終わりと始まり(2)
みなもとハスナが向かい合いったまま姿勢を保っている。横にはともに神々が、並んでいる。救った神と救われた神、どちらも引かないまま時が経っていく。
『おい、いつまでこうしているつもりだ。ナナガシラの柱は、神命を受ける気だぞ。ハスナ姫も頑固だが、山の神なんか絶対に動かんぞ』
しびれを切らした火の神が頭を下げたまま、みなもの耳もとで声を潜めた。みなもは、瞳を閉じたまま火の神の言葉を聞いていた。
シーナ、死神、桃瑚売命は黙ったまま綺麗に姿勢を貫いていた。なかでも桃湖売命は、ユウナミの神を守護するだけあり、ピタリと留める姿はどの柱よりも端麗であった。
『火の神、お主の言うとおりじゃ。我を通しても埒があくまい。礼を受けぬのは、礼を欠くでな』
瞳を開けたみなもが、少し顔を上げて火の神を見た。肩から垂れた幾筋かの髪の間から水色の瞳が火の神に、「声をかけてくれて嬉しい」という想いを伝えた。その表情は、火の神にとって幼き時から惹かれてきた、みなもの優しさと美しさを湛えたものであった。火の神は、照れてしまい眼を逸らして下を見た。
(俺はたいしたことを言っていないのに、お前はいつも褒める。だが、それが俺は嬉しい)
火の神は黙って、姿勢を正した。
みなもが頭を上げて静かに立ちあがった。並んでいいた神たちが、顔を上げた。
『ハスナ姫、それにナナガシラの神々、どうかその姿勢を解かれよ。儂は、命は発せぬ』
みなもの言葉を受けながらも、ナナガシラの神々は姿勢を崩さずにいた。
紗雪が柔らかい笑みを浮かべて結末を知っているかのように見ているのに対して、夜神は、成り行きを見守るように黒い瞳を動かすことなく見つめていた。
『このナナガシラは、かつて人と神がともに栄えた地。神々の争いが起こり、この地も巻き込まれた。人は、この地を護るため、神を欺き、罪をおった。神の呪いを受け、必死に戦い、そして希望は潰えた。この地には、もう人はおらぬ。神も人も充分傷ついたのじゃ。全てを失くしてもうたのじゃ』
みなもの声が、沼の地を潤していく。秋人、隼斗の御霊にもその濡れた悲しみの声が響いていた。
『神をも欺く人の業を恐れた天上神は、人を消そうとした。じゃが、その人を護ろうとする神もおった。その光景を見ながら、呪いを振りまく神は、己の醜さに嘆き苦しんだ。消えることも叶わず、天上神に利用され、神と人を意図せぬまま呪い続けた』
みなもが、ハスナと沼の神を見つめている。みなもの言葉が、六柱のなかにあった拭いきれない歪を埋めていった。
『呪いは解かれた。この地は浄められ、再び光を取り戻した。この世界には、物の怪も神も、そして神を崇拝する邪鬼もおる。もう、この世界を侵す者は居らぬ。じゃから、儂は命を発せぬ。じゃから儂は、いや、儂らは……』
みなもが、火の神、シーナ、死神、桃湖売命に視線を移した。四柱がシンクロして頷いた。その表情は、全て納得して、みなもに委ねるというものだった。みなもが瞳を閉じて、四柱の意図を受け取った。
『儂らは、願う。「この地には、人は来ぬ。じゃが、この地が栄えれば、人の御霊は帰ってくる。どうかその時は、優しく迎え入れてくれまいか。さすれば、この地はさらに栄えよう」この願い、どうか叶えたまえ』
みなもが深く礼をすると、四柱も立ちあがり礼をした。
状況を見つめていた夜神の大きな瞳が、震えていた。
(神命ではなく、願を掛けたのですか。誰も傷つけず、誰の心も侵さず、誰をも惹きつける。そう、分かっていたこと。昔から水面の神なら、分かっていたこと)
神命を受ける姿勢をしていた六柱が顔をあげて、みなもを見上げた。
『どうか、この地を護りたまえ』
動かないナナガシラの神々に、みなもは、優しく語る母のように声をかけた。
『その願い、しかと聞きました』
ハスナと共に五柱が立ちあがった。
そのなかで沼の神だけは、みなもに憂いある瞳をささげていた。
『沼の神、その憂い晴らそうぞ』
言いだせぬ憂いを当然のように受け入れた、みなもに沼の神は瞳を潤ませていた。
『沼の神、大鉤の処遇を憂いておるのじゃろう』
みなもの言葉に沼の神は、全てを差し出す覚悟の表情で頷いた。
『風、よいな』
みなもがシーナに視線を向けた。その瞳は、シーナの同意を求めるというよりも、みなもの決意を示したものだった。シーナは、ハァーっと息をつくと、新緑色の髪を靡かせ、姿を消した。
シーナが姿を現した先は、大木の下で横たわる満身創痍の大鉤のそばであった。動けない大鉤の耳元に、シーナが顔を近づけた。
『あんたは、どうしようもない神崩れだけど、そうなったのも、母が人に欺かれたことを知ったからだ。あんたの処遇がどうなるか知らないけど、沼の神がお前を心配しているんだ。それに応えるために、水面の神は手を尽くすでしょ』
風のごとく囁くシーナの声に、大鉤が眉を動かした。微かな呻きが、返ってきた。大鉤の反応をしばらく見つめたシーナが、瞳を輝かせた。優しい風が、二柱の間を抜けていくと、シーナの髪がふわりと舞い上がった。
『獄を免れても、あんたの力は削がれるでしょ。でも、このナナガシラのために尽くすのなら、あんたを慕うものも出てくるよ。どうしても、暴れたいのなら、いつでも相手になるよ。ほんと、ろくでもない神だけど、どん欲に強さを求めるあんたは、嫌いじゃないよ』
大鉤の耳元から顔を離すと、シーナは再び姿を消した。風が草を揺らした。
みなもの前に、シーナがふわりと舞い降りた。
『言いたいこと言ったから、わたしはいいわよ。みなもに任せるよ』
チラリと横目でみなもを見ると、シーナは少し唇を尖らせた。柄でもないことをしてきたことに、悟られたくない照れを感じていたのだ。
みなもは、気づかぬふりをして沼の神に眼を向けた。
『大鉤の処遇、アサナミの神に酌量の余地があることを願い出よう……と申しても末座の神の言葉、信用はできまい。死神』
呼ばれた死神が、みなもの横についた。
神々と巫女がみなもに注目をしている。次に、みなもがっとった行動に誰もが言葉を失った。
みなもは胸に手を当てると、水色に光り輝く玉を取り出しいた。御霊である。
『死神、アサナミの神に神命を果たした報告をする時まで預かってくれぬか。もし、大鉤の処遇に一切の酌量がなくば、その御霊を砕くがよい』
『おまえ、ばかな! 冗談も……』
『冗談ではないわ!』
強引な行動に慌てふためく火の神を、みなもは一喝して黙らせた。みなもが本気であることは、御霊を失っても変わらぬ美しさを保っていることから窺えた。
死神は、黙ったまま丁寧に御霊を懐にしまい込んだ。
『沼の神、これがいま儂にできる精一杯の誓いじゃ。大鉤を護れぬ時は、儂も一緒に参るでな。じゃから、儂らの願い、聞きたまえ』
御霊を持たない神となったみなもが、優しくも美しい笑みを浮かべた。沼の神は、縋るようにみなもの手を握って跪いた。
みなもと沼の神の周りに、巫女も神も物の怪も、みな集まってきた。その中に秋人も隼斗もしっかり加わっていた。
『さあ、後始末じゃな』
みなもが実菜穂を見て笑った。みなもの笑顔に実菜穂は、強張っていた顔を崩して笑った。




