思惑と神命(6)
野の地を陽向が駆けていく。巫女装束を纏い、御神刀である紅雷を携えて野を駆ける姿は、この地を護ってきた幼い巫女たちの成長した姿に見えた。
(この野原をキナは、どのような想いで見たのでしょう。この先にキナを討った神がいる)
陽向が立ち止まり、スッと背筋を伸ばしながら野原を見渡した。夏でありながら、ナナガシラの野原は、鬱蒼と草が伸び放題になった荒れた野原ではなく、背の低い草華が広がっていた。
広がる野原を眺めた陽向は、再び足を速めた。
(実菜穂は裏鬼門に着いているころでしょうか。霞ちゃんと琴美ちゃんも、どうか御無事で)
『陽向、もうすぐ裏鬼門だ』
胸の中で火の神の声が響いた。
「これですね」
陽向の前には、背の高い草が行く手を遮るように生えていた。その草を鞘で掃いながら進んでいく。一メートルほど進むと、道が作られており、草は両側に立つ壁となっていた。
「抜け道のような感じ」
真直ぐに連なる道を進んで行くと、白い鳥居が姿を現した。
『陽向、ここが雷鳴の神が護る裏鬼門だ』
「雷鳴の神。雷神と、いうことでしょうか」
『そうだ。雷神に属する神だ。神謀りにも姿を見せないから、いままで俺も見たことはないのだ。聞いた話だが、あまりにも好戦的で、天上界で暴れまくったうえ、神としての務めも果たさぬことから、天上界を追い出されたとか。まさか、このナナガシラの仕切り役になっているとはな』
「体のいい厄介払いってことでしょうか」
『そうなるな』
火の神の言葉に、陽向が軽くため息をつくと、真っすぐ前を見て鳥居をくぐっていった。
通りぬけた先には御堂があった。古い造りであるが、立派な建物である。扉を慎重に開けながら、陽向は入っていった。
「こここは!」
思わず声を上げてしまった。
御堂の中に見覚えがあるのだ。そう、陽向が入った御堂は、卯の神から見せられた、巫女を決める儀式が行われた場所であった。
「氏神、私はここを見た記憶があります。巫女が、選ばれる儀式が行われた場所です」
『そうか。巫女という生贄が選ばれた場所。まさに忌むべき場所だな。小さな声が聞こえてくる』
火の神の言葉に、陽向が小さく震えた。
(このようなところで、あの小さな命の定めが決められていたとは。それを、天上神である神が仕切っていたと。悍ましい)
陽向が眼に潤いを帯びながら、御堂を出てきたそのとき、空より光が走るのと同時に、凄まじい轟音と衝撃波が陽向を襲った。
陽向は吹き飛ばされながらも、地に転がり直撃を避けた。
「アハハハハハ! すごいねえー。これでも、けっこう真面目に狙って撃ったんだけどね。火と光の神の巫女かい。おもしれー」
轟音が治まった空間に、大きな声が木霊した。耳の中がキーンとしている陽向にも、その声は聞こえてきた。
『陽向、大丈夫か』
「大丈夫です。氏神の力がなければ、直撃を受けていました」
陽向が素早く立ち上がり、声の主を見た。
御堂の屋根に女が立っていた。額に一角を持ち、金色の長い髪が、雷鳴の神を想像させた。背丈は二メートルを超えており、大柄でありながら、筋肉質の身体は、【好戦的】という火の神の言葉を納得させた。さらに注目するのは、陽向の二倍はあろうかと思えるほどふくよかな胸で、その胸を覆うのは白虎の毛皮で作られたセパレートのフィットネスウェアとミニスカートである。
「氏神、あの神が雷鳴の神ですか」
『そうらしいな。女神だとは聞いたが、まさか、これほどとは。あれが雷鳴の神、嶺漸だ』
陽向が嶺漸を見上げたまま、紅雷を鞘から引き抜いていく。
嶺漸は、陽向が構えるのを白い歯を見せてわらって見ていた。その眼は、常軌を逸した色を放ち、いまにも迫ってくる勢いを持っていた。
『陽向、雷鳴の神について言っておく。嶺漸だが‥‥‥』
火の神が陽向に声をかけたとき、嶺漸が屋根から飛び上がり、陽向に向かって突き抜けてきた。
陽向が素早く紅雷を振りかざし、牽制しようとするが嶺漸はすでに陽向の懐に入ってきていた。
(速い!)
「遅えーっ!」
嶺漸の右手が、陽向の胸に当てられた。
ダアァーーーーーーーーーーーーーン!
白い光とともに、地面を揺るがす轟音が響き、陽向は鳥居まで吹き飛ばされた。陽向の身体は地面を転がり、うつ伏せのままピクリとも動かなかった。
「なんだ。神霊同体と言うから、おもしろくなると思ったのに、案外、脆いものだな。火と光の神もこの程度の力しかなかったのか」
嶺漸が不満そうに笑いながら、陽向に近づいていった。




