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006 白い闇

 その大型シャッターは少し歪んでいて、開閉ボタンを押してもうまく開かなかった。


 やむなく俺はOMSの増幅された筋力で強引にこじ開けたのだが──その途端、強烈な吹雪がすきまから吹き込んできた。


 今までの寒さも冷凍庫さながらだったがそれを上回る冷気だ。そして突風の激しさは、防寒着を着ていても凍死を覚悟するほどだった。


 吹雪が激しすぎて、俺は一度シャッターを下ろした。


「……たぶん、この先で外につながっているんだと思います」ジナイーダが自分の両肩を抱きしめながら言った。「誰かが外部との出入り口を開けっ放しにしたか、それともネクロボーンが破壊してしまったのかわかりませんが……とにかく、この先は外気が遮断されていません」


 俺は奥歯をガチガチ震わせながらうなずいた。OMSのヒーター機能はつけているはずだが効き目が実感できなかった。


 北端聖域。俺の想像通り北極圏か、それに類するところに位置しているらしい。ブリザードが吹きすさぶ厳寒の地になんの訓練も受けていない俺なんかがウロウロしていたらあっという間に遭難間違いなしだ。


 だが、どうにかして進まなければいけない。


 俺たちが目指す地下駐車場は、まさにこのシャッターの向こう側にあるのだ。




     *




 まずジナイーダが魔法で半径3メートルほどの温空間を作り出し、それを維持して吹雪を入り込ませないようにする。


 俺はそこに相合い傘ならぬ相合い空間状態でお邪魔して、ふたりして地下駐車場に止められている車両から使えそうなものを物色する。


 そういうことになった。


 言うのは簡単だ。


 だが空間を維持し続けないといけないジナイーダはとっさに別の魔法を使うことが難しくなる。


 俺もその空間に同居している間はいいが、外に出れば数分と立たず雪だるまだろう。


 そんな猛吹雪の中でネクロボーンに襲われたらどうなるか。


 危険を承知の雪中行軍が始まる。




     *




 吹雪を遮断する温空間の中はとても静かだ。球状の空間の界面で逆巻く風の音も遠くにしか聞こえない。


 だが視覚的にはほとんど目隠し状態だった。ホワイトアウトというのだろうか。360°どこを見渡しても白一色で、距離感も何もあったものではなかった。


「これじゃ何も見えないな……」


 俺は間近で唯一視認できる存在であるジナイーダだけを頼りに、マギライトをあちこちに向けた。マギライトは懐中電灯のようなものだが光源は中に仕込まれている魔力を込めた石で、これは特に指向性の強い光を発するタイプだ。施設内で死体が握りしめていたものを拝借した。


 死体。ふと、今日一日だけで一体何人の死体を目にしたことだろうと思った。緊急時でそのショックを感じている暇がないだけで、俺の神経もそれなりにすり減っている。


 ともあれ、マギライトの光でもほんの数メートル先を照らすのが精一杯のようだった。どこに何があるのか、手探りで進んでいくしかない。


「私の目でもうまく見通せませんね」


 そう言ったジナイーダの瞳は青白く底光りしている。透視の魔法を使っているせいだ。


 その魔法でもだめとなると、さすがに最初の方針自体間違っていたのではと思わずにはいられなかった。


 わかることといえば、地下駐車場は出入り口どころか天井がかなりの規模で崩落しているらしく、そこから外気がもろに入ってきているということくらいだった。


 天を仰いでも陽の光は見えない。


 白一色の重たい壁が全天周を覆っているばかりだ。


 いや、そもそも今は昼なのか夜なのか。それさえもわからない。


 もう建物の中に戻ろう──そう言いかけたとき、目の前に障害物が現れた。いきなりだった。雪山で岩の割れ目に気づかず滑落するという話と似たような状況だろう。吹雪のせいで本当にすぐそばでさえ何があるのか見えないのだ。


 気を取り直し、俺たちは雪まみれの障害物を検分した。


 大きさはちょっとしたマイクロバスほどもあり、頑丈そうな金属と木、おそらくは樹脂素材とガラスでできていて、下の方にはタイヤの代わりに無数の短い”脚”が生えている。


「雪上クロウラー!」ジナイーダが声を弾ませた。「大きな破損は見当たらない……すごい! これが動けば、ゆうに10人は運べます」


 クロウラーというのは脚を使って這って進むこの世界の乗り物だという。


 燃料や動力に何を使っているのかは説明を聞いてもよくわからない。地球でいうところの内燃機関に相当するものと、魔力のこもった霊液エリクサーがどうのこうので、とにかくガス欠さえしていなければ動かせる状態らしい。


 希望が出てきた。


 北端聖域の建物内に生存者がいるかどうかはまだ断定できない。でも、もし残されていたとして、施設から脱出できる手段は確保できたわけだ。


「運転、できる?」


「できる、と言いたいところですけど正直あまり自信はありません」


 魔法使いといえども何もかも可能なわけではないらしい。


「そうなると生存者の中にクロウラーを運転できる人がいてくれたら助かるね」


「はい、ハル様。そうであることを祈りましょう」


 氷漬けの死体を見るのはもうたくさんだ。どこかに生き残りがいることを信じて、俺たちは施設内のまだ足を踏み入れていない区域に進んだ。


 寒さとネクロボーンとの戦いで疲れが溜まっているが、落ち着いて休める場所もまだ見つかっていない。


 もうとっくに全滅しているんじゃないのか──心のどこかで声がする。


 でもこのまま俺たちだけで脱出したとして、『あのとき本当は生き残りがいたとしたら?』という疑問は一生晴れることがないとも思う。


 だから、せめて確かめるまではここから出られないのだ。


 どれほど可能性が薄いとしても。




     *




「火だ」


 暗く凍える廊下を歩きながら、ふとアイデアが口をついて出た。


「火?」


「うん。こんなに寒いところで、暖房も停まってる。生き残りがいるとしたら、焚き火でもしてなきゃ耐えられないと思う」


「ああ、確かに……」ジナイーダは理知的な表情で口元に手を持っていった。「魔法でなんとかする方法を考えていましたが、そうですね。火で暖を取るほうが労力は少ない」


「そうなると、この施設内のどこなら火を維持できるか……燃やすものが手に入りやすい場所っていったらどこだろう?」


「燃やすもの……薪の代わりになるもの……椅子や机? あとは本などでしょうか?」


「そうだなあ……」


 と、そのとき。


 短い破裂音が二度、三度と響いた。そう遠くない。緊張が走る。銃声、だろうか。俺はジナイーダの反応をうかがった。


 ジナイーダはすうっと半眼になり何かの魔法を展開させた。


「西の方で複数の動態反応があります……ネクロボーンかもしれませんが」


「人間かもしれない?」


「はい、ハル様」


「行こう!」


 俺はOMSの流体腱筋各部位に軽く負荷をかけてから、ジナイーダが示す方向へ駆け出した。




     *




 正解は食堂だった。


 調理用可燃霊液のストックが十分あったおかげで、彼ら生存者は凍死せずに済んだ。しかし時間が経つに連れて〈業魔〉の波動を防ぐ携帯式結界が破られ、次々とネクロボーン化


していった。ひとり、またひとりとおぞましい化物に食い殺され、俺たちが合流したときには4人を残すのみとなっていた。


「うおおちくしょう!」


 伸び放題の無精髭に霜の降りた男が、まともに定まっていない銃口を大蛇にむけて発砲している。


 半ば凍りついた床を這う大蛇は病的なサイケデリック柄をしていて、先端には髑髏面がついている。大蛇型のネクロボーン、つまり変異した元人間だ。


「来るな、来るなあ!」


 立て続けに3発の銃声。しかしぐねぐねと妖しい曲線を描いてうごめく大蛇には致命傷を与えられない。4発目は引き金を引いても弾は出なかった。残弾ゼロ。


 壁際に追い詰められた男は、その目の焦点がブレ始めた。サイケデリックな大蛇は体表の模様を不規則に変化させている。それが催眠効果を生み出しているらしい。


 男の精神にネクロボーンの、〈業魔〉の波動が忍び寄る。狂気か変異か、いずれにせよヒトを破滅させる力にさらされ、男はだらりと脱力して拳銃を取り落とした。


 ここぞとばかりに不気味な虹色の大蛇は鎌首を大きくもたげ、茫然自失の男に噛み付く──その寸前。


 ドロリとした半液体がバケツ一杯ほど蛇体にぶちまけられた。それはすぐに驚くほど強い粘着力を帯びて、大蛇を床に貼り付けてしまった。


 身動きを止めるジナイーダの魔法だ。


 そこに俺がOMSで増幅された脚力を生かして駆け込んで、手にした木のスツールで思い切りぶん殴った。


 凍った空気にスツールが砕ける音が響き渡る。


 原色の大蛇はくの字に折れ曲がるが、魔法で生み出された接着剤で逃げることはできないようだった。容赦していられる余裕はない。ここでとどめを刺すべしと、俺は大蛇型ネクロボーンの髑髏面に掴みかかった。


「ううッ!?」


 急にめまいがした。


 大蛇の体表が目まぐるしく色と模様を変え、強烈な幻覚を見る者に与えて……目の奥がチカチカして、ぶっ倒れそうになる……。


「う……るぁーッ!」


 叫んだ。脳内に侵入するネクロボーンの幻覚を叫びで追い出し、俺は髑髏面に両手をかけて時計回りに270°ひねりこんだ。ベキベキと面がひび割れ、さらに両側から力を込めて──地球人の”勇者”の能力によって両手の流体腱筋を賦活化して、合掌。


 サイケデリックな大蛇の体色は見る間に色味を失い、灰色になった。死んだのだ。


「大丈夫ですか? 他に生き残りは?」


 あっけにとられる無精髭の男に声をかけつつ、俺は”勇者”の真似事をしている自分に少し酔っていた。 







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