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036 デルフィニウムへ

 かつては都市型結界が張られ聖域のひとつだったデルフィニウムは、もともと港町として栄えていたそうだ。


 義人アイレムが〈方舟〉を建造するための資材を掘りとった大空洞にほど近い場所にあったデルフィニウムは、のちにアイレム機関が総本部を空洞内に造り始めたときに人員や物資を搬入する際の中継地点として役立ったのだという。


〈業魔〉の波動が世界を覆い、総本部も幾度となくネクロボーンの攻撃を受けた。


 ある時、迫りくるネクロボーンの大軍勢を抑えるためにデルフィニウムは最終防衛線となり、激しい市街戦が行われた。


 当時はまだ異世界から──つまり地球から──召喚した異世界人が流体腱筋を過剰活性させられるという事実が確認されておらず、魔法以外にはこれといった有効打も少なく、この世界の人類は苦戦を強いられた。


 厳しい戦いが数日続き、デルフィニウムはネクロボーンの撃退と引き換えに結界発生装置も都市機能もほぼ全て破壊され、ヒトが住める場所ではなくなってしまったらしい。


 それから数年──。


「そんな場所を解放する意味はあるのですか?」


 飛空船ゾンネンブルーメのブリッジで、ブリーフィングで渡された資料を賢しげに一読したリトル・ジョーが言った。


 まだ幼い彼女だが、魔導機械メイジマキナの扱いに長けていることを買われてデルフィニウム解放作戦に加わることになった。ということになっているが、実際は言葉巧みにハイテレス総帥に自分を売り込み、武装陸上商船団スキッパーズ評議員である彼女の祖父、グランド・ジョーの親書を使って船団とコネを作りたいアイレム機関首脳を味方につけ、半ば強引に押しかけてきたという方が近い。


「港を再建してももう海路は使えないのでは? 物資の輸送であればいまは武装陸上商船団スキッパーズがいるわけですし」


「たしかにそうだ」船長のグレナズムが答えた。「海上は〈業魔〉の支配が特に強いからな。だがデルフィニウムにはいまだまともに埋葬もできず遺骸が何百と野ざらしにされている……なんとか葬ってやらねば、という意見は根強い。人間が人間たる所以ゆえんはそういう気持ちの部分にあるのだ」


「気持ちの部分……」


「そうだ。同胞の死を悼む、その気持を実行に移す、そうやって自分たちが人間であることを証明してみせる必要がある。世界中の聖域に押し込められた人類に、まだヒトの正義が残っていることを知らしめるのだ。このままジリ貧で終わっていくのではない、われわれ人類は、アイレム機関は、まだ戦えるのだとな。そこに……」


 と、グレナズムは俺のことを見た。


「勇者ハル復活せり。このニュースを添えることができれば満点だ」


「なるほど、よくわかったのです。この作戦はただの戦いではなく、戦いを通して人類を結束させるためのものなのですね!」


 リトル・ジョーは真剣な顔でうなずいた。


 そして彼女も俺の方を見て、太めの眉をきりりと引き締めた。


「ハルさんのことはこのリトル・ジョーがお守りするのです。どーんと巨大戦艦に乗った気分でいてほしいのです!」


「頼もしいな。じゃ、頼むよリトル・ジョー」


 そう返したのは、子供を傷つけないための方便というわけではない。実際、リトル・ジョーの操るドローンはものすごく便利で、武器としてだけではなく様々な用途に使われる予定がすでに立っている。


「でも無理はしないでくれよ? くれぐれも前に出て戦おうなんて思わなくていいからね」


 もしケガでもされたらグランド・ジョーに言い訳が立たない。サンダーヘッドの浮浪児たちのように、子供が命を落とすようなことはもう見たくない。


「えへへ」小悪魔っぽく笑みを浮かべ、リトル・ジョーは椅子からとんと飛び降りて俺のそばまで近づいてきた。「ハルさんの活躍、しっかり見させてもらうのです。なにしろ未来のおムコさんですから」


 ウィンクしてみせるリトル・ジョーの視線を、俺は曖昧に笑ってごまかした。その話、まだ有効なのか……有効なんだろうな……。


「ハル様」


「おふぅ!?」


 ジナイーダに急に声をかけられて、俺はびくんと背筋を正した。


「どうかなさいました? そんなに驚かれて」


「あっ、いや別に……どうかした?」


「はい、もうすぐ目的地に到着するので、これを渡しておこうかと」


「ペンダント……?」


「念話機能を付与エンチャントしてあります。OMSを着ていても通信ができるようにと、グレナズム船長の指示で作っておきました」


 簡素なデザインのそれを、ジナイーダは俺の首につけてくれた。


「あーっ、ジナイーダ姉さまいいなぁ、わたしもプレゼント用意すればよかったのです!」とリトル・ジョーがわちゃわちゃとした動きで地団駄を踏んだ。「今度なにか作っておくです、ハルさん。何かリクエストはありますか?」


「リクエスト? そうだなあ……」


 急に言われると困る質問だ。


 俺はどうしたものかと思案した。衣食住に関してはアイレム機関が用意してくれるから特に不足は感じない。かといって魔導機械メイジマキナいじり大好きなリトル・ジョーに”気持ちだけ”を要求するのはかえって失礼な気がする。


「……クーラー」


「え?」


「ネイキッドOMSって長時間着てると暑くってさ、中に冷房仕込めないかなと思って」


「おおー、それは挑み甲斐がありそうなのです! ちょっと考えてみるのです」


 その気になったらしく、リトル・ジョーは腕まくりする真似をして目を輝かせた。


 と、そこにオペレーターの声がゾンネンブルーメ船内全体に流れた。


『目的地到着10分前、各員所定の配置についてください』


 所定の位置、か。


 俺はかすかに心拍数の上昇を感じながら、ネイキッドOMSのある格納庫へ向かった。







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