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034 模擬戦

 2日が経った。


 俺はネイキッドOMSを身に着けた状態でひたすら基本動作をくり返していた。


 跳ぶ、走る、しゃがむ。


 向きを変える、伏せる、立ち上がる。


 合間にラジオ体操を思い出せる限りやってみたり、シャドーボクシングをしてみたり、演武の真似事をしてみたり。


 意識的に制御しないと分厚い流体腱筋は単なるデッドウェイトになり、反対に力を引き出しすぎると反応が良すぎて振り回される。そのバランスを取ることが出来なければ、ネイキッドOMSは宝の持ち腐れになる。


 3年前、大ケガをして魔法的コールドスリープに入る前の俺は、このネイキッドを使いこなしていたという。


 だったら今の俺に出来ないはずはない。


 無心に、何時間も動くうちに何かが見えてくるはずだ──と俺はあえて誰にもアドバイスを仰がずにひとりで黙々と動いた。


 途中で脱水症状を起こしかけた結果、俺は流体腱筋の新たな特性を発見した。


 透明度の変化だ。


 いままで視界を狭めていた頭部のバイザー部分について、あまりの不自由さにヘルメットの中で怒りの声を上げた途端、その変化が起こった。


 意識を集中させることで、厚みを変えることなくバイザーを透明にできることに気づくと、視界が大きく広がった。


 同じように流体腱筋を操作することで両耳のところにスリット状の集音部を作ることもできた。


 視聴覚の確保が劇的に改善されると、精神集中の面でかなり楽になった。皮膚感覚頼みではなく、感覚を総動員できることは大きい。


 やがてさらなる気づきを得た。


 流体腱筋は筋電位を信号として収縮し、テレパスで細かい調整を行える。このテレパス、つまり思念で操作を行えば、流体腱筋は粘土を加工するように形を変え、特性を変えることさえできるということに。


 透明にするだけではなく、拳を固く握りしめることで硬度を高めあるいは形状を変化させてスパイクを生やしてみたり。


 前腕の腱筋を盾状に変え、攻撃を防いでみたり。


 あるいはクッションのように柔らかく膨らませて衝撃吸収に有利な状態にしてみたりと、使いみちは想像力次第ということだ。


 この方法を理解することで、ネイキッドのならし(・・・)は一気に進んだ。


「なら、ちょっとあたしと手合わせしてみる?」


 スーツを脱いで汗を拭いているところに、スローネが持ちかけてきた。


「いいけど……危なくない? 間違って攻撃があたったらさ、俺まだ手加減できそうにないよ」


「おおん? 言うじゃない」スローネはふんーっと鼻息を漏らし、挑戦的な目で俺を見た。「この”金剛身”のスローネさんに当てられると思ってる?」


 体内の魔力を身体能力に変換できるスローネの動きはたしかに速い。だがこの2日の訓練で、ネイキッドOMSの過剰活性によって生み出される俊敏さはそれを凌駕するレベルだと俺は確信していた。


「ではハル様、こういうのはどうでしょう」


 背後からジナイーダが声をかけてきた。今日は長い金髪をアップにしていて、活発な印象を受ける。


「こういうのって?」


「魔法でスローネの身体に防御の力場をまとわせます。そうすればハル様の打撃が当たったとしても威力は落とせますから、あとは金剛身の頑丈さなら大ケガにはならないはずです」


「オッケ、それでいこ♪」


 スローネは即答し、地下室の壁にかけられた六角杖を手にとった。嬉々としてぶん回しているが、その速度はすごいことといったら……生身なら絶対に戦いたくなんてないし、OMSを着ていても手を抜ける相手ではない。


 万が一本気の打撃を入れてしまったら、と思うと及び腰になりそうだが、ジナイーダが保証してくれるなら大丈夫だろう。


 俺は再びネイキッドOMSを身にまとい、意識を集中して同調した。




     *




 いきなり来た。


 スローネのしなやかな身体から放たれる六角杖の突きは、身をひねってかわせるスピードではない。


 俺は左右の腕を構えてガードの姿勢を取ると、前腕部の流体腱筋に命じて小盾を形作った。衝撃吸収しやすい多層構造をイメージする。かろうじて想定通りの形成が間に合い、突きの威力を受け止めた。


「はッ!」


 目にも留まらぬ、というが本当に目で捉えられない速さでスローネがさらに攻めてきた。排気とともにジャンプして、俺の頭上に位置すると、杖をふるって脳天に振り下ろしてきた。


 小盾で受け止めるか。ごくわずかの時間で俺が選んだのは、しかし腕でのガードではなく、頭部の防御を厚くすることだった。


 ゴン、と頭上から衝撃が走るが痛みはない。


「弾かれた!?」


 スローネが短く叫んだ。空中でのバランスがやや崩れる。そこを見逃さず、俺は全身の流体腱筋を微弱に活性化させた。


 床を蹴って、両手を広げ、思い切りジャンプする。


 空中タックルだ。


 六角杖を振るわれるより速く、肩からぶつかってスローネの身体を思い切りベアハッグする。


 ジナイーダの魔法によって磁石の反発力のような目に見えない力場が発生して引き離されそうになるが、OMSの複合筋力をちぎるほど強くはない。


 俺は空中で捕まえたスローネと入れ替わるようにして上になり、強引に床に投げつけた。ボディスラムだ。


 常人なら、最低でも背中を叩きつけられて呼吸ができなくなるだけの威力はあるはずだったが、あいにくスローネは常人ではない。


 床に激突する寸前に体をひねって着地して、すばやく転がって衝撃を分散させた。なんて動きだ。


「ふんッ!」


 ブレイクダンスのような動きで立ち上がるやいなや、ふたたび六角杖の突きを見舞ってきた。今度は低い。足の付根を狙っている。


 これはプロボクサーのジャブのようなもので、見てからよけるのは格闘技経験のない俺には不可能なのだろう。


 俺はあえて正面から突っ込んだ。そして打点を予想して、そこの衝撃吸収力を高めるようにOMSを制御する。


 おそらくスローネの手には、ダンプカーの大きなタイヤを殴ったような感触を伝えていることだろう。ダメージを相殺し──が、次の瞬間、側頭部に回し蹴りを見舞われた。首ががくんと傾く。


 読まれていたか。俺は舌を巻いた。突きはフェイント、回し蹴りが本命だ。スーツのヘルメット部がなければ一発でダウンしかねない威力だったが、ほぼ無意識に首周りを強化させていたことで脳震盪のうしんとうは防ぐことができた。


 俺は体勢を立て直すため、スローネと距離を置いた。


 緊張感で汗がにじむ。気を抜けばネイキッドOMSの機能を落としてしまいそうだ。


「くっおー、何その固いスーツ!? インチキじゃないの!?」


 六角杖を構え直しながらスローネが抗議の声を上げる。


「インチキではないですよスローネ!」離れたところで見ているジナイーダが、手をメガホンにして言った。「それが”勇者”の力。そうですよね、ハル様ー!」


 勇者の力。


 ジナイーダの言葉が、すっと胸にしみた。自分が本当に”勇者”と呼ばれるにふさわしい存在なのかという疑問を氷解させてくれる。


「スローネ、今度はこっちから行くよ」


「む!」


 俺は再び距離を一気に詰めた。


 一瞬、内臓がすべて背中側に押し付けられるようなGを感じた。


 強引に腕を動かし、手刀をつくって袈裟斬りに打ち下ろす。


 スローネは六角杖で打ち返す。が、スピードの乗った手刀を完全には押し返せない。ジナイーダのかけた防御の魔法のせいで肩に打撃を与えることはできなかったが、スローネは上半身のバランスを崩した。


 次いで、俺は正面からの膝蹴りを見舞った。軸がぶれたところに、鋭い角度でネイキッドOMSのヒザがカチ上げた。


 これも防御魔法の見えない力場で守られるが、勢いを完全には止められない。


 スローネは体をそらし、後方宙返りで背後に跳んだ。


 チャンスだ。


 一度腰を沈め、俺は猛然とダッシュした。


 スローネの着地のタイミングに合わせ、タックルをぶちかます。


「ぷごッ」


 美女には似合わない声を上げ、スローネの身体はくの字に曲がった。


 ジナイーダの防御魔法で打撃は反発されてしまう。それなら、組み付いて投げるか抑え込んで逃げられなくしてしまえばいい。


 スローネの身体にクラッチし、そのままの勢いで壁に寄せた。というより、勢いが付きすぎてもつれ合うようにして壁まで飛んでいったという方が近い。


 どん、と地下室が鈍く揺れた。


 スローネは背中から壁に激突、俺は彼女を押しつぶさないように手を壁についた。銀髪の女戦士にきぐるみが強引な壁ドンで迫っているようにも見える。


「あ……っぐ」


 ジナイーダの魔法で守られていても、スローネは朦朧とするくらいのダメージを受けたようだ。目の焦点があっていない。


 俺はスーツに思念を送り、バイザー部分を開いた。地下室の空気が冷たくて気持ちいい。


「スローネ、大丈夫?」


「う……?」


 何度か目をしばたかせ、スローネは間近にある俺の顔を認識した。


「俺の勝ち、でいいよね?」


「……し、しょうがないんじゃない?」


 スローネはかすかに頬を上気させ、ぷいと横を向いた。


「でも一本取ったくらいでいい気にならないで……ん?」


「あれ?」


 動けない。


 ネイキッドOMSの制御が落ちてしまったらしい。俺はスローネのグラマラスな身体を壁に押し付け、壁ドンの姿勢のまま動けなくなってしまった。


 しかもあろうことか、自重に負けて身体が前のめりになっていく。


「ちょ、ハル、近い近い!」


 お辞儀するように、俺の上半身はどんどんスローネの方に傾いていった。


 距離が近い、というかすごく近くて、これはマズい。このままでは彼女にキスしてしまう。


 ここはなんとかスーツを制御し直して、軌道修正をしなくては!


 そしてかろうじて、彼女の顔にふれる直前に首を動かした──と思ったときには、俺の鼻先はスローネの豊かな胸の谷間に突っ込まれていた。


 柔らかさと、弾力と、模擬戦で汗ばんだ女の匂いとに包まれて……。


「あわわわわ……もー、何でこんなことになんの!」


 俺もスローネもジタバタともがくが、焦りのせいでますます密着していく。


 この世界の神様に誓ってもいいけど、これは不可抗力だ。


 嬉しい誤算、ではない──たぶん。おそらく。きっと。







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