶は、ともに地上に降りた神がどうなったのか気がかりであった。天上界で黄龍の誘いを受け、地上に降り立った六柱。それぞれ想いは、あったはず。それが、結果として地上の神と人を苦しめたのだ。自分の力がナナガシラの平定に繋がると信じていたが、降りてみれば想いとかけ離れた世界となった。
理想とする世界の想いを違えながらも、六柱としての絆はあった。恐れながらも、アサナミに五柱の処遇を訪ねたこと、それは、夥多琶が生まれながら持っている優しさから出た言葉であった。
「夥多琶がナナガシラに戻るということでしたら、お答えします」
「そっ、そんな。恐れ多いこと……」
夥多琶が震えてひれ伏すのを見て、アサナミは柔らかな声で宥めた。
「夥多琶、私の言葉が悪かったようです。改めて。夥多琶が私の提案を受けてくれた礼に応えましょう」
アサナミの声が、夥多琶の憂いを包み込んでいた。




