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惚れやすい人

作者: ざわ

 ある日ある所に男の子が生まれました。

 その子の家は少しだけ裕福で、心の底から愛してくれる良き両親にも恵まれました。


 保育園に入った男の子は元気いっぱいに遊び回るようになりました。一緒に遊ぶ友達もたくさん出来ました。その中でも特に仲良くなったある女の子がいました。その女の子に対して、他の子とは少し異なる特別な気持ちを抱くようになりました。しかし、男の子はまだその気持ちの名前を知りませんでした。


 小学生になった男の子は少し物静かになりました。大声を上げて走り回ることは少なくなり、イタズラをして怒られる回数も減りました。

 男の子は人生で初めての恋をしました。いえ、本当は以前にもこんな気持ちになったことがありました。あれが恋だったのだと、男の子はようやく気がつきました。二度目の恋の相手は同じクラスの可愛らしい女の子でした。

 ですが友達の悪ふざけによって女の子に初々しい恋心がバレてしまいました。それ以来女の子とは恥ずかしくてまともに話せず、会話をすることはほとんど無くなりました。


 中学生になった少年はサッカー部に入りました。あまり真面目ではありませんでしたが、そこまで不真面目でもありませんでした。

 少年は陸上部の女の子に人生三度目の恋をしました。いつもグラウンドの隣で練習しているその姿を、ボールを蹴りながらずっと見つめていました。

 そのせいで同じ部活の仲間にはバレてしまいましたが、今度は言いふらされることはありませんでした。

 中学校最後の試合、大会の準決勝で負けた時は少しだけ涙が出ました。


 高校生になった少年は少しだけ真面目にサッカーを始めました。高校のサッカー部は中学校よりも少しだけ真剣でした。

 少年はサッカー部のマネージャーに人生四度目の恋をしました。

 部員を気遣うその姿に心を奪われていました。

 サッカー部のエースとマネージャーが付き合っていると聞いたときは服の上から胸を抑えました。

 一生懸命頑張りましたがレギュラーにはなれず、高校最後の試合は応援席で声を上げていました。


 大学生になった青年は落ち着いた性格の好青年になりました。廊下を大声で笑いながら歩くことは無くなりました。ですが友達と遊ぶ時は少しだけ騒いで周りに迷惑をかけることもありました。

 青年は同じアルバイト先の女の子に人生五度目の恋をしました。少しも粗のない完璧な接客態度に仕事を片付けながらも見惚れていました。

 女の子はすぐにアルバイトを辞めてしまったので、青年は気持ちを伝えることが出来ませんでした。

 青年は就職活動に焦りましたが、なんとか希望の企業の内定を貰うことが出来ました。


 社会人になった青年は社会の一員としての自覚を持ち、物事の分別のつく大人になりました。

 青年は職場の同僚に人生六度目の恋をしました。

 上司や同僚から信頼されるその働き振りを尊敬と恋慕の眼差しで見つめていました。

 青年は今度こそ伝えそびれることがないようにと、すぐに同僚を食事に誘いました。

 最初は断られてしまいましたが、二度目は了承してくれました。


 青年は食事の帰り際、気持ちを全て伝えました。

 ずっと前から好きだったことを。保育園で一緒に遊んでいた時から、小学校で同じクラスになった時から、中学校でグラウンドの隣で練習していた時から、高校でサッカー部のマネージャーになった時から、大学で同じアルバイト先で働いていた時から、会社で同僚になった時から。

 ずっとずっと好きだったことを伝えました。


 青年は振られてしまいました。

 小学校で好意を知られた時からずっと気持ち悪がられていることを知りました。中学校で部活をしていた時は陸上部でいつも陰口を叩かれていたことを知りました。高校でマネージャーだった時は使ったタオルを汚れ物のように扱われていたことを知りました。大学で同じアルバイトになった時は気味が悪くてすぐさまアルバイトを変えたことを知りました。


 青年は胸を酷く締め付けられ、黒い何かが視界に渦巻き始めました。


 口から出てきたのは謝罪の言葉でした。どうして自分が謝っているのか、どうして自分が謝らなくてはならないのか、青年には全く理解出来ませんでした。しかし、何故か心の底からの謝罪が口から溢れ出してきました。

 青年はぼやけた視界で同僚の顔を伺います。

 同僚の目には軽蔑の色が浮かんでいました。その輪郭はとても不安定でしたが、その目の色だけははっきりと見て取れました。


 それでも青年は謝り続けました。


 次の日、重い脚をむりやり運びながら会社に行くと、周囲の視線が鋭く自分に突き刺さっていることに気が付きました。かすかに聞こえるささやき声と同僚の表情から、何が起こったのかはなんとなくわかりました。


 青年は会社にも行かず、ただ生理現象を行うだけの機械になりました。しばらくすると機械に必要な生活費も底をつき始めました。


 ある朝、青年はあてもなく電車に乗り込みました。行ったことのない駅で降り、来たことのない町を歩きました。町の向こうに山を見つけた時、根拠も無くあそこが自分の死に場所だと思いました。


 青年はゆっくりと山へ歩き出しました。


 太陽が街並みの後ろに隠れてしまった時、青年は山を登る石階段を見つけて立ち止まりました。いえ、正確にはその前の歩道を歩く美しい女性を見つけて立ち止まりました。


 そこには幼い頃から好意を寄せ続けたあの同僚の姿がありました。


 青年は不思議に思いましたが、すぐにこの近くに取引先のオフィスがあることを思い出しました。


 青年がそのまま歩いていると、同僚がこちらに目を向けました。同僚は驚き、軽蔑の目でこちらを睨みつけました。


 青年の目には、それがあの同じクラスの女の子に見えました。あの陸上部の女の子に見えました。あのサッカー部のマネージャーに見えました。あのアルバイト先の女の子に見えました。


 恋焦がれ続けた皆が、青年を軽蔑していました。


 青年の視界には黒い何かが渦巻き、同僚以外が見えなくなっていました。同僚がどんどんこちらに近づいて来ます。青年は同僚がこちらに背中を向けて走っているのを見て、自分が同僚を追いかけているのだと気付きました。


 青年はすぐに同僚に追いつき、口を押さえてむりやり山に引きずり込みました。同僚が声を上げる度に頬を殴って大人しくさせます。周りに木々以外が見えなくなる頃にはすっかり抵抗しなくなっていました。


 改めて同僚の顔を覗き込むと、そこにはあの美しさは見る影も無く、青黒く腫れ上がった痛々しい恐怖と諦めに染まった女の顔がありました。


 青年は人生七度目の恋をしました。目の前の女の顔は青年に言いようのない優越感と征服感を与えてくれます。まだ僅かに抵抗の意思が垣間見える顔に、この愛情分かち合おうと拳を振り下ろします。塗り残した抵抗の色を拳で絶望に塗り潰していきます。


 女の顔を絶望に塗り潰し終えた青年の興奮は最高潮に達し、我慢出来ずにズボンを下ろし女のスカートに手を掛けます。この上ない幸福に満たされた青年は、更なる幸福を得ようと膨れ上がる恋心を女に叩きつけます。


 しばらくし後、満足感を得た青年は全身を駆け上がる幸福感を存分に味わいながらふと思います。


 もっと欲しい。


 青年は身嗜みを整え、女の首に手を添えます。そして自分のすべてを押し付けるようにゆっくりと力を込めます。自分を陥れた同僚の首を締めます。自分を避けたバイト先の女の子の首を締めます。自分を汚物のように扱ったサッカー部のマネージャーの首を締めます。自分の陰口を叩く陸上部の女の子の首を締めます。自分を気持ち悪がった同級生の女の子の首を締めます。一緒に遊んでくれた可愛らしい女の子の首を締めます。


 女は抵抗して懸命に手を引き剥がそうとしますが、それはより一層青年の手に力を込める結果となりました。次第に手の動きは鈍くなり、とうとう全く動かなくなりました。ゆっくり力を抜く青年の手には女の抵抗の痕が引っ掻き傷となって残っていますが、青年は女の生命の証により一層の幸福を覚えました。


 やがて女がするりと眠るように力を失うのを感じると、青年はようやく結ばれた証として、壊れ物に触れるようにそっと頰に唇で触れます。そうして久しい二人きりの時間を過ごしたのち、これからどんな女と恋をできるのかと期待に胸を膨らませながら、眠りこけた女の後始末の道具を調達するため、青年は山を降りて行きました。


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