館の鏡
何かが割れる音。
そして、男の悲鳴。
花梨と加賀美は顔を見合わせた。お互いの驚いた顔を見ていたが、加賀美はハッとすると部屋から飛び出した。彼は悲鳴のした方向に走っていった。
部屋に置いて行かれてしまった花梨は、怯えながらも部屋から出て加賀美の後についていくことにした。一人で待っているより一緒に行動したかった。開けっ放しのドアをゆっくりと通って、廊下を覗き込んだ。何もいないことを確認して、慎重に歩く。静かな廊下に響く足音の方へと目指した。
「カトリさん! 大丈夫か!?」
加賀美の声が廊下の先から聞こえてきた。この廊下の先はどこなのか花梨は知らない。そこに辿り着くと正面には廊下、左手に二階に続く階段、右手には開いたままのドアがあった。ドアの中から、右腕から血を流す男性がふらふらと歩いて出てきた。加賀美は背後を警戒しつつ気遣わしげにその隣を歩いた。
「うっ……! 玄関は危ない……」
男は左手で押さえているが血は止まらずにぽたりと床に落ちていった。男の怪我と表情を見て、ここにいては危ないと感じた。
加賀美がドアを閉めた。その時に奥に玄関のドアが見え、床に何かの破片が散らばっているのが見えた。破片の光が花梨に当たった。イヤリングが一瞬だけきらりと光を反射した。
——そいつに気をつけて。
一瞬であったが花梨の耳元で誰かの声がした。驚いて後ろに下がる。
「あの部屋に戻ろう」
加賀美に声をかけられて、花梨は頷いた。三人は男の悲鳴が聞こえるまでいた部屋に急いで戻った。
「これ、使ってください」
「ありがとう。借りるよ」
ショルダーバックからハンカチを取り出して、男に渡した。男は受け取るとハンカチで血を拭い始めた。拭えど拭えど血は止まらない。二の腕から指の先まで血だらで、まるで沢山の破片が刺さり、それを無理矢理抜いたような傷があった。
「血が……」
「止まりそうにないね。僕は、血が止まるまで……くっ、しばらく動かないで……いるよ」
花梨はその様子を心配そうに見ることしかできなかった。男は痛みを堪えつつも笑った。
「玄関には近づかない方が良い……」
「玄関で何があったんだ?」
「鏡に襲われた……」
「鏡に襲われた? ……そんなことがあるわけないだろう。カトリさん、本当のことを言ってくれ」
「本当だ。鏡に引き摺り込まれそうになったんだ……」
「鏡が人を襲う……まさか、そんな」
「信じてほしい……。君たちも用心した方が良い。」
男は未だに出血を続ける右腕を押さえながらも真剣に二人の目を見た。その表情は嘘をついているようには見えなかった。
鏡が人を襲うなんてありえない。しかし、ここは心霊スポットである。そういうことが起きるのかもしれない。
花梨はあることに気がついた。
この部屋にも鏡がある。
もし、本当に鏡が人を襲うというのであれば……
「あ、あの……! こ、この部屋の鏡も危ないんじゃ……?」
「そうだね……割ろう」
そう言うと男は部屋の中を見回した。鏡を探しているのではなく、加賀美を割るための物を探しているようだった。しかし、この部屋には鏡以外何もなかった。
「とりあえず上着をかけてみる」
加賀美は上着を脱ぐとそれを広げて、そのまま恐る恐る鏡に近づいていった。ばさりと鏡にかける。鏡は抵抗することはなかった。
ふう、と全員が息を吐いた。
「……ここは安全そうだね」
「そうだといいんだが……。館の中はどうだった? あ、すまん、休んでてくれ」
「じっとしてれば大丈夫だよ……。二階にはいってないし、全ては見てないけど……いくつか部屋があった。そういえば、どの部屋にも鏡があったような……」
「だから、『鏡の館』って呼ばれているのか?」
花梨は別のことが気になっていた。加賀美に言われた「閉じ込められた」「出られない」についてである。
「あの、すみません。ずっと気になってたんですけど、閉じ込められたって……?」
「そうだった。まだ、伝えられてなかったな。玄関のドアがどうやっても開かないんだ」
「おまけに窓もないからね、外に出られそうにないよ」
「ドアが開かない……? 窓がない……?」
二人の言葉に花梨は息を呑んだ。
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