終わりと始まり(1)
黒い影が月明りに照らされて、その姿を現していく。黒い着物に赤い帯を締め、艶やかな黒髪が腰の帯を隠していた。大きな黒い瞳が手の届かない存在のように、みなもを見つめていた。夜神である。
『モジモジ、なによ! また良いとこ取りする気』
神命を受ける姿勢をとっていたシーナが、夜神を見てプイっと顔をそむけた。
シーナの言葉を聞き流しながら夜神は、六柱の方に顔を向けた。その姿はまさに優等生、クラスを代表する学級委員であった。
『我は夜美統命。いまここに、月の加護により傷が癒えた神をお返しします』
夜神がゆっくりと膝をつくと、抱えていた三羽のミニウサギを放した。黒、グレー、白のミニウサギが月の光を浴びて少女の姿になった。
「わあっ、実菜穂さん、陽向さん。卯の神様だよ。元気になってる。可愛い」
霞が跳び上がって喜んだ。実菜穂と陽向が霞の手を取り、喜びを共有していた。緊張していた空間が一気に緩んだ。
赤、青、緑の着物姿の卯の神が、巫女たちに深く礼をしてから、野の神の前に跪いた。
卯の神が戻ったことを見届けた夜神が、次は粟の神をハスナの前に導いた。
「アワ蜘蛛さんだ。違った、粟の神様。アサナミの神様が帰してくれたんだ」
三人の喜ぶ姿に、夜神が頬を緩めた。
『これは、ここにいる五柱と巫女たちの力あってこその結末。なにとぞ、よしなに』
夜神はそのままスルリと身を引いて、紗雪の横に並んだ。
粟の神をハスナが柔らかな瞳で迎えた。
『土の神、ハスナ。水面の神の言葉に異存ありません。わが僕、粟の神の呪いを解き、この地を浄めたことに礼を申します』
ハスナの声は、紗雪や漣のいるところまで届いた。その声で使命を悟った聡明な表情に変わった漣が、夕帰魅を見て一礼をした。
「夕帰魅、何度も助けてくれてありがとう。いずれまた」
紗雪にも一礼してから、漣は翼を広げて山の神のもとに飛び立った。
「無礼な。雪神様に礼を述べないなんて」
不満な言葉を並べた夕帰魅であるが、その瞳は漣を送り出していた。
夕帰魅の態度を見て、紗雪がクスリと笑った。
『いいのですよ。漣は、あなたに礼を述べました。それは、私への礼でもあるのです。私の想いを汲んで夕帰魅が動いた結果です。だから、私は嬉しい』
顔をほころばせる紗雪を見つめ、夕帰魅は白い頬を微かに桃色に染めて地に顔を向けた。
(人嫌いの鶴が、人に味方する烏を助ける。不思議。誰に似たのでしょう)
紗雪が夕帰魅を見て、またクスリと笑った。
夜神が紗雪を見る黒い瞳には、羨望の光が滲んでいた。
漣が山の神の前に降りた。姿を取り戻した主を前に、跪き最敬礼の姿勢をとった。
山の神が、この度の漣の働きに礼を述べて優しく労った。
『山の神、ここにいま姿を取り戻せたこと礼を伝えます。山の地を取り戻し、この地を蘇らせた神々と巫女の言葉を受け入れましょう』
山の神が、みなもに向かって言葉を返した。太古神であり、地上神の中でも頑なな心を持つナナガシラの山の神が末座の神である、みなもを認めたのだ。野、川、田の神も山の神の言葉に続いた。
最後に残ったのは、沼の神であった。祟り神となっていた女神は、黒髪とエメラルドグリーンの瞳をもった少女の姿を取り戻していた。ハスナと並んでもその愛らしさは、けして劣るものではなく六柱の華とも言えた。
ハスナをはじめに、五柱が沼の神の言葉を待っていた。みなもは、頭を下げたまま沼の神の返事を待っていた。
沼の神がハスナをはじめ五柱に眼を向けた。五柱は、沼の神の言葉次第であることを瞳の色で示していた。
『天上、地上の神、その巫女。私は、人に欺かれたことにより、この地の人を恨み、祟り神となりました。後悔はさらなる呪いを生み、消えることもできず、この地が果てるのを祟り神として見ることしかできぬ苦しみ。その苦しみから、救い出してくれたこと礼を述べるだけでは足りません』
沼の神である少女の声に、沼の水が震えた。沼の神が躊躇いながら、言葉をつづけた。
『神として姿を戻しました。ですが、私は神としてこの地の五柱と歩む資格があるのか分かりません。人を恨んだ神が、崇拝されてもいいものでしょうか。この身を恥じるあまり、苦しくなるのです。それならばいっそう天津が原に……』
瞳を光らせると覚悟を決め、みなもに御霊を差し出そうと胸に手を当てた。
『それは、なりません』
ハスナが沼の神を抱きしめた。ハスナが沼の神の右手をとり、動きを止めた。見つめ合う二柱の瞳が重なった。
沼の神の苦しみを他の柱の中で一番知っているのは、ハスナであった。生まれた時から、親の罪を背負い、御神体、御霊を引き裂かれながらも人を護ろうとしたハスナの言葉と瞳の光は、沼の神の躊躇いを溶かしていった。人を恨んだ神と人を護った神の光が、浄められたナナガシラを染めていた。
沼の神がハスナに抱きしめられながら、頷いた。
『沼の神、私達はお互い違えた時を纏めねばなりません。ならば、これからはこの神々の言葉を聞くのではなく、こうすべきかと思います』
ハスナが沼の神から、ゆっくりと離れた。
ハスナが右膝をつき、頭を下げていく。それに続き、田、川、山、野の神が同じ姿勢をとった。その光景を巫女たち、漣、夕帰魅、そして夜神までも信じられないという表情で見つめていた。
地上の太古神が、末座の神である、みなもに神命を受ける姿勢をとったのだ。
五柱の心を知った沼の神が横に並ぶと、膝をつき同じ姿勢で顔を伏せた。
『水面の神、どうかお命じ下さい。このナナガシラを栄えさせよと』
ハスナが六柱の頭となり、みなもに願い出た。
有りえない光景を、夜神は冷静な振りをして黒い瞳い映していた。
『末座である神に、地上の太古神が神命を請う。夜神、これがあなたが言っている「おせっかいな水神」の真の姿です。天上の神々がこれを見たら、どのような顔をするでしょう』
紗雪が笑みを浮かべながらも、笑わない眼で夜神を見ていた。
みなも側の五柱、ハスナ側の六柱が神命を受ける姿勢のまま、ともに向かい合っている。
『夜神、水面の神は、どう動くと思いますか?』
紗雪が、静かに笑みを浮かべて神命を請う六柱を見ていた。




