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鎮めると浄める(8)

 神霊同体しんれいどうたいとなった実菜穂みなほが、沼から野の地の方へまっすぐ視線を移した。陽向ひなたかすみ琴美ことみ静南しずな詩織しおりも同じ方向に身体をゆっくりと向けた。


 野の地へと続く道は、山から川へと続き、最後には土の地へと続く。ナナガシラ全てを見渡せる方向といえた。それは、秋人あきと隼斗はやとがいる方向でもあった。


「何をするつもりなんだ」


 霞の姿を見つめたまま、隼斗が秋人に訊いた。すでに隼斗は、神霊同体を解かれて深緑の瞳の光は消えていた。だが、不思議なことに霞の放つ優しくも強い、風のオーラの光を見ることができた。


「舞を始めるのでしょう」

「舞って、ついさっきやってたじゃないか。天と地ができたその瞬間を俺は見たぞ。あれは、夢なんかじゃなかった。まだ、何かをやろうっていうのか? いったい、舞って何なんだよ」


 理屈では全く説明できない光景を見せられた隼斗は、現実という空間そのものが本当に存在しているものなのか分からなくなっていた。もしかしたら、自分が知る世界など砂浜のなかのほんの一粒なのかもしれない。そう考えることで、いまここで自分が存在しているという事実をようやく理解できる気がした。


「僕も実菜穂と出会うまでは、隼斗さんと同じ考えでした。眼に見えるものしか信じない。見えない人の心など信用できない。だから、誰もあてにしないし、誰も助けない。だけど、実菜穂と会って、それが変わった」

「変わった?」

 

 霞から視線を逸らさずに隼斗が訊いた。秋人も実菜穂を見つめたまま答えた。


「そう、実菜穂が僕に教えてくれました。見えないのは、見ようとしないから。そこにあるはずのものを、あると認識しないかぎり見ることはできないのだと」

「なんだ……哲学か?」

「違います。隼斗さんも、本当は気がついているはずです。霞ちゃんを知りたいと思った時から、霞ちゃんが放つ光が見えたはずです。見ようとすれば、見えるはずの光を僕たちは今まで見ようとせず、気がつかなかっただけです……⁉」


 実菜穂を見つめていた秋人が頷くと、タブレットを構えた。


「なんだ、録るのか? 案外、おまえ俗物なのか?」

「僕もそう思いますよ。でも、実菜穂がいま言ったんです。『これはナナガシラの記憶。消えてしまう記憶。残してほしい』って」


 沼の上に立つ六人の巫女から放たれている光に秋人と隼斗は、惹きつけられて見つめていた。




『風、お主が中心になって舞うぞ』

『えっ、わたし?』


 みなもの急な提案に、シーナがぎょっとして固まった。


『何を驚いておるのじゃ。全てはお主が企てたことじゃろう。お主が儂に何を知らせたかったのか分からぬが、ことが終われば聞かせてもらうぞ』

『まいったなあ。全てお見通しか』


 中央から一歩前に霞がふわりと位置を取った。


『風は全てを運び、全てを奪い去る。今回の件は風の神による導きか。俺に何ゆえお前が絡んでいるのか聞かせてもらうぞ』

『それはわしが説明するからのう。いまは、この地を浄めることに専念せよ』


 シーナを後ろから刺す勢いで見つめる火の神を、みなもがなだめて落ち着かせた。


 神霊同体となっている霞を先頭にして、二列目に実菜穂と陽向、三列目に琴美、詩織、静南が並んだ。それは美しい三角の形を描いていた。


「舞います」

 

 霞が、新緑の若葉が揺れる音の響きをさせた。


 五人の巫女は霞を中心にして、一つの円を作り舞った。


 青、紅、黄、紫、桃の五つの光が沼から溢れだして、ナナガシラに広がっていく。      

 霞から放たれる新緑の光が、五つの光を追いかけて交わると、ナナガシラの隅々まで運んでいった。


 隼斗の足元にも光が広がっていく。足が光に触れた途端にナナガシラの記憶が頭の中で光の弾丸のごとく流れていった。それは、神と神との戦い、神により人に罪が与えられたこと、その罪をはらうために戦った人、戦う人に見方をした神たちの記憶だった。全ての記憶が、隼斗の頭に一瞬にして突き抜けていった。本当に一瞬だったが、隼斗には理解できた。


「おっおい、秋人。こんなこと言って、信じねえかもしれねえが、おれはこの場所がどんな場所なのか分かったぜ」

「はい。どうやら、僕も同じものを見たようです。実菜穂が、言った意味が分かりました。消えてしまう記憶、それはこのナナガシラの歴史そのもの。人と神との想い。それを僕たちに見せることで、残そうとしたんです。そう、この地が人の記憶から消えるとしても、この地の記憶は僕たちの中に残されたんです」 

「なっ……」


 頭の中に光速で開かれていく絵巻。神々と幼い巫女との壮絶な戦いの歴史、その原因を作った人と神の陰謀、そしてその終結を待ち望む人の想い。それに応える霞の決意。穴だらけの顛末に一つ一つピースが埋め込まれていく。


(こんなこと現実の世界でもありはする。俺だって、戦場を生き抜いてきた。生き残るためには非情にもなるさ。綺麗ごとを言うつもりはねえが、それでも……なんだ、胸糞が悪い!)


 隼斗がはっと気にかけてれんを見た。いままで当たり前のように自分たちの味方をしていてくれた理由が、深い闇から人を救うためなのだと理解ができた。


 隼斗の視線に気がついた漣は、「気にするな」という優しさを称えた瞳で語った。


「秋人さん、隼斗さん、どうして巫女たちはあなた方にこのナナガシラの記憶を見せたのか分かりますか?」


 漣の後ろにいた紗雪が二人に問いかけた。

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