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鎮めると浄める(13)

 邪鬼じゃきの長老だけでなく、群れの全員が紗雪さゆきを見上げていた。いま、紗雪の閑雅かんがな美しさに、邪鬼だけではなく、巫女や神々までもが目を奪われていた。それは、地上の太古神である母の御霊と人である父の御霊を持った紗雪だけが持つ美しさだった。


 凛として惹きつけられる、みなもの美しさとは違い、紗雪は、相手が自分のもとに引き寄せたくなる美しさを持っていた。


『邪鬼であるあなた達が、このナナガシラを支えてはどうかと言いました』


 邪鬼の群れを見ている紗雪は、神としてのオーラを沼の地に広げていた。紗雪から視線を逸らすことができない長老は、紗雪が言っていることを完全には把握しきれずに口を震わせていた。


「雪神様、それは……我らにこのナナガシラを託す……ということか」


 知恵者として群れを護ってきた長老が、声をかすれさせて訊き返すのが精いっぱいであった。それもそのはず、眼の前にいる紗雪は、天上の太古神でさえその力を恐れて声を潜めて見守る存在。言葉を受け取る長老の恐怖は計り知れなかった。もし、機嫌を損ねさせることなどあれば、邪鬼の群れなど一瞬にして消し飛ばされてしまうのだ。もっとも、紗雪は、それほど度量が小さい神ではない。白新地しらあらたのちに地上界、天上界の神々が紗雪を慕い集ってくることが何よりもの証だった。


『はい。そういうことです。ただ、あなた達がナナガシラを託されること。それは、容易なことではないかもしれません。ここでは、人の御霊を食らうことはできません』


 紗雪は、小さな子供に教える母のように優しくもしっかりとした声色で邪鬼の群れに語った。


『あなた達は、このナナガシラにかつて存在した人と同じように土を作り、田を耕し、川を敬い、山を整え、野を育て、沼をたたえていかねばなりません。それには、この地を太古から治めてきた六柱の神をあがめることが必要です。それができますか?』


 紗雪の問いかけに長老は言葉を必死で絞りだそうとするが、喉の奥に詰まって出すことができずにいた。邪鬼が背負った宿命がそうさせているのだ。


 邪鬼は世界を整える存在として、神により生み出された。けれど欲望を暴走させる性格から統制が利かず、世界のことわりを壊す存在となった。そこで神たちは邪鬼を失敗作と認め、新しく命を育む力を奪い、闇となる世界に閉じ込めた。そして神は、邪鬼の欠点を補った人を誕生させた。


 神に見放されて子を産むことができなくなった邪鬼は、人の御霊を食らうことで新しい命を生み出していた。それゆえ、人からは悪鬼のたぐいとして忌み嫌われ、討伐の対象となった。


 だが、ここにいる邪鬼は違う。少数ながらも統制がとられ、人を助ける道を選んだ。先代の頭領と巫女であるサナとの間に新しい命が生まれた。人と邪鬼の御霊を持つ女の子だ。


 長老は返事をためらっていた。


(神に見放された邪鬼が、この地の六柱に受け入れられるというのか)


 紗雪に返す言葉が見つからず、長老は顔を下に向け固まっていた。


「できます。この子が頭領とうりょうなら、必ずできます」


 静まる沼の地に、紗雪に答える声が聞こえた。


 長老は固まっていた身体を震わせ顔を上げると、声の主を探した。それは神の声のように力強く、澄み切った声だった。巫女と神が注目している先に眼を向けていく。


 長老が見る先には女の子を抱き、凛々しく立つ巫女の姿があった。実菜穂みなほである。


「紗雪、この子はナナガシラの巫女のサナの御霊を受け継いだ子。邪鬼と人の御霊を持つ子。必ずこのナナガシラを護る巫女になります」


 実菜穂が紗雪に向かい、深く頭を下げた。


 自分が言うより先に言葉を出した実菜穂を、みなもは、唇を緩めて優しい瞳で見つめていた。


 実菜穂の両隣には陽向ひなたかすみ琴美ことみ静南しずな、そして詩織しおりが並んで、実菜穂と同じように深く頭を下げていた。


(何ということ。人が儂らを護るために神に願い出るとは……それに比べ儂はなんと浅はかな……頭領のもとでなら、儂らは神を崇めることができるのだ)


「儂ら、必ずや栄えたナナガシラを御覧に入れます。どうか願いを届けたまえ」


 長老は、紗雪の顔を見上げてから地に頭をつけ深く礼をした。紗雪はクスリと笑うと、みなもに頭を下げた。


水面みなもの神、この邪鬼達の願いを、どうか六柱にお届け願います』

『雪神、有り難くその願い受け入れるぞ』


 みなもが紗雪に微笑むと、紗雪はそれ以上の笑みをみなもに返した。


 みなもが、水色のオーラをナナガシラ全体に広げていくと、ハスナのもとに向かった。沼の上に立つ水の女神であるみなもが、くるりとナナガシラ全体を見渡していった。再びハスナの方に向くと、右膝をつけ、頭を下げ、右腕を背に回した。全ての動作は流れる水のごとく滑らかで、誰もがみなもの姿を見入っていた。


『儂は、水面の神。お願いしたいことがあり、ここに参上しました。この先、ナナガシラは、人の手が入らぬ世界となりました。ならば、この地の神は栄えることはできませぬ。力が無くなれば、神は消えゆくのみ。なれど、ここには人の御霊を持つ邪鬼がおります。かつて、この地を護った巫女であるサナの血を受け継いだ邪鬼。この地が栄え、この地の神の力を高めるためにも、この邪鬼をどうかナナガシラに受け入れたまえ。土、田、川、山、野、沼の神、どうかこの願いを叶えたまえ』


 みなもが深く頭を下げた。


 火の神、シーナ、死神しがみ桃瑚売命とこのみことがみなもと並ぶと、同じように右膝をついて頭を下げた。


 みなもは、神命を受ける時の姿勢をとっていた。それは、最上位の敬意を示すものであった。



 ハスナの横に立つ者があった。沼の神である。沼の神が姿を現すと、次々と他の神が姿を現した。ナナガシラの六柱の姿がみなもの前に並んだ。どの神も、美しい女神の姿をしていた。


 神命を受ける姿勢のみなもの前に六柱がならんでいる。


「何かいる」


 色を見ていた霞が、みなもと六柱との間に降り立つ何者かの姿を見つけた。


 満月の月に照らされ、その影がみなもの前に降り立った。

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