思惑と神命(10)
アサナミの社を張りつめた空気が、外の世界を遮断するかのように覆っていた。
四柱が跪き、頭を下げている先では、アサナミが右手を差しだし、東雲色に輝くオーラで四柱を照らしていた。
「アサナミの神の名のもとに命じる。これよりナナガシラにむかい、神と人の御霊を救いだし、そこに潜む闇を神謀りの場に引きだすのです。アマテの神に見せてくれよう。もし、闇なるものが御霊を救う邪魔をし、神の道に背き、か弱きものを傷つけるのであれば、これを討て」
アサナミの声が張りつめた空気のなかに響きわたる。透きとおる声が四柱の御霊を奮い光らせた。
神命である。
神命。それは言葉のとおり神の命令である。この場では神が神に発した命令となる。もちろん、命令はどの神でも発することができるわけではない。本来、神は横並びである。お互いにお願いをすることはあっても、命令を発することは格上の神であってもあり得ないのだ。第一、効力すらない。では、どの神が発することができるのか。それは、最高神アマテの神と限られた太古神だけである。その太古神のなかにアサナミの神がいる。
では、神命を発する意味は何か。それは、ことの顛末について神謀りに上がることがあれば、正当な行為であることを証明し、全責任をとるということである。
神命で一番重いのは、とうぜん最高神アマテの神の神命である。アマテの神が発した神命により、天上神と地上神、大海神の争いが起こり、多くの命が消えたことは周知のことである。また、ユウナミの神が人の存在を否定されるのではと、憂いたのもこのためだ。ならば、アサナミの神の神命がどれほど重いのか。それは、アマテの神に並ぶと言っても過言ではない。もちろん理由がある。天上界ではともかく、地上神のなかには、アマテの神よりもアサナミの神の神命を重く考える柱が多いからだ。これは、もしアサナミの神の神命をアマテの神が否定するのであれば、天上神と地上神の争いが再び起こってもおかしくないことを意味していた。それゆえ、アサナミの神はいままで一度も神命を発したことはない。
そのアサナミの神がいま神命を発したのだ。四柱が驚くのも無理がないことである。驚いたのは四柱だけではない。ユウナミの神、水波野菜乃女神も同じく驚きを感じていた。とにかく、四柱はとてつもない大義名分とお墨付きをこの神命により得たことになる。だが、それは死地に飛び込み、いままでにない大きなものと戦うことを意味していた。
「承知!」
四柱は頭を下げ、一斉に声を上げると立ち上がった。
ナナガシラにむかうことを許され、緊張が解れた四柱は、ひとまず胸をなでおろしていた。
アサナミがシーナを呼び止める。
「なんでしょう」
シーナがモヤっとした空気を巻き付けて返事をした。
みなも、火の神、死神もアサナミを見ていた。
「これから、大儀を果たすためにナナガシラにむかうのに、モヤを抱えてはその力も出し切れないでしょう」
シーナは無言のままアサナミを見つめた。全てを見通すアサナミの前に、シーナはただ黙って地に視線を移すのが精一杯であった。この場にいない夜神のことでモヤモヤしていたことを見抜かれたと、分ったのだ。
「夜夢乃姫のことです。長級乃神、この場になぜ夜夢乃姫が参上せぬのかと考えていたのでしょう。そのことについて、私から話しておきましょう。夜夢乃姫は、参上したくても参上できぬのです」
「それは、どうしてでしょう」
シーナが納得いかないという顔つきで答えた。アサナミはシーナのモヤを受け止め頷いた。
「夜夢乃姫とここにいる四柱。時を同じくして神となったもの。いわば、兄弟姉妹。ともに神としてこれ以上仲の良い柱たちを見たことがありません。なのにいま、四柱と夜夢乃神とでは決定的に違いがあるのです」
「あ~、格ですか。夜神は上座の席だもの。格下は相手にならないと」
シーナは、空に向かい夜神に言い放つかの如く「呆れた!」という目をした。
「いいえ、違います。格などなんの関係もないことです。長級乃神、現にあなたは格下である水面の神の言葉に従い、ともに戦おうとしているではありませんか。それとも、格下の神は、あなたの相手には相応しくないと考えているのですか」
「それは・・・・・・ありません。でも・・・・・・それならば、参上しない理由はなによ」
「はい。それは、四柱にあって、夜夢乃姫にないものが理由です。夜夢乃姫が四柱と決定的に違うこと。それは、巫女を持っていないということです。神々のなかで、巫女と出会うことができるのは幸運なことです。しかも、それが神霊同体となれる巫女ともなれば、神にとっても一度あるかないかと言われています。四柱はそのような力を持ち、ナナガシラにむかいます。力の及ばない夜夢乃姫がともに行けば、足枷になることは必定。それならば、影となり四柱を支えることを決意したのです。そのため、この場には参上していません。これは、私が勝手に申したこと。どうか、心の中で流してください」
空を見上げていたシーナの眼が緑色に輝くと、涙を流しその滴が地に落ちる寸前に霧のように消えていった。
(相変わらずモジモジなのよ。素直にそう言えば・・・・・・言えるわけないか)
「あーっ、わたしの頭はいつでも空っぽです。いま、なーんもかも消えちゃいました」
シーナは緑色のオーラを纏うとクルリとみなもの方に向かい、笑って抱きついていった。みなもが笑顔でシーナを迎えた。火の神と死神もシーナの背に手を添えていた。
アサナミが、四柱の姿を優しく見守っていた。




