メシマズ異世界で捕虜から始める料理人
気がついたら、そこは剣と魔法の国。
そこはとんでもないメシマズ国家だった。
バイトで培った料理スキルは、現地の軍隊に通用するのか――
異世界サバイバル短編です。
評価・感想いただけるととても嬉しいです。
「お前は今日から、我が軍のコックだ」
軍装に身を包んだ銀髪の少女が告げる。
……なんでこうなったんだっけ。
走馬灯のように記憶が巡り始めた。
始まりは、どうも曖昧だ。
小汚い洋食屋を切り盛りするオヤジから、買い出しを頼まれた。
ソシャゲのイベントを中断して、とにかく早く済ませようと走って、
そして――
気がついたら、女の子に剣を突きつけられていた。
「……は?」
その子の唇がすばやく動き、何やら俺に言葉をぶつけてくる。
何を言ってるのかまるで分からん。
「……待て待て!とにかく、俺はあんたの敵じゃない。つーか、何が何なのかマジで」
次の瞬間、刃を滑るように光が走り、俺の頬を掠めて光弾が地面に突き刺さった。
「?!」
思わずそちらを見ると、尻もちをついた俺の手、その数センチ先に、銃でうがったような穴が深々と空いていた。
女の子がまた何か言う。
言いながら、剣を構え直して俺の鼻先に突きつけた。
次は当てると言いたいらしい。
「た、助けて……ください」
恐る恐る声を上げ、手のひらを向ける。
指が震える。
永遠とも思えた沈黙のあと、女の子はため息をつき、剣を俺の顔から外して薙ぐように振った。
立ち上がれと言うことだろう。
相手を刺激しないよう慎重に身を起こし、改めて周囲を見る。
草原だ。
彼女の背後には何やらコンクリートで覆われた、無骨な建物が見える。
「軍事基地……?」
脳裏に浮かんだのはそれだった。
女の子が着ているのも、軍服と言って差し支えない。
かっちりした灰色のジャケット、膨らんだシルエットのズボンをしまい込む黒いブーツ。
その子が剣をまっすぐ前に構えて俺の後ろに回り込み、何やら叫んだ。
たぶん、あの基地に向かって歩けということだろう。
逆らったら死ぬ。
生まれて初めて突きつけられた武器に、それしか考えることができなかった。
果たして予想通り、俺は牢にブチ込まれた。
硬い床に座り込んで、状況を整理する。
ここはやはり、どこかの国の軍事施設だ。
八百屋に向かう道すがら、どうやって迷い込んだのかは不明。
そのあたりを思い出そうとすると、脳裏にクラクションがよぎる。
これはアレかもしれん。
たぶん、俺は死んだ。
そして何の因果か、別の世界にすっとばされた。
ここの言葉はマジで全然知らん言語かと思ったが、ゆっくり喋ってもらうと、単語や文法が英語に似ている。
成績の悪い高校生には荷が重いが、攻略できない訳ではなさそうだ。
コミュニケーションが取れない謎のガキを、ボンヤリ生かしてくれるとは限らん。
言葉は死ぬ気で覚えるしかない。
「食え」
俺を拾った銀髪の女の子は、どうやら世話係に任命されたらしい。
その子が運んできてくれたのは、泣きたくなるほど貧相なメシだった。
ひとつかみのパン。
申し訳程度にキノコのカケラが浮いた、ほとんどお湯みたいなスープ。
味もしない。
ひょっとして俺、虐待されてるんだろうか。
捕虜を保護する国際法とか無い世界なんだろうか。
聞いてみたかったが、捕虜とか法とか、英語っつーかここの言葉でなんて言ったらいいのか分からん。
おとなしく、ボソボソしたパンをお湯でノドに流し込むと、女の子は食器をさっさと下げて牢から出ていってしまった。
その夜は、オヤジの作るトロッとしたビーフシチューがえらく恋しかった。
根気よく煮込まれた安モノの牛肉から、信じられないほどいいダシが出る。
それをたっぷり吸ったジャガイモは、ほっくりと柔らかく、口に入れたとたんにほろほろとほどける。
濃厚なスープの奥に、見え隠れするハーブの香り。
バイト代ほしさにイヤイヤ手伝ってたけど、オヤジが出してくれるまかないは、マジで美味かったんだ。
次の日から、うんざりするような尋問が始まった。
「オレ ワスレタ ゼンブ ワカラナイ」
異世界から来たなんて言っても仕方ないだろう。
隔離病棟行きとかになるかもしれん。
カタコトにジェスチャーを交えて、必死に記憶喪失を装うと、眼の前の軍人が困ったように眉を潜めた。
金髪碧眼。なかなかの男前だ。
「辺境の基地なものでね。不便をかけるとは思うけど、君の安全は保証しよう」
「アリガトウ」
その男前が、中学の教科書に載ってるようなやさしい英語(みたいな言葉)でゆっくり語ってくれたところによると、どうもこういうことらしかった。
この世界にも、日本みたいな国があり、俺はそこの出身ではないかと思われている。
だが、この世界の日本は何百年も鎖国を続けている神秘の国だ。
俺をうまく使えば、その国と貿易ができるかもしれない。
この国の中央では、俺を巡って早くも利権争いが起き始めている。
俺の扱いが決まるまで、この基地で預かることになった。
「身の回りのことは、ティアナに任せたよ」
部屋のスミに姿勢を正して立っていた銀髪の女の子が、上司に名前を呼ばれて視線をこちらに向けた。
赤銅色、と言うやつだろうか。
深い色の瞳だ。
個室に移してもらったが、メシのグレードは変わらなかった。
使っている粉が悪いのだろう、埃を固めたみたいなパンと、青臭い野草が浮いたお湯。
「文句があるなら食べなくていい」
「……タベル」
彼女も同じ食事を取っていることから、虐待などではなく素でメシがマズいということが分かり、それはそれでだいぶ引いた。
窓の外では兵士たちが訓練に精を出している。
彼らの武器は、兵器を擬人化したゲームで見たことがある……7,80年前にヨーロッパで使われていたものに似ていた。
だが俺の知識の中のサーベルは、刀身から火を吹いたりしない。
ここの兵士は皆それができるようだった。ご立派。
日に日に、元いた世界が恋しくなってくる。
清潔な文明が、全世界の情報が溢れ出るネットが、オヤジの作るまかない料理が、遠い思い出の中で輝く。
「君が心底嫌そうに食事をしていると聞いてね。元いた国では、どんなものを食べていたんだい?」
鬱々としてきたある日、例の男前が訪ねてきてくれた。
優しいなコイツ。ナイス。
記憶喪失だと言い張っているのに、設定がブレるかなと思いながら、恐る恐る喋ってみた。
「アンマリ オボエテナイ ケド オレ リョウリ デキル」
「そうかい!ではどうだろう、私に料理を振る舞ってはくれないかな?」
「!! ヤル!!」
「うんうん、元いた国でやっていたことをしてみれば、記憶も戻るかもしれないしね」
それが目的か。
こいつらは、神秘の国からの迷い人であろう俺を、外交のカードにしたいはずだ。
俺には自分の身元を思い出し、国に帰りたいと主張してもらえると手っ取り早いんだろう。
さっさと彼らの望む「記憶」を吐かないと、そのうちいよいよ拷問とか始まるかもしれん。
あの赤く焼けた剣で炙り斬られて、俺の太ももはケバブになる。
それを考えると、自分の利用価値を何か別に作ったほうが安全だろう。
俺にできるのは、メシを作ることくらいだ。
絶対に生き残ってやる。
このメシがクソマズい国で。
★
「君の国と食材が同じか分からないけど、どうかな」
うん。違う。全然違う。
まず食材の種類が少なすぎる。だいたいイモ。ジャガイモしかねえ。
案内してもらった食料庫で、俺は途方にくれていた。
この世界にも塩はあるが、土地柄なのか貴重品らしく、今は切らしているとのことだった。
救いなのは、珍しく肉があったこと。
近くの山で駆除された獣の生肉が、クソ硬いジャーキーに加工される前に、いくらか流れてきたらしい。
どんな獣かは知らんが、見た目は豚肉に似ている。
「このままだと俺も味のしねえ料理を作るハメになる……」
悩んでいる最中、鼻の奥に何かがかすかに香った。
今日の朝メシ、相変わらず青臭い野草の浮いたナゾ汁。
その野草そのものではなく、それについていた香り。
「アサノ クサ ドコカラキタ?」
俺が料理に毒でも盛らないか監視しているのだろう、ぴったり付き添っているティアナに身振り手振りたずねた。
「あれはこの建物の外、基地の敷地内で採れる」
「オレ イク」
「……外に連れて行けと言うことか?」
ティアナが上司に視線を送る。
男前はしばし考えたようだったが、小首を傾けて微笑んだ。
「いいよ」
「承知いたしました。ついて来い」
ティアナがさっさと食料庫を出ていってしまったので、慌てて追いかけた。
この世界に来て、ティアナに捕まってから初めて、建物の外に出た。
聞いてはいたが、ずいぶん田舎にある基地のようだ。
だだっ広い草原、遠くに見える山。
「あの草はここで採っている。ビタミンが豊富だ」
ティアナが指さした先に、いつもナゾ汁に浮いている野草が生えている。
そのとなり。
肉厚で小さい葉がびっしりと並んだ、背の低い木。
「ローズマリーだ!」
やっぱりあった。
葉をさっと撫でると、指が吸い付く感触がする。
指先に残る、甘くほろ苦い香り。間違いない。
並んで生えたナゾ草には香りが移っていたのだろう。
「マリーンドロップか……」
ティアナが不審げにつぶやく。
「フューネラルに使うものだ。ふつう料理には入れない」
耳慣れない単語の連続で何のことだか分からないが、推測するに何か宗教がらみの行事に使うのだろう。
まあ知ったこっちゃない。根本から2、3本摘む。
「キッチン イク!」
「何だかお前、急に活発だな……」
呆れた顔のティアナが、それでも律儀に案内してくれた。
白いタイルに覆われた壁。
銀色の天板が張られた作業台。
天井から釣られたフライパン。
想像していたよりも、調理場はまともなようだった。
薪か何か、もしくは奴らお得意の魔法の力で動いていたらどうしようかと思っていたが、コンロはガソリン式らしい。
しかし見たこと無いほど旧式で、流石に使い方が分からず悩んでいると、後ろから誰かの腕が伸びてきた。
慣れた手付きで火を入れてくれたのは、この調理場を任されているらしい炊事兵だった。
コイツがいつもあのメシを。ありがとな。
ジャガイモと謎肉、それに野生化したローズマリー。
大した役者たちだ。それでもやるしかない。
「お前らに見せてやる。これが、料理だ」
まずジャガイモの芽を丁寧に取り除き、皮を剥く。
湯を沸かした大鍋に放り込み、柔らかくなるまで茹でる。
その間に、謎の獣肉を綿棒で叩き、薄く広げる。
ちょっと手ごたえが硬いが、やはりだいたい豚肉だと思って良さそうだ。
茹で上がったジャガイモをフォークの背で丹念につぶす。
本当はここにパセリやバターを混ぜ込みたいが、食料庫には影も形も無かった。
香り付けはローズマリーに任せることになる。
物珍しそうに背後から覗き込んでいた炊事兵に声をかける。
「オーブン アツク シテホシイ」
炊事兵が素直にうなずいて、予熱を始めてくれた。
広げた謎肉に、つぶしたジャガイモを塗りつける。
ジャガイモを内側にするように肉を丸めて、糸で巻く。
包み料理を普段やっていないのだろう、タコ糸を使いたいところだったが、キッチンには無かった。
いつの間にか背後にギャラリーが出来上がっていたので、ジェスチャーで糸がほしいと要求したら、若い兵士が走って裁縫糸を持ってきてくれた。ナイス。
糸の隙間に、摘んできたローズマリーを差し込む。
やはりこの国では料理に使わないらしく、どよどよと声が上がっている。
知らんのか、焼くと美味いんだぞこれ。
オーブンにかける。あとは待つだけだ。
「……手慣れているようだが、お前本当に記憶喪失なのか?」
しまった。
ティアナが、いよいよ鋭い目つきで、えぐるように睨んでくる。
オヤジにさんざんやらされて、えらく綺麗に剥けるようになったジャガイモの皮。
それとティアナの顔を交互に見ながら、言葉を探す。
「えーと、……オレ タブン リョウリニンダッタ」
手の先から血の気が引いているのが自分でわかる。
震える指を隠そうと、体の後ろで組んだ。
「……まあいい」
記憶を取り戻しかけているのなら、それに越したことはない。そういうことだろう。
ほっと息をつき、オーブンの監視に戻る。
チンと音がして、焼き時間が終わった。
「さあて」
壁にかかっていたミトンで手を覆い、オーブンの中身を取り出す。
ふわりとローズマリーの香りが漂う、じっくりと焼きあがった肉。
ティアナをはじめ、集まった兵士たちの前に出してやる。
「高架下の洋食屋が、少ない食材で作るごちそう料理。スタッフドポークだ」
トレイに載せて食堂に運ぶと、男前がテーブルについていた。
「へえ……初めて見たよ。肉がぐるぐる巻きになっているね」
頷いて、湯気をたたえる料理にナイフを入れる。
外側がカリッと焼けた肉、中はローズマリーの香りと肉汁を吸いながらほっくりと蒸し上がったジャガイモ。
きれいな二層構造になったそれを、男前の皿にそっと取り分けた。
「香ばしい匂いがするね。ハーブかな……ティアナ」
呼ばれたティアナが、上司のテーブルの横にさっと立つ。
「ひとくち目は、君に」
コイツ、毒味をさせてやがる。
舌打ちをしたい気にさせられたが、料理人のふるまいではないだろう。ガマンした。
「はい。では、失礼いたします」
ティアナが男前からフォークを受け取り、ちいさな唇を開いて、肉を口の中に入れた。
瞬間、ティアナの瞳の奥でぱちぱちと星がスパークした、
ように見えた。
大きな目を見開いて、口に入れたままのフォークをふるふると震えさせている。
心なしか、瞳が潤んでいるようにすら見える。
やった。
美味いんだろ、それ。
「すごい!凄いな、お前!!」
やっと肉を噛んで飲み込んだティアナが、俺をぱっと振り返って叫ぶ。
初めて見る顔だ。花がほころぶような、こぼれんばかりの笑顔。
何だ、笑えんじゃねえか。
「こんなに美味しいものを初めて食べた!これがお前の、セージの料理か!」
成司。尋問の最初に名乗ったのに、今の今まで呼んでくれなかった俺の名前。
そうだよ。
お前は今、このメシがクソ不味い国で、生まれて初めて料理ってモンを口にしたんだ。
どう言ったらいいのか分からなかったので、渾身のドヤ顔をしてやった。
「へえ……そんなに美味しいのかい」
炊事兵から新しいフォークを受け取った男前が、ゆっくり料理を口に運んだ。
静かだ。
真顔でゆっくり噛み、しばらく固まってから、ごくりと飲み込んだ。
男の喉を、肉が通っていったのが見えた。
どうだ。
育ちの良さそうなこの男に、通用するのか。
小汚い洋食屋の、バイトの焼いた肉が。
通用しなかったらこの男は涼しい顔で、明日からは俺の拷問を始める。
頼む。
通用しろ。
「おいしい」
人が変わったような素朴な顔で、男前がぽつんとつぶやいた。
「立派なコックだったんだな。君は」
「…………っしゃあ!!」
拳を突き上げて叫ぶと、取り巻きの兵士たちがワッと打ち寄せてきた。
肉はまだあるだろう。
俺にも切ってくれ。
食わせてくれ。
分かった分かったと宥めながら肉を切り分けると、屈強な男たちの腕がぐいぐい伸びて、素手で料理をさらっていく。
ぱくりと飲み込むと、口々にうまいうまいと言いながら背中をバンバン叩いてくる。
家でバイトしてたころ、こんなに喜ばれたこと無かったな。
いや、俺のせいかもしれん。
客の顔なんかロクに見てなかった。
よく分からん異世界で、俺は初めて、料理が楽しいと思った。
これから、何があるか分からない。
けど、なんとかやっていけそうだ。
メシのマズい異世界で、この辺境の軍隊と、オヤジがくれた料理とともに。
興が乗ったら続きを書くかもしれません。