040 デルフィニウム、解放
ジナイーダの展開した金色の広域結界のおかげで、生き残りのOMS小隊員たちは〈業魔〉の波動に汚染を免れたようだ。
俺はネイキッドOMSの全身を過剰活性させ、聖堂の瓦礫から生まれた聖堂巨人の腰の高さまで一息でジャンプすると、思い切り拳を叩き込んだ。
一撃、二撃。
体を構成する青と白の瓦礫がつぎつぎ剥がれ落ちる。
「おるぁ!!」
瓦礫をつなぎとめている赤黒いツタ──群体化したネクロボーンの成れの果て──をつかみ、引きちぎり、節々に浮かぶ目玉を潰す。
ツタがちぎれれば、その分だけ巨人の力は弱まり、じわじわと瓦解していく。
こんな巨人がこの世界を好きなように動き回れば〈業魔〉による汚染は広がっていく一方だ。絶対にここで食い止める。
しかし。
しがみついたままさらなる一撃を加えたところで俺は巨人のバカでかい手に体をつかまれてしまった。
ヤバい、と思った次の瞬間には強烈な締め付けが全身を襲った。拳を握りしめられたのだ。
激突の衝撃なら衝撃吸収モードにすれば緩和できるが、全身いっぺんに圧力を加えられることに対する防御は流体腱筋をパンプアップさせて耐えるしかない。
ものすごい握力だ。目測18メートルの巨人に見合う力だといえる──などと悠長に評価していられる余裕はない。このままではじわじわと圧殺されるのを待つのみだ……。
と、いきなり束縛が軽くなった。
「ハル、生きてる?」
スローネの声だ。俺は落下して、背中から地面に叩きつけられた。
一瞬頭がくらくらしたが、どうやらスローネが得意の総金属製ナギナタで巨人の手首を切り飛ばしたらしい。
彼女の使う”金剛身”は、体内の魔力を身体能力に変換することができるという。ある意味で俺のOMS操作術を生身だけでやってのける能力といえる。状況によっては身軽な分だけスローネのほうが俊敏に動けるのだから恐るべきものがある。
「助かった!」
俺は未練がましくまとわりつく瓦礫の手を引きちぎり、立ち上がった。
ジナイーダの魔法、スローネの金剛身、リトル・ジョーのドローン。OMS小隊に、ゾンネンブルーメも機銃で攻撃をかける。
そして俺のネイキッドOMS。
戦力が集中し、聖堂巨人はついに倒れた。
俺たちの勝ち……いや。
まだ動いている。
何度も引きちぎられ、捻り潰された赤黒いツタがよじれ、よりあわされ、瓦礫人形と融合し、今度は群体化ネクロボーンがひとまとめとなった巨人に作り変わった。
全身に眼球状の器官を蠢かせるそれは体高こそ聖堂巨人の3分の1程度だが、信じられないほどグロテスクな外見の百目魔人となった。
「う、うわああ!!」
OMS小隊員のひとりが苦しみ、錯乱した。
ヘルメットを脱ぎ捨て、両手で頭を抑えるが、抑えきれず何かが生えてきた。角──あるいは木の枝のようにも見えるそれは、頭のみならず全身から生えてきて、装甲OMSを内側から突き破ってしまう。
ネクロボーン化だ。
百目魔人から放たれるいままでよりも強い〈業魔〉の波動を浴びてしまったのだ。
携帯用結界発生装置、増幅器、さらにはジナイーダの魔法によって妨害されてもなお人間を化物に変えてしまうというのか。
俺は奥歯を噛み締めた。このままでは、周りにいる仲間の誰がネクロボーン化してもおかしくない。
「……みんな下がってくれ、こいつは俺がなんとかする」
口をついて言葉が出た。
自分の中の誰かが勝手に喋ったような感覚だった。
手足も、自分の意思を超えた何かに突き動かされた。
前へ。百目魔人の凝視が突き刺さる中、俺は一切を無視して進んだ。
俺がやる。俺がやらなければいけない。
なぜなら。
俺は勇者だからだ。
*
霊学異性体──すなわち異世界の地球から召喚された存在である俺は、この世界の地獄由来の〈業魔〉の波動に影響されない。
百目魔人の目玉から放たれる強力な波動は、この世界の人間にとっては致死の邪眼に等しいかもしれないがそんなことはしったことではない。
俺はネイキッドOMSを頭頂から足先まで制御して、爆発的な運動性を引き出した。フェイントをかけての右ステップで魔人の背後を取る。
そして飛び膝蹴り。
人体ならば正中線にあたる背骨を背後から襲う。この化物に脊椎や内臓があるのかどうかはわからないが、とにかく背中から叩き込んだ。
敵の体高は俺の倍以上。ちょっとやそっとのダメージでねじ伏せることはできないと判断し、ヒザをめり込ませたまま今度は背中に肘を突き入れた。
さらに5メートルサイズの背中に張り付き、ワンインチパンチをピストンのように加えた。
百目魔人は狂ったように暴れ、俺を引き剥がそうとする。まともな人体構造には不可能な方向に上半身をよじり、俺へと手刀を繰り出してきた。
当たれば流体腱筋を突き破られて死ぬことも十分有り得るそれを、俺は好機と見た。
すばやく背中をよじ登り、手刀をかわすと同時に後頭部に取り付くことに成功。
「うわあああーッ!!」
吠えた。
俺は怒声を上げ、百目魔人の後頭部に拳を連打した。一発一発がコンクリートブロックを粉砕するほどの威力を秘めている。赤黒い百目魔人の表皮が破れ、手首まで拳がめり込んだ。
ここで極める。
頭頂部まで昇ってのエルボードロップ。
鼻も口もない顔面への膝蹴り。
肩に降りてのローキックを喉元へ。
徹底的に攻めた。
もうこれ以上誰かをネクロボーン化させたりはしない。
俺は、3年前の俺が勇者となれた理由を実感していた。
恐るべき〈業魔〉の波動を寄せ付けず、ネイキッドOMSで人を超えた力を発揮する存在。
この戦い方は、この世界の人間には不可能だ。
異世界人だからこそできる。だからこそ勇者と呼ばれる。
と、俺の高揚感を妨げる一撃が横合いから叩き込まれた。魔人の拳が俺を殴りつけたのだ。
俺は吹っ飛び、瓦礫残骸だらけのデルフィニウムの地面に投げ出された。
『ハルさん!』「ハル!」「ハル様!」
ぐわんぐわんと目が回る中、三人の女の声が方々から聞こえた。
リトル・ジョーのドローンが小型魔導爆弾を炸裂させ、スローネのナギナタが魔人のすねを薙ぎ、ジナイーダの攻撃魔法が火を吹いた。
「う……ぬれぁー!!」
言葉にならない声を上げ、魔法で片腕を切り落とされた百目魔人に向かい、俺は跳んだ。
「だぁーッ!!」
空中からの急降下キック。物理的にはありえない。宙に飛ばされた物体は放物線を描いて落ちるはずだ。空中の一点から、外部からの力を加えられることなくさらに加速することなどできない。
だが、できた。
理屈はあとだ。
俺のキックは百目魔人の顔面にめり込み、ど真ん中が潰れて、熟れすぎた果物のように破裂した。
汚らしい血しぶきを浴びながら、俺は着地し、スライディングして止まった。
数秒。
百目魔人の体はどうと倒れ、グズグズの膿汁になって蒸発して消えた。
俺の勝ちだ。
親玉が滅び、残りのネクロボーンもことごとく掃滅された。
俺の──俺たちの勝ちだ。
デルフィニウムは、攻防戦での全滅から年月をかけて、いまここにようやく解放された。




