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033 運用試験

 アイレム機関大本営ビルの地下──正しくはビルが建っている浮遊島の内部──で、俺は外部フレーム構造をもたない流体腱筋のみで造られたOMSオーバー・マッスル・スーツ、ネイキッドOMSと対面していた。


 うずくまった白いきぐるみのようなネイキッドOMSの背中のジッパーを下ろすと、肉厚の流体腱筋が左右に割れる。いままで数着の一般的なOMSを見てきたが、やはりそれよりずっと分厚く、重量感がある。


 俺はさっそく着込んでみた。


 足を通し、袖を通す。


 なかなか厄介な作業だ。外部フレームで補助されていないから、すぐに半熟卵のように型くずれしてしまう。


 筋電位とテレパスで流体腱筋を操作できることを思い出して、きぐるみを自立するように命じるとうまくいった。


 背中のジッパーも、誰かに頼まなくても流体腱筋自体の収縮力で閉めることができた。コツを掴むとむしろネイキッドのほうが装着しやすいようだ。


 一番の難点は、頭から爪先まですっぽりと覆われるせいで視聴覚が著しく遮られることだ。のぞき穴状のものは備わっているが、視界は悪いし音はこもっている。外の声を拾うには、後付でマイクとスピーカーでも積まないといけないだろう。


『準備はいいですか、勇者ハル』


 ハイテレス総帥の声がはっきりと聞こえたのは、それが物理的な音声ではなく装置を介した念話通信だからだ。


 どうせ喋っても聞こえないと思い、俺はネイキッドOMSの親指を立てた。


『これから何種類かの仮想敵を相手に戦ってもらいます。あなたがどの程度動けるか……3年前と比べて違うところがあるかどうか、これで試そうというわけです』


 模擬戦闘試験というわけか。


 俺は答える代わりに軽くその場で垂直跳びをしてみた。着地するたびにだぷん、だぷんと全身の流体腱筋が波打って、かなり動きに負荷がかかる。まだ活性化のレベルを絞っているいるせいだ。つまり、タプタプしているぶんまで全部パワーを絞り出せば、それだけピーク時性能が上がるということでもある。


 と、ハイテレス総帥は片手を上げ、広い地下室の外に出た。


 ほどなくして地下室の対角線上から、三人の武装した人間が現れた。全員プロテクターをガチガチに着込んでいる。さすまた(・・・・)を手にしているのはそれを使って俺を抑え込もうということか。


 どこかからブザーが鳴った。開始の合図か。


 三人は散開し俺を囲もうとする。


 視界が狭いのが厄介だ。


 ひとりを見えるように向きを変えると、他のふたりがどこにいるのかほとんど分からなくなる。


「うおっと!?」


 ためらっている隙に、右後ろから脚を刈り取るようなさすまたさばきが襲ってきた。


 肥満体じみた動きでドタドタとそれをかわすと今度は左から頭を狙う突き。と同時に、正面から喉元への突きが来る。


 俺は首から上をガードしつつ、姿勢を下げた。さすまたを避け、体をひねって左側の──プロテクターのせいで男だか女だかわからないが、そいつめがけて飛びかかった。


 これは一種の賭けだ。


 中に入っている俺を含め、ネイキッドOMS全体で総重量は120キロかそれ以上かだと思う。その図体が、流体腱筋を活性化させて飛んでくればひとかたまりの凶器のでき上がりだ。まともに当たれば、プロテクター関係なくバランスを崩し、たぶん転倒させることができるだろう。


 だがその賭けは、俺が思うよりも大きなリターン、そしてリスクを伴っていた。


 いままで操ってきたOMSと同じ感覚で全身の流体腱筋を活性化させた。しかしネイキッドは、外部フレームでの補助をされていない上に総量が多い。6割の力を意識したが、その割合では出力が大きすぎたのだ。


「うわぁッ!?」


 ものすごい瞬発力が出た。踏み込んだ脚で、地下室の床にピシッとヒビが入る。そのまま弾けるようなスピードで三人組のひとりにすっ飛んで、ダイビング・ボディ・プレス──といえば格好いいが、そんなきれいなワザではない。荒々しい正面衝突だ。


 さすまたがへし折れ、そのひとりは押し倒され、昏倒。一方の俺はそのままの勢いで反対側の壁までたどり着き、肩から激突した。


 と、ここでさらに困ったことが起こった。


 激突の衝撃を無意識に和らげようと、肩から背中にかけての流体腱筋が過剰反応したのだ。


 風船のように膨らんで俺の生身にはほとんどダメージはなかったが、衝撃吸収力を全開にしたせいで全身の柔軟性が下がり、手足の関節にロックが掛かったように動けなくなってしまった。


 視界が悪い、手足が動かない、床に転がったまま立てない。


 三人組の残りふたりは、一瞬面食らったもののすばやく立ち直り、俺のところまで駆け寄るとさすまたでがっちりと首根っこを抑え込まれた。


 そこでブザーが鳴った。


『はい、そこまで』格子とガラスで隔てられた隣室で観戦していたハイテレス総帥が、念話マイク片手に言った。『さて、勇者ハル。率直な感想をきかせていただけますか?』


 無様に倒れたまま動けない俺にそれを聞くか。ちょっとカチンと来たが、総帥の口調に揶揄やゆするような色はない。


「えっと……これ、脱いでいいですか」


『ええ、どうぞ』


 頭の中でスーツに命じると、あごのあたりに切れ目ができてめくれ上がった。ちょうどフルフェイスヘルメットのバイザーを上げたようになって、視界が開ける。


「スーツの出力調整がうまくいかなくて……ちょっと練習してからもう一回やらせてほしいかな、と……」


 正直な気持ちだった。俺はOMSを操ることに関してある程度の自信をもっていた。OMSの流体腱筋から力を引き出す瞬間、ある種の万能感が湧いてくることを否定できない。勇者をやっている気分になれるのだ。


 それがあっさりと、OMSさえ身に着けていない三人に取り押さえられるのは気に入らなかった。


『わかりました。では仕切り直しと行きましょうか』


 ハイテレスは淡々と、しかし何やら嬉しそうに各所に指示を送り、俺に準備運動の時間をくれた。アイレム機関の最高責任者にしてはこの状況を楽しんでいるような雰囲気がある。


 だったらこっちも楽しんでみるか。


 俺はネイキッドOMSの動作を確かめるため、その場で反復横とびを踏んで見せた。




     *




 結論として。


 ネイキッドOMSを使いこなすのは通常の作業用OMSのそれと比べて圧倒的に難しい。


 何しろ外部フレームの補強が入っていないことで、流体腱筋を人体の形に保ち続けること自体に気を配らなければならないからだ。


 中に入っている俺が、気を抜いて何の命令も与えなければ、ネイキッドOMSはすぐに重たい水枕になろうとする。筋電位で動かそうとしても、ある一定のレベルまでは活性化しておかないと俺が思う理想の反応が返ってこない。思い通りに動かない流体腱筋はただのぶよぶよした重りだ。


 一方で、目いっぱい活性化をするとそれはそれで恐ろしいことになる。


 パワーが有り余って制御不能の域にまで達するからだ。


 たとえば。


 もしジャンプするとして片足だけに力を込めて過剰活性させると、最悪片足を押しつぶされてしまうほど流体腱筋が膨れ上がってしまう。反応が良すぎるのだ。


 全身の流体腱筋をバランスよく操った時の動作は、少し動かしてみただけでも軍用OMSを軽く上回ることはわかった。だが少し制御がおろそかになると、二足歩行させることすらひと苦労になる。


 このチューニングの難しさは、実戦で使うことをためらわれるレベルだ。


「そうですか? 私はそうは思いません」


 ハイテレス総帥は軽く手を広げて言った。


 そうは思わないと言われても、操作するのは俺なのだ。扱いきれないスーツでネクロボーンに食われたくはない。


「ふむ。ですが勇者ハル、3年前のあなたは使いこなせていたのです。そしてネイキッドOMSを自在に操ったがゆえに、あなたは名実ともに勇者となった」


 俺はぐっと息を呑んだ。


 そう言われると俺は弱い。


 3年前の自分にできて、今の俺にできない?


 まるで出来の良い兄弟と比べられているような気分だ。


 はっきりいって気持ちのいいことではないし、それ以上に反発心が芽生えてくる。


 だったらやってやるよ、と。


 失った記憶の向こうで3年前の自分に笑われているような、そんな思いに囚われるのはごめんだ。


 俺は誰にも何も言わずにネイキッドOMSを再び着込み、地下室の外周をランニングし始めた。







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