鎮めると浄める(10)
星の光が沼に映ると、反射した光が巫女たちの姿を浮かび上がらせていた。煌めく光のなか、各々《おのおの》のオーラを纏った巫女が舞を終えて呼吸を整えていた。
「ナナガシラに色がついた……」
実菜穂がポツリと呟いた。その声に、他の巫女たちも頷いた。
神霊同体を解いた神たちが沼に立ち、色を取り戻して命を育む力を得たナナガシラの姿を見ていた。
『そうじゃな』
実菜穂の眼の前には、みなもの姿があった。長い水色の髪が、沼を抜ける夜風にさらりと揺れた。沼の光だけでなく、ナナガシラに降り注ぐ全ての光を受けたみなもの姿に、実菜穂だけでなく他の巫女も、神も、漣、夕帰魅、紗雪までも言葉を失くして見つめていた。
みなもが、ナナガシラを見つめながら水色の瞳を潤ませた。マリンブルーの海が静かに波打つように、みなもの瞳に映る光が揺れていた。
「みなも……」
実菜穂が瞳を覗き込み呼び掛けた。みなもが、ゆっくりと実菜穂の呼び掛けに瞳で応えた。
『実菜穂、儂はいまも迷うておる。ナナガシラに渦巻き、溢れた怒りの念を鎮めるために世界を消してしもうた。そこにおるはずであろう、ナナガシラの想いを持つ者、人の存在、記憶を消してしもうた。それが、怒りの念を鎮め、外に漏らさぬためとはいえ、本当に許されることなのか儂は迷うておる』
実菜穂には、みなもが心に残す迷いが自分の痛みのように伝わっていた。人に近い神であるからこそ、判断に苦しむ。人に味方をする神だからこそ、儚く消えゆくものに憐れを感じる。本来、神なら迷うことなく行えること。己が判断のもと、小さき命が消えることなど意に介さないだろう。だけどそれを許すことができないのが、みなもなのだ。
実菜穂はぐっと奥歯を噛み締めると、ゆっくりと口角を上げた。
「みなも、私にもこれが良かったことなのか、悪かったことなのか分からない。でも、これだけは、はっきり言える。もし、これが罪だというのなら、私もその罪を背負う。それが私の想いだから。みなもと同じ想いだから……」
実菜穂の笑顔に、みなもの瞳も緩んでいった。
『お前だけじゃない。俺も一緒にやったんだ。神謀りにでもかけるなら、一緒に並ぶぞ』
火の神が、みなもをチラチラと見ながら、必死で出した言葉であることを悟られまいと顔を引き締めて横に並んだ。
『なーに言ってんのよ。ここには、私も一緒に来たのよ。二柱だけ抜け駆けしようなんて許さないから。あっ、おすましは、そこにいな……あっ』
みなもの方に行こうとするシーナの腕を死神が掴んで素早く引き戻すと、代わりに自分がみなもの横に並んだ。
『あーっ、おすまし! あんた、しれっと、そうやっていつも良いとこ持っていく』
シーナがプイッと死神から顔を逸らせると、火の神の間に割り込んでみなもに並んだ。
『ナナガシラは、死んでいません。この世界は、再び神とともに栄えます。そのために、罪があるというのであれば、ハスナは喜んで罪を再び背負います。詩織、あなたは何も関係ありません。あなたは罪を負う必要はありません。全ては、私が背負います』
ハスナが詩織を白い手で優しく遠のけると笑みを浮かべ、みなものそばに行った。詩織は手を伸ばし、ハスナと離れるのを拒んだ。
実菜穂の手を陽向が握った。二人は言葉を交わさなくとも、心を通わせた笑みを見せていた。
「あーっ、もう。実菜穂さんも、陽向さんも忘れていませんか? ここまで私も一緒に来たんですよ。置いてけぼりは、嫌だよ」
霞が実菜穂と陽向の間に入ろうとしたとき、琴美が霞の手を握った。霞は、嬉しさが滲んだ笑顔で琴美を見ると、二人は抱き合って実菜穂と陽向の間に入った。
『静南、あの子を頼むよ』
桃湖売命が「フン」と逞しい笑みを浮かべ、静南に目配せをした。静南は、息を吸い込むと瞳を閉じて、心の中に真那子の姿を思い浮かべた。
(真那子ならこうするか……)
迷い固まっている詩織の手を静南が優しく包むと、実菜穂の手に導いた。驚く詩織に静南は「素直になるの」と囁いた。
実菜穂と陽向が詩織を迎え入れた。まだぎこちなく顔を強張らせている詩織であったが、二人に囲まれた身体からは、緊張が解けていた。
静南は霞と琴美に囲まれ、真那子を見つめていたときと同じ安らいだ瞳の色を見せた。
静南の表情を見ながら、担いでいた荷を下ろしたときのように肩を上下させると、桃湖売命は、みなものそばに寄った。
『あー、もう見てられないわね。ほんとう、水面の神は、どこまで面倒見がいいのやら。このナナガシラは、新しく生まれたのよ。死んではいない。神が存在する限り、再び繫栄するのよ。罪などというものは、ありはしない。人の想いも消えてはいない。実菜穂が、それをやったのだから。そうでしょ、雪神』
桃湖売命が後ろを振り向くと、紗雪が立っていた。
『はい』
紗雪は、にっこりと含みのある笑みを浮かべてた。




