027 草原の砲撃戦
武装陸上商船団。
その名の通り、所属する陸上船は武装している。〈業魔〉に汚染されたこの世界では、陸路も海路もネクロボーンの脅威に満ちている。生き残るためには対抗手段が欠かせない。
ネクロボーンに乗っ取られて船団から離れ、人類に敵対するようになった”幽霊船”の集まり、幽霊船団と呼ばれる化物の群れが航路上に突如現れてから数分。武装陸上商船団を構成する武装船たちはそれぞれが装備する魔導機関砲、大砲、念動加速式投射機、撹乱用魔導機械、対船大型弩や乗船する魔法使いによる術などで一斉攻撃を始めた。
陸上船テイク・ザット甲板上の飛空船ゾンネンブルーメに乗り込んでいる俺の耳にもなお重く響いてくる轟音を立て、敵幽霊船の船体に破壊の鉄槌が降り注ぐ。土煙と火柱、破片と化物の血肉が入り混じり、高く巻き上がった。
すごい迫力、そしてすごい威力だ。こんな兵器があるのなら、俺がOMSでちまちま一匹ずつネクロボーンを潰さなくても済むのではないかと思わずにいられなかった。あまり詳しいわけではないが地球で言うところの近代以降の艦隊戦ができるほどの技術力──といっても魔法で支えられているので少し違うのかも知れない──があるんだったら、〈業魔〉なんておそるるに足らないんじゃないのか。
と、俺が浮かべた疑問を吹き飛ばすかのように、今度は幽霊船団側からの攻撃が飛んできた。
使われている兵器は同じようなものだ。元が同じ武装陸上船なのだから当然とも言える。
砲弾が、武装陸上商船団の船舶群へと迫る。
「……これ、ヤバいんじゃないか!?」
思わず声が漏れたが、次の瞬間には空中に出現した巨大な幾何学パターンのネオン光が悪意を持った運動エネルギーの大半を遮った。魔法によるバリアといったところだろう。
ゾンネンブルーメブリッジの幻光投射球に示された映像を見て判断する限り、実際に船団にまで届いた砲撃は、おそらく3割を切っている。
続いて、再装填の終わった武装陸上商船団側の砲撃が始まった。またしても派手に吹き飛んでいく幽霊船。ついには一隻が爆炎とともに四散した。
「結構一方的に攻撃してるね」
俺がそう言うと、グレナズムはいまのところはな、と含みをもたせた。
「同じ人類同士の砲撃戦であればこちらの優勢だ。だが向こうは人類ではない」
「それって……?」
「ネクロボーンは死を恐れないし、仲間が死んでもビビらない」とスローネ。「士気も落ちないし、完全に破壊されるまで停まらない。ホラ」
スローネが幻光投射球モニターを指差した。
幽霊船団は、多大な被害を被りながらも船足を緩めず、真正面から武装陸上商船団の配列に突っ込んでくるルートをたどっている。
「もし接舷されたら、ヤツらそこから乗り込んでくるよ。ネクロボーンに乗っ取られたらその船はもう幽霊船の仲間入りだ。自爆戦術だろうがなんだろうが、〈業魔〉側にしてみれば商船団の数が減れば減るだけ世界の滅亡が近づくんだからさ、仕掛けてくるよ」
モニターを見るスローネの横顔が険しい。
「ねえ船長、やっぱりあたしたちも近接戦の準備をしておいたほうが良くない?」
「だめだ。もし接舷されるようなことがあれば、ゾンネンブルーメは直ちに離陸する」
「それって船団を見殺しにするってこと?」
俺は思わずグレナズムに突っかかった。
「ハルさん、心配ご無用なのです!」リトル・ジョーが両手を腰に当てて胸をそらした。「私たちは……武装陸上商船団はこれまでも何度も幽霊船団を撃退してきたのです。今度だってきっとだいじょうぶなのです」
リトル・ジョーは自分の生まれ育った船団に誇りを持っている。自信も信頼もあるのだろう。
だが俺は嫌な予感がしていた。いまこうして、安全な──比較的、という意味だが──飛空船のブリッジで戦況を見ている場合ではない気がしてならない。
生身でいることが不安だった。OMS、流体腱筋に身を包んでいない状態では、敵と戦うすべがない。
「……どこへいく、勇者どの」
グレナズムに呼び止められて、俺はほぼ無意識にブリッジ階下の格納庫に向かおうとしていたことに気づいた。
「一応、ね。ほんともう、念の為だよ。OMS着てくる」
「勇者どの……」呆れるようなグレナズムの表情。「アイレム機関は勇者どのアナタを保護することこそが最優先目標なのだがね」
「大丈夫だって、自分から出ていくわけじゃない。ただ」
「ただ?」
「どうしても不安なんだ。勇者のカンってやつ?」
勇者のカン。そういう言い方にグレナズムが弱いことはなんとなくわかってきた。
「俺がOMSを着ていたほうが傷つく人が減るような気がする。たぶんね」
俺は沈黙したグレナズムを背に、格納庫へと降りていった。
*
一発の大型砲弾が、ゆるい勢いで幽霊船団から飛来した。
発射時に何かの設定をミスしたような飛び方に油断をしたのか、それを脅威と捉える武装陸上商船団側の反応が一瞬遅れた。そのわずかな隙に、魔法によるバリアをすり抜けて、長細い直方体のようかんのような中型陸上船に着弾した。
砲弾は爆裂せず、火も吹かなかった。不発弾──いや、そうではなかった。
外皮が裂けると、中からどす濁ったタールのようなものと霧が流れ出し、甲板に広がった。
それはぶくぶくと泡立って、数体の化物が生えてきた。
影法師のような黒い人型ネクロボーンである。
ネクロボーンは音もなく滑るように動き、手近にいた乗員をがんじがらめにして、狂気の波動を直に送り込んだ。乗員は人としての生を全うすることなく心身を、霊魂を引き歪められ、新たなネクロボーンになった。
同様の低速大型砲弾が、まだ砲撃能力の残っている幽霊船から一斉に放たれた。
迎撃は、バリアは、対抗策は……。
一部は遮られて地面に落下し、一部はそのまま陸上船に突き立った。
そしてその砲弾は、ついにテイク・ザットにまで着弾した。
*
「あ、あああ……」
タールから生まれた人型ネクロボーンは声にならない声を上げ、船内に侵入してきた。
一体が犠牲者を生み、その犠牲者はさらにネクロボーンを増やし、ねずみ算式に船内が汚染されていく仕掛けだ。陸上船はどれも結界を展開しているが、人間に直接接触して〈業魔〉の波動を流し込まれる方法に対しては無力だ。こうして船は無人の幽霊船に変えられ、人類から離反して幽霊船団を構成するようになるのだ。
「いやーッ!」
悲鳴はテイク・ザット船内で、複数の影法師から襲われた女性クルーのものだった。
ゆらゆらと非人間的動作で揺れながら女の自由を奪い、抵抗する手から拳銃をもぎ取り、携帯用結界発生装置を引き剥がそうとするネクロボーンたち。
女は絶望の涙を流し、ネクロボーンに穢されるくらいなら人間でいられるうちに死にたいと願った──。
「っだりゃあッ!」
俺は軍用OMSの腕を振り回し、3体まとめてラリアットをぶち当てた。
ネクロボーンたちは吹き飛んで、船内の壁にペンキをぶちまけたようなおぞましい痕跡と化した。
ぐちゃぐちゃになり、人型でなくなったネクロボーンにも見えにくいが連中の共通項である髑髏面が存在している。俺はそれをめがけて手刀を繰り出した。タールに埋もれたパーツを狙い撃ちするのは難しいが、それを何とかするのが勇者の仕事というやつだ。
髑髏面を破壊されると、ネクロボーンはタールから霧へと変じて空気に溶けて消えていった。
「早く逃げて! 甲板は危険だ!」
奇跡を見るような目で俺を見る女にそう言い残し、俺は次のネクロボーンの気配を追って走り出した。
*
銃声、砲声、悲鳴、爆発音。
船団はカオス状態だった。まさしく戦場がそこにあった。
俺はOMSのヘルメット内で自分の呼吸音を聞きながら、それと対峙した。
「でっけえな……」
おそらく10体以上の人型ネクロボーンが絡み合い、ねじれ、融合してできたそれは、どす黒いタールの巨人だった。身長は5メートルに達しているだろう。複数の頭、複数の腕、流動する全身のフォルム。濁った肉垂れに守られた髑髏面が不気味に黒光りしている。
「これを……ハァ、ハァ……やれるか……?」
携行武器を持たずにゾンネンブルーメの格納庫をでてきてしまったことを後悔するが、いまさら遅い。
武器と呼べるものはスーツに内蔵されたナイフくらいだが、どろどろと崩れそうなタールの巨人にはナイフで切るより叩き潰したほうが効きそうだ。
「おぼっ……オゴボボボボ……!」
巨人が動き出した。粘りつく肉の腕を振りかざし、俺に叩きつけてくる。
直撃すれば、軍用OMSの装甲をまとっていても危険だろう。
当たればの話だ。
俺のOMSは特別製……いや、逆だ。俺が特別製だからOMSが特別な働きをしてくれる。
別名”着る重機”と呼ばれるOMSにあるまじき俊敏さを発揮して、腕が床に叩きつけられるより早く、俺は巨人の背後に回っていた。流体腱筋の出力を跳ね上げたのだ。
「喰らえ!」
俺は船内で見つけた補修用の角材を振り上げて、巨人の足首に突き立てた。
肉が潰れる嫌な音を立て、横倒しに転倒し、タールが飛び散り、巨人の容積が減っていく。
ここで一気にとどめを刺す──俺は再び角材を抱え、髑髏面めがけて振り下ろした。




