028 勇・魔・戦・機
OMSの全力で振り下ろされた角材は、そのまま一撃でネクロボーンの髑髏面を叩き壊すはずだった。
その寸前に、振り回されたタールの巨人の腕に阻まれた。粘つく肉腕などそのまま粉砕できる。だがそうはならなかった。
何か硬い感触がして、角材は派手な音とともに粉々に砕けた。
「何だぁ?」
危険な予感がうなじに走った。俺はOMSのガントレットに残った角材の柄をぶん投げて、瞬時にバックステップを踏んだ。
一瞬遅れて、タールの巨人の肉腕に仕込まれた野太い鉄パイプが振り回された。当たっていれば、軍用OMSの装甲では防げないダメージを受けていたはずだ。
おそらくタール状の身体であちこちのガラクタを取り込んで、それを腕の中に仕込んだというところだろう。
俺はヘルメットの中で舌打ちした。この前の空中戦で使った機銃があればこんな化物なんて即座に蜂の巣にしてやれるのに。
だがいまこの場にないものをねだってもしょうがない。
俺は全身を包む流体腱筋に意識を集中させ、不規則なステップを踏みつつ距離を詰めた。
一方、敵も動いた。ぐじゅぐじゅと音を立てて、タールの巨人は今までとは違う場所から頭と足を生やし、姿勢を入れ替えて立ち上がった。不定形の化物。手足を多少吹き飛ばしても効果は薄い。となれば狙うは弱点の髑髏面のみ。
自重のある軍用OMSだがそこから引き出されるパワーはそれをカバーして余りある。俺はサッカーのプロリーグ選手なみの動きで敵の攻撃を避けると、前蹴りを思い切り巨人の胴体に叩き込んだ。ぶじゅう、と膝のあたりまでめり込み、粘りつく肉片が飛び散った。
だがこれは失敗だった。
普通の肉体がある敵なら、前蹴りで間合いを開けてその隙にタックルをぶちかましてダウンを狙うところだが、その枕になる前蹴りがぬかに釘状態ではうまく間合いが取れない。
タール状の肉体がどろりと俺の脚を取り込んできた。逃れようとするが、今度は肉腕が上半身に巻き付いてきた。
「やばッ……!」
恐ろしい力で締め付けがきた。
流体腱筋をパンプアップさせることでダメージが肉体に及ぶのを防ごうとするが、どろどろのタールがどんどん覆いかぶさってくる。
このままでは全身取り込まれてすり潰されてしまう……。
そのとき。
光る微粒子がどこからともなくわき起こり、タールの巨人を包み込んだ。
俺には柔らかくあたたかい光に感じられたが、化物にとってはそうではないようだ。髑髏面のある頭部を抱え、苦しみだした。なんとなくだが理解できる。これは濃度の高い結界のようなものだ。ネクロボーンに対しては強烈な不快感を引き起こし、弱い個体なら消滅しかねないといったところだろう。
こんなものをジャストのタイミングで繰り出してくれるのはひとりしかいない。
ジナイーダだ。
「ハル様! 今のうちに!」
凛々しい表情で右の手のひらをネクロボーンにかざす金髪碧眼の魔女、頼もしいやら美しいやら……。俺は3秒間だけ彼女に見惚れた。だがいつまでもそうしてはいられない。
全身の流体腱筋を活性化させ、俺はタールから身体を引きぬいた。
「おぶごぼぼぼぉ……ごぽおぉごぽぉ」
どす濁った粘液をこぼしてタールの巨人が悶える。
早く髑髏面を粉砕しなければならない。しかし5メートル近くある体高の敵の頭部を狙うのは難易度が高い。なんとか頭を下げさせることができれば……。
と、そこに。
一瞬キラリと何かが空を突っ切り、巨人の頭に突き刺さった。
「でぇい外した!」
そう怒鳴ったのは金剛身のスローネだ。
愛用のナギナタを持って跳躍し──金剛身のパワーで彼女の身体能力は超人の域にある──巨人に直接攻撃を仕掛けたのだ。しかし髑髏面への一撃はわずかにそれて、喉元にあたる部分に刃が飲み込まれていた。
この一撃で仕留められなかったと見るや、スローネはナギナタの柄でくるりと逆上がりをして、体重をかけてタールの身体を腹まで斬り裂いた。体操の選手もかくや、という見事な動きだ。
体液と肉片の中間のような汚らしい塊を撒き散らし、巨人は苦しげによたよたと足元をおぼつかなくさせる。
チャンスだ。
あとは頭が下がったところに直接打撃を加えさえすれば。
そして。
軽快なプロペラ音とともに、巨人の頭上に小さな影が現れた。マンホールの蓋くらいのそれは、大きさも形も地球のドローンにそっくりだった。
そのドローンは、まるで当然のように下部から銃口を伸ばし、銃弾を連射した。
大きなカバンからそれを取り出し操作しているのは、リトル・ジョーだ。
「ハルさん、今なのです!」
ドローンからの射撃によって、タールの巨人はよろめいて巨体を捻じ曲げた。
ここだ。
くの字に歪んで髑髏面の位置が下がったところに合わせて、俺は全身の流体腱筋からフルに力を引き出した。
「だッ!!」
いったん沈めた姿勢から、一気に垂直跳び。交差の瞬間にヒザを突き出し、髑髏面の眉間をカチ上げた。
バギン、とヒザを覆う突起がめり込み、ヒビが入る。
さらに大型の髑髏面にしがみつき、肘に仕込まれたナイフを抜き放つと、逆手で突き立てた。こうなったらもう逃さない。
密着した体勢で連続ワン・インチ・パンチ。
振り払おうとする巨人の動きを利用して、振り子のように下半身を揺らしてからのヒザ蹴り。
俺を引き剥がそうとうごめかす粘性の腕をかわしつつ、眼窩に手刀を突っ込んで眼底を叩き割り、中身をかき回す。
その間もジナイーダの魔法が、スローネのナギナタが、リトル・ジョーのドローンがアシストしてくれる。
俺は今までにない高揚感を感じながら、巨大な髑髏面を徹底的に攻め立てた。
最後のトドメは、転倒して仰向けになった巨人の頭部にフライング・エルボー・ドロップを叩き込んだ。
髑髏面は脳天からひび割れて、バラバラに砕けた。タールの巨人はどろりと溶けてしまい、端から蒸発していく。
「ハル様っ!」
「ハル!」
「ハルさん!」
エルボーを決めたあと、床に倒れたまま動かない俺を心配してジナイーダたちが口々に俺の名を呼んで駆け寄ってきた。
なぜだか知らないがやけにドキドキした。戦闘の興奮が冷めやらぬ中、3人の女たちが自分に心配を寄せてくれている。妙に照れくさい。我ながらちょっと気持ち悪いが、まるで3人を独り占めしているような気分だ。
「大丈夫、ちょっと体が動かないだけ」
俺はなんとかヘルメットを跳ね上げ、汗のにじんだ顔を見せて笑った。
正確には動かないのは俺の身体ではなく、パワーを出し切って活性を失った流体腱筋の方だ。一種のオーバーヒートを起こしてしまい、単純に関節を曲げることさえ難しい。こうなってしまうと軍用OMSといえどただ重いだけの甲冑と同じで、脱がないと起き上がることもできない。
「あんな大きいの、よく倒せたのです! ハルさんは本当に勇者なのです!」
リトル・ジョーが大きな目をキラキラさせて拳を振り上げた。
「ホントの勇者なのかどうかは、ま、置いとくとしても……すごいじゃん」
ナギナタを二つ折りにして収納しつつ、スローネがにひっと笑った。
「ハル様はハル様です。3年前も、いまこのときも」
ジナイーダは俺のそばにひざまずいて、いい匂いのするハンカチで汗を拭ってくれた。
「これで片付いたかな」
「この船のネクロボーンは全部倒したみたいなのです。他の船は……2隻幽霊船堕ちしたのです」と言ってリトル・ジョーは下唇を噛んだ。
その後も陸上船に乗っ取りをかけようとする幽霊船団の攻撃が散発的に続いたが、決定打には欠いていた。重砲撃が幽霊船を吹き飛ばし、俺やジナイーダたちも他の船の救出に向かって奔走した甲斐あって、それ以上大きな被害が広がることだけは避けられた。
2時間後、ようやく警戒態勢が解かれた武装陸上商船団は隊列を組み直し、次の目的地へと向かった。
俺たちは改めてグランド・ジョーに別れの挨拶をし、ゾンネンブルーメで飛び立った。




