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終わりと始まり(3)

 しんと静まり、波のように流れていく時だけが、この世界で動いていた。


 みなもが右膝をつき、頭を深く下げていた。横には火の神とシーナ、そして死神が並び同じように深く頭を下げていた。


 永遠とも感じる静かな時が流れていた。


 四柱がアサナミの社に参上して、事の顛末を告げた。桃湖売命は、神命を受けていないため、ユウナミの社に戻っていた。


「先に言うべきことでしたが、まずは、ここに無事に帰ってきたことが何よりも嬉しいこと。アサナミ、このとおり礼をします」

「「「「はっ」」」」


 アサナミが礼を述べると、四柱は緊張した固い声を上げて、さらに深く頭を下げた。


「みなの者、顔を上げなさい。そうのような姿では、話すこともできないでしょう」


 アサナミが緊張を解こうと、楽な姿勢をとるように促した。四柱は、アサナミの言葉に従い顔を上げるとゆっくりと立ちあがった。だが、四柱の動きから緊張がとれることはなかった。というのも、アサナミの神は、神の御霊を預かるとともに、最高神であるアマテの神に代わり地上の世界を統べる役を務めていた。


 みなもにとってアサナミは実の母であるが、火の神、シーナ、死神しがみにとっても御霊を授けられたということでは、みなもと同じく母と呼べる存在であった。


此度こたびのこと、黄龍こうりゅうによりナナガシラが封じられていたということですが、奥に首謀者が潜んでいるというのですね」

「はい。儂は、黄龍の中にその影を見ました。じゃが、黄龍は自ら御霊を砕き、真相を闇に封じ込めた」


 みなもがかいこまりながら、アサナミに黄龍の砕けた御霊を差し出した。受け取った御霊の破片がキラリと光を放った。


 御霊は欠けた部分があるため、全てをつなぎ合わせても完全に戻ることはなかった。それは、黄龍を蘇らせても肝心の記憶が喪失している可能性があることを示していた。


 アサナミが光を放つ御霊の欠片を見つめ、驚きも無念さもない笑みを浮かべた。


「アサナミの神、それは儂が黄龍の心に踏み込むことを躊躇ためらったがゆえ。その責は儂にあります」


 みなもがアサナミを見上げるのと同時に、火の神も自らの責任を訴えようと言葉を上げようとしたが、死神とシーナに押さえ込まれた。


水面みなもの神、あなたに責めはありません。黄龍は、あなたの優しさに甘え、すがったのです」

「……」


 みなもは、驚くことなく静かに瞳を伏せた。


「アサナミの神。恐れながら、それはどういうことでしょう」


 二柱から押さえつけられながら、火の神がアサナミを見上げた。アサナミが、シーナ、死神、火の神を見下ろしていた。


 三柱が「まずい!」とばかりに、慌てて畏まった。アサナミの前では、けして許されない行為ではある。


 だが、三柱とも童子のときには、アサナミの前で戯れていた顔ぶれである。仲良しアピールとアサナミは見ており、咎められることはなかった。ただ、火の神にとって幸運だったことは、この場にユウナミがいなかったことである。もし、立ち会っていればただでは済まなかったろう。


日御乃光乃神ひみのひかりのかみ、その言葉に答えます。水面の神は、黄龍の心を読むことができました」

「はい。水面の神には、その者の全てを見通す力があることは知っております」


 火の神が眼を伏せている、みなもを庇うように見た。


「水面の神は、黄龍の心に触れようと考えました。ですが、それを自制しました。黄龍の誇りにかけて、自ら打ち明けることを願ったのです。ですが、黄龍もまた己の信じた道を進みました。真実を打ち明ければ、新しい争いが起こることを危惧したのです。そのため、自らの御霊を砕き、全てを封印することを選びました。それは、水面の神の優しさを知り、縋ることで得られた選択でした」


 アサナミの答えに火の神は、みなもが沈んでいる理由が理解できた。


(またお前は、自分だけで背負おうと……)


「アサナミの神。水面の神に責めはありません。もしあるとすれば、私にも」


 火の神が深く頭を下げた。アサナミが「ふふふ」と笑った。


「日御乃光乃神、私はどの柱にも責めがあるとは思っていません。黄龍はアマテの神のしもべです。たとえ神謀かむはかりにかけても、天上の太古神たいこしんのもとで有耶無耶うやむやにされることは見えています。ならば、真の闇を引きずり出すまでです。それだけです。水面の神、あなたの優しさを黄龍は、感謝しています。そして私も嬉しく思います」


 アサナミが、みなもに感謝を伝えると明るい笑みで迎えた。そのオーラは、この場にいる柱に伝わり、心が安らいだ。


「水面の神、そなたが持つうれいは真那子まなこのことでしょう。この黄龍の御霊こそ唯一、真那子を救い出せる希望でした。ですが」


 アサナミが砕けた御霊の破片を両手で包むと、一つの玉に戻した。だけど、その大きさは本来の御霊の半分ほどの大きさだった。


「この童子のような御霊の力では、とても鉄鎖てっさの神の封印は解けないでしょう……もっとも、真那子も自ら出るつもりもないようです。まるで天の岩戸のようですね」


 アサナミが、静かに笑いながら、みなもを見下ろした。みなもは、笑いかけるアサナミの意図を理解できぬまま、硬い表情で見上げ。


「水面の神、あなたの憂いは、あなただけのものではありません。桃瑚売命とこのみことが、あなたの憂いを軽くしてくれるでしょう。いずれ分かります」

「母さ、あっ、アサナミの神、それはいったい」

「すぐに分かります。それより、まだ此度こたびの件、審議することがあります。夥多琶かたは、ここに」

「はっ、はい!」


 はるか後方にちんまりと座っていた夥多琶が、アサナミの声にビクリとして立ちあがった。ただでさえ背が低いのに、後方ではなおさらその姿は小さく見えた。

 

 名を呼ばれ、アサナミの審議を受ける夥多琶は、まな板の上の鯉の心境となり、冷や汗を垂らしていた。

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