わたくしは階段から突き落とされて殺された公爵令嬢。さぁ呪いが発動致しました。倍返しさせて頂きます。
レスティーナ・ハルティリス公爵令嬢は、王立学園の階段の踊り場で、背をドンと誰かに突き飛ばされた。
バランスを崩して階段を転げ落ちる。
痛みが身体中に走り、後頭部をガンと打って、意識が遠のいていく。
ああ…わたくしはここで死ぬのね…
瞼を開けると空が青かった。
そして…あの女の笑い声が耳に聞こえたような気がした。
レスティーナは長い銀の髪を縦ロールに巻いたキツイ顔立ちの公爵令嬢である。
王立学園での成績はトップを常に誇り、優秀で気高い公爵令嬢として知らぬものはいなかった。
マリリオ王国の王太子フィリスの婚約者で、レスティーナは何よりも、その事を誇りに思っており、フィリス王太子の事を政略とは言え、とても愛していた。
「フィリス様。見て下さいませ。わたくし、花を咲かせることが出来ましたのよ。」
小さな鉢に咲いた白い花。
愛の種を二人で小さな鉢に植えて、レスティーナが心を籠めて、想いを注ぎ咲かせた花だ。
想いが強くないと咲かないと言われる愛の花だった。
フィリス王太子は嬉しそうに、
「レスティーナの私への想いが強いと言う証拠だな。何て美しい。この薄く透き通った花弁。清らかな花びら。心が洗われるようだ。」
「そうおっしゃってくださって嬉しいですわ。」
幸せだった。すべてが幸せだったのだ。それがあの女が現れたせいで幸せが崩れた。
「隣国から来ました、アリーディア・サランディスト公爵令嬢です。」
何でも隣国で王太子に婚約破棄をされて、国外に追放された気の毒な公爵令嬢との事。
気の毒なと言われているのは、近隣諸国で婚約破棄事件が相次ぎ、アリーディアもそのような冤罪で婚約破棄をされていたのだと、一般には信じられていたからだ。
アリーディアは王妃教育も終わっていて、それはもう、立ち居振る舞い、全てが美しく、そして優秀だった。
今まで王立学園で一番だったレスティーナの成績も、そして生徒達から尊敬の目で見られた眼差しも、全てアリーディアに移ってしまったのだ。
そして、フィリス王太子の関心も。
アリーディアは金の髪のそれはもう美しい令嬢だった。
なんでこんな優秀な令嬢を婚約破棄なんて隣国の王太子はしたのだろう。
フィリス王太子はレスティーナと言う婚約者がいるのにも関わらず、アリーディアを優先するようになった。
二人で連れだって歩く姿が目撃されるようになり、レスティーナと行動を共にすることが少なくなった。
レスティーナは我慢できなくなり、二人が昼食を食べているテラスへ歩を進めて叫ぶ。
「フィリス様はわたくしの婚約者なのですわ。それなのに、どうしてアリーディア様と共にいらっしゃるのです?」
フィリス王太子はアリーディアの手を取って、
「美しいのだ。そしてアリーディアは優しい。」
「そう、おっしゃってくださって嬉しいですわ。ですから、レスティーナ様。フィリス王太子殿下をわたくしに下さいませ。」
「これは国王陛下と我が公爵家で決めた婚約ですわ。そちらへ話を通して下さらないと。」
悔しかった。
アリーディアになびいたフィリス王太子の事も許せなかった。
あんなに愛し合っていたのに。
白い花の種を一緒に植えて、あんなに花が咲いたことを喜んで下さったのに。
どうして?どうして?どうして?
屋敷に戻って、部屋でレスティーナが悲しんでいると、兄であるリードが声をかけて来た。
「レスティーナ。どうしたのだ?」
「お兄様。わたくしは悲しくて。フィリス王太子殿下が、隣国から学園に入って来たアリーディア・サランディスト公爵令嬢に夢中なのです。婚約者であるわたくしをないがしろにして。」
涙がこぼれる。
リードは腕を組んで。
「アリーディア・サランディスト公爵令嬢。隣国で婚約破棄をされた令嬢だったな。噂で聞いている。何故、婚約破棄されたんだ?その理由までは聞いていないな。」
「彼女は美しく優秀なのです。わたくしより学業の成績もよくて。」
「それ程まで優秀な令嬢が婚約破棄されるとは…調べてみる必要がありそうだ。」
「お願いしますわ。お兄様。」
「ああ。調べてみよう。」
レスティーナは白い花の小さな鉢を手に取れば、その花は枯れてしまっていた。
わたくしが悲しんでいるから、フィリス王太子殿下への愛に陰りが出てしまったから、枯れてしまったのだわ。
翌日、王立学園へ馬車でいつも通りに登園した。
ふと、カバンの中を見て、本が無いのに気が付いた。
昨日、図書館へ行った時に、借りたつもりが借りそびれてしまったのか。
気になって、まだ授業が始まるのに、時間があったので、外階段から図書室へ行こうとした。
そちらの方が近道だったからである。
階段の踊り場へ出た途端、後ろから誰かにドンと突き飛ばされた。
階段から転げ落ちる。
痛いっ痛いっ痛いっ。
ガンと後頭部を強く打って、意識が遠のく。
あの女の笑い声?ああ…頭が霞んで解らないわ。
わたくしはここで死ぬのね…
階段の下で悲しみの涙を流し、レスティーナは瞼を閉じた。
- 死んだのかしら…うふふふふ。いい気味ね。-
声が聞こえる。あの女。アリーディアの声だ。
― フィリス王太子殿下には、強力な魅了をかけておいたし、この国はわたくしの物。うふふふふふ。わたくしの物よ。-
頭の中に流れ込んで来る強烈なアリーディアの心の声。
わたくしは死んだのに…死んだはずなのに、何故、聞こえてくるの?
辺りは真っ暗。何も見えない…感じない…
それなのに…何故…
ふと、手に温もりを感じた。とても温かい。
「レスティーナ。解るか?」
「お兄様。」
身体を起こしてみれば、棺に寝かされていたようである。
「わたくしは死んだのですね。」
「ああ。そうだ。」
「でも、生き返ったわ。そうだった…忘れていたわ。我が一族は 転んでもただで起きぬ呪われた一族。」
「そう、 やられた事は倍返しする一族だ。」
すっかり忘れていたわ。
病死とか、事故とか、では駄目だけれども、殺されたら呪いが発動して、倍返しをしなくてはならない宿命を持った一族だったのだわ。
リードはレスティーナの顔を見ながら、安堵したように。
「火葬を遅らせてよかった。呪いは本当だったんだな。」
すると両親が部屋へ飛び込んで来て、レスティーナの姿を見て、抱き締めて来た。
「よかった。生き返った。」
「本当に、まさかとは思っていたのだけれども、本当に呪いってあったのね。」
喜ぶ両親に向かって、レスティーナは。
「わたくしは殺されたのです。アリーディア・サランディスト公爵令嬢に」。
リードが頷いて、
「調べたら、彼女は魅了を使って王太子殿下を操っていたらしい。向こうの魔術師が気が付いて、王太子殿下の魅了を解いたとか。それで、婚約破棄されたと言う事だ。」
「フィリス王太子殿下も…魅了を?そう言えば、アリーディアがそう言っていたような。わたくし生き返ったのなら、きっちりと、倍返ししてまいりますわ。」
そう、やられた事は倍返しする。それが呪われたハルティリス公爵家に生まれた自分がやらねばならない事。そのために生き返ったのだから。
翌日、王立学園へ登園すれば、生徒達がレスティーナの姿を見て驚いた。
「階段から落ちたって聞いたけれども大丈夫なのか?」
「いや、死んだって…葬式は明日だって…」
レスティーナは皆に向かって、にっこりと、
「奇跡的に助かったのですわ。お気遣いありがとうございます。」
そして、驚いてこちらを見ていたフィリス王太子と、アリーディアに向かって、
「お騒がせ致しました。わたくしはこの通り、元気ですわ。」
キンっと音がする。アリーディアの頭の辺りで。
アリーディアが慌てたように、
「何?この音…」
「あら、倍返しの呪いが発動したわ。」
「倍返し?」
「わたくしを突き落とした者に、呪いがかかったみたい…。我がハルティリス公爵家の倍返しの呪いですわ。貴方が犯人だったのかしら。」
「わたくしが犯人?とんでもない言いがかりだわ。」
「そうですわね。じきに解りますわ。倍返しの呪い。犯人に向かって発動する呪いですから。」
アリーディアは真っ青になる。
フィリス王太子はアリーディアを抱き締めて、
「大丈夫だから、私がいるから…」
胸が痛む。貴方はアリーディアが好きなのね。
- ああ…私が好きなのは…レスティーナだけなのに…言葉が…身体が言う事を聞かない -
え?頭に流れ込んで来たこの言葉は。
フィリス王太子の瞳から一筋の涙が流れた。アリーディアを心配そうな表情で見つめながらである。
レスティーナはアリーディアの胸にかかった首飾りを見つめ、
魅了とか言っていたけれども、あの首飾りが原因?
そう思っていたら、キンっとアリーディアの頭の上で音がして、アリーディアはフラフラと廊下へ歩いて行く。
レスティーナやフィリス王太子、他の生徒達は気になって、皆で後をついて行った。
外階段の踊り場へ足を踏み入れたアリーディア。
きゃぁと悲鳴をあげながら、足を踏み外して階段を転げ落ちていった。
皆、大騒ぎになり、一部の生徒達は慌てて先生を呼びに行く。
フィリス王太子と共に、他の生徒達と階段を降りて、アリーディアの様子を見るレスティーナ。
アリーディアは絶命していた。そして、首飾りは粉々に砕け散っていて。
フィリス王太子は我に返ったように。
「レスティーナっ。君が無事でよかった。」
ぎゅっと抱きしめて来た。
「フィリス王太子殿下…」
やっとフィリス王太子殿下の気持ちが、心が返ってきた。
嬉しくて嬉しくて…
レスティーナもぎゅっとフィリス王太子の身体を抱き締める。
その時、キンっと二人が立っている横で、頭から血を流して倒れているアリーディアの方から音がした。
アリーディアの死体から、魂がすううっと抜け出て、フラフラと階段の上へ登っていく。
生徒達が悲鳴をあげる。
「昼間から幽霊がっ???」
「どういうことだ?」
アリーディアの幽霊は階段の踊り場まで行くと、きゃぁっと悲鳴をあげて足を滑らせ、階段の下へ転げ落ちた。
皆、あっけにとられる。
倒れているアリーディアの死体から、再びキンと言う音がして…アリーディアの幽霊が現れ…階段の上へ登って行き。
真っ青になって、生徒達は逃げだした。
取り残されたレスティーナはフィリス王太子に向かって、
「アリーディアは罰が下ったのですわ。我が公爵家の倍返しの呪い…この階段は取り壊した方がよいかもしれませんね。」
フィリス王太子も頷いて、
「このままこの階段を置いておいたら、誰かがアリーディアの幽霊に巻き込まれて、階段から落ちるかもしれない。あああ…レスティーナが無事でよかった。愛しているよ。レスティーナ。」
「フィリス王太子殿下。わたくしも愛しております。」
アリーディアの死体が運び出されていても、アリーディアの幽霊が現れて、何度も階段から転げ落ちるので、この階段は取り壊された。
「フィリス王太子殿下。白い花が咲きましたわ。」
「今度は二人の想いを籠めて咲かせたから、見事な大輪の花が咲いたな。」
あれから、レスティーナとフィリス王太子との仲は皆が羨む位に熱々で。
二人は学園を卒業後結婚し、子供にも恵まれて、幸せに暮らしたと言う。
ハルティリス公爵家の呪いはレスティーナに関しては以後、発動したという記録は無いが、一族の子孫が発動したかどうかは定かではない。
隣国サイドです。
エリオス王太子は金髪碧眼の優しい顔立ちの男性である。歳は18歳。
彼には隣国から留学してきたユリーナ王女と言う婚約者がいた。
綺麗な顔立ちの金髪碧眼のユリーナ王女と、エリオス王太子。二人が並ぶとお似合いのカップルだと誰しも思っていたのだが。
エリオス王太子はユリーナ王女に対して、例え政略で婚約者になったとしても、大切にしてやりたいと思っていた。この国、アレノア王国と隣国のマリリオ王国とは実は仲があまりよくない。国交断絶までとはいかないが、常に緊張状態にあった。
だから、その二国の緊張状態を和らげるためにも、ユリーナ王女がエリオス王太子の婚約者に選ばれ、王立学園に留学してきたのだ。
「ユリーナ。もうすぐ春だね。一緒に王宮のテラスでお茶を飲んで、花見をするのが楽しみだ。」
王立学園の食堂でエリオス王太子は優しくユリーナに話しかける。
異国の地で心細いだろう。だから、少しでもその心細さを和らげてあげたい。
ユリーナ王女は微笑んで、
「有難うございます。是非、ご一緒に花見を致したいですわ。」
なんて綺麗な微笑みなのだろう。
この可愛らしいユリーナ王女を大切にしてやりたい。
そう、強く思っていたのに…
まさか裏切られるとは思いもしなかった。
ユリーナ王女が騎士団長の子息であるアレクスと木陰で口づけを交わしているのをある日偶然見てしまったのだ。
自分とは口づけも、手すらも繋いだことがまだ、無いのに。
信じられなかった。
あの可愛らしいユリーナがアレクスと、口づけを交わしている。
「お慕いしております。アレクス様。わたくし、一目見た時から貴方の事を…」
アレクスもユリーナを抱き締めながら、耳元で囁いている。
「私もです。ユリーナ様。お慕いしております。」
あまりのショックで目まいがした。
ユリーナが…アレクスと…彼女は自分の婚約者だぞ…
「どういたしました?顔色が真っ青ですわ。」
王宮魔導士のチェシィ・マレイグ伯爵令嬢が声をかけてきた。
彼女は若くして王宮魔導士として名を馳せていた。
古代魔法の研究をしており、色々な呪い等、不思議な事象に詳しいのだ。
だから、魔導士を呼ばれていた。
チェシィにエリオス王太子は相談する。
「私の婚約者ユリーナ王女が、他の男と…」
「まぁ…それは大変です。不貞に当たりますね。隣国は我が国の王族を舐めているのでしょうか。確か両国の仲を良くするための婚約ではないかと。」
「ああ。そうだ。それなのに…騎士団長子息と…」
「私が調べてみましょう。ユリーナ王女様の男性関係を…」
「頼む。あああ…私はどうしたら…」
「お任せ下さい。」
しばらくして、チェシィは報告書を作成して持ってきてくれた。
その報告書を読めば、あまりの事実にエリオス王太子は眩暈がする。
ユリーナ王女が関係を持っている男性は騎士団長子息アレクスだけではなかった。
宰相子息マリスト。豪商の子息ケリー。他にも数人の男性と関係を持っていた。
それもキスだけではない。身体の関係もあるのだ。
許せなかった。
自分を何だと思っているんだ。
あの女は…
父である国王陛下にその事実を報告した。
国王陛下は報告書を見やり、
「チェシィだけの報告では信用ならぬ。いかに王宮魔導士と言えども、王家の陰に裏を取らせよう。」
チェシィは頭を下げて、
「是非、そうして下さい。」
国王陛下は困ったように、
「ユリーナ王女だが、とんだ王女だな。隣国は国を乱すために、わざとあの王女を送り付けてきたのか?」
宰相が口を挟んで来る。
「確かに。関係を持ったのが騎士団長子息。国一番の豪商の息子。それに我が息子。他にも重臣の息子達ばかり。我が国をかき回す目的があるのかもしれませんな。」
許せない。そう、エリオス王太子は思った。
なんて悪女だ。あのような可愛い顔をして…
許せない…
チェシィが進言して来る。
「いい考えがあります。ほら、例の悪女、牢に入っている…」
エリオス王太子の以前の婚約者だったアリーディア・サランディスト公爵令嬢。
彼女も悪女だった。
魅了のペンダントを使い、エリオス王太子を操ろうとしたのだ。
それを見破ったのがチェシィであった。
アリーディアは今、牢獄に入っているはずだ。
アリーディア。
美しきアリーディア。
そして恐ろしい女、アリーディア。
アリーディアに操られるままに、金を与え、言われるままの行動をし…
苦しかった。助けてと心の中で叫んで…彼女の魅了は変わっていた。
魅了ならば心も魅了してしまうはずだが、しっかりと自分の意志は残っているのだ。
だが、行動も言葉も全て操られてしまう。アリーディアの思うがままに。
チェシィに助けられて、本当に彼女には感謝したのだ。
国王は頷いて、
「あの女を隣国へ送ると言う事だな。」
「そうです。牢獄から解放する条件として、隣国へ留学させ、マリリオ王国のフィリス王太子を魅了させましょう。隣国を混乱させましょう。こちらに来ているユリーナ王女は隣国が混乱している隙に、牢へ投獄しましょう。とりあえずは、王室の一室で監禁状態にして。」
エリオス王太子は疲れたように、椅子に座った。
自分はなんて婚約者に恵まれないんだ。
チェシィがエリオス王太子の傍に行き、
「王太子殿下。気落ちなさらないでくださいませ。きっといつか王太子殿下の望むいいお相手に巡り合えますよ。」
「有難う。チェシィ。」
こうして、悪女アリーディアは牢から出され、隣国へ留学する事になった。
マリリオ王国を混乱させるために。
今…まさに、
わたくしは階段から突き落とされて殺された公爵令嬢。さぁ呪いが発動致しました。倍返しさせて頂きます。
ストーリーが始まる。