024 ジョーの一族
船長のグレナズムにリトル・ジョーの事情を話すと、武装陸上商船団との合流は当然のことと提案を飲んでくれた。
ゾンネンブルーメは普段より速度を落とし、高度を下げつつ飛んでいる。コウモリ型ネクロボーン群体との戦いでは死傷者を出すほどの手痛い被害を出したが、飛行能力そのものはまだ健在で、飛行しながら修理を行うための安全運転だという。
「見えてきたぞ」
ブリッジの船長席に座るグレナズムがそう言うと、幻光投射球モニターの映像に変化が生まれた。大小のブロックを絨毯にばらまいたような地形に見えたそれは、解像度が上がると地形ではなくひとつひとつのブロックが自律移動していることがわかった。
「あれが”船団”だよ」
船団。船。これが船? それらは水上を進む船舶に似ている部分もあれば、まったくそうでないところもあり、戸惑わずにはいられなかった。
一番目につく大きな”船”は、いくつもの窓がある高層ビルを適当にぶった切って浮かべたような見た目をしていた。そんなものがどうやって草原を走っているのかさっぱりわからない。海上ならまだしも陸上なのだ。下に車輪や脚でも生えていればまだしも納得できるが、そういう機構は見当たらない。
中規模のものはいくらか船っぽい構造をしているが、岩や氷の塊のようであったり、艀がそのまま浮かんでいるようなものだったり、大きなひな壇のような形をしていたりととりとめがない。
共通点といえるものは、どれも地面の少し上を滑るように動いていることぐらいだ。
ホバー移動でもしているのだろうかと思ってグレナズムに尋ねると、それは実物を見て確かめることだと意味ありげに笑った。
そうこうするうちに、ゾンネンブルーメはあらかじめ武装陸上商船団に通信を入れておいたランデブーポイントに向けて降下を始めた。
*
「こりゃ壮観だな」
霊学迷彩を解除したゾンネンブルーメの船窓から見る船団は、無数の巨大な現代彫刻が地平線から押し寄せてくるようで、映画のワンシーンさながらだった。
「武装陸上商船団を見るの、はじめてですかハルさん?」とリトル・ジョー。
「んー、まあね。名前は聞いたことあるけど、こういうものだとは思わなかったな」
「えへへ、そうなのです。船団はかっこいいのです」
「リトル・ジョーはその齢で船団で働いてるんだろ? すごいな」
「働いているというか、船団で生まれたのです。生まれも育ちも船団なのです。船団で生まれたものは船団のために尽くすと決まっているのです」
リトル・ジョーは誇らしげに胸をそらし、心臓の位置を親指で差した。
「小型とはいえ偵察艇をひとりで操縦できるし、なりはちっこいけどやるもんだねえ」とスローネがリトル・ジョーの栗色の頭をなで回した。
「うがー! 気安くアタマさわんじゃねーです!」
「ウフフかわいいなーおまえ」
「おまえじゃないです、リトル・ジョーなのです!」
リトル・ジョーは小動物を可愛がるようになでくりまわすスローネから逃れようとするが、まったく脱出できない。
「ちょ、どうなってるのですこの力? びくともしないのです!」
「スローネは”金剛身”……体内の魔力を身体能力に変換できる特殊な能力の使い手です」ふたりの様子をにこにこ眺めながら、ジナイーダが言った。「一度捕まったら簡単には抜け出せませんよ」
「あ、解説ありがとうなのです」
「どういたしまして」
ジナイーダはごく自然な動作でリトル・ジョーの乱れた髪を整えてやり、襟を直す。
「おねえさん、すごくきれいでオトナなのです……」
「ふふっ、ありがとう。あなたもとてもかわいらしいですよ、リトル・ジョー」
「あのあのあの、おねえさんのお名前を教えてほしいのです」
「スローネおねーさんだよー」
「そっちは聞いてねーです!」
「私はジナイーダといいます」
「ジナイーダ……ジナイーダっていったら、魔導師で魔女の、あのジナイーダ??」
「さあ、どうでしょう。ないしょです」
ミステリアスな雰囲気を出して、ジナイーダははぐらかした。唇に人差し指を当てて”秘密”のジェスチャーをつくる。
「ジナイーダさんに、ハルさん……それじゃまるで3年前にいなくなった勇者さまたちなのです、どうなっているのです?」
リトル・ジョーは頭の上に疑問符をいくつも浮かべた様子で俺たちを交互に見比べる。
記憶のない俺にはどうもピンとこないが、勇者とその仲間のネームバリューときたら相当なものらしい。あいにくそれをうまく利用する方法は思いつかないが。
と、そこに船体が小さく縦揺れした。着船したサインだ。
俺たちはブリッジ下の格納庫に向かい、ハッチが開くのを待って船の甲板に降りた。
*
間近で見る陸上船の迫力に俺は圧倒された。
大小雑多な船のうち、大きなものはまるでタンカーか空母のようなスケール感がある。ゾンネンブルーメも決して小さいわけではないが、船団をなす陸上船はまるで高層ビル群がまるごと動いてきたかのようだ。
そして、浮いている。
陸上船はどれも地面から数メートルかそれ以上浮かんでいて、船底はどこにも接していない。何がどうなっているのか、浮かんだまま滑るように進むのだ。
「誰か何か説明を頼む」
俺は考えてもムダだと悟って教えを請うた。
「武装陸上商船団の船は、元はと言えば〈方舟〉の一部からできているのです」
リトル・ジョーが腰に手を当てて得意げに言った。
「〈方舟〉って、確か預言者のアイレムが造ったっていう……?」
「そうなのです。義人アイレムが神の導きで造り上げたでっかいの。神が地獄を封じ込めて〈次元洪水〉で異界に流そうとしたときにちょっと壊れたのです。その破片が散らばったのですが、それらは地面からプカプカ浮いていたのです」
「その浮いてた破片を利用したのが陸上船ってことか」
「そうなのです」
「道理で船というかなんかこう、塊って感じだもんね」
「はい」
「えっと……ちょっとまって」俺は急に気づいて怖くなった。「散らばった破片でこのサイズ、ってことは元の〈方舟〉ってどんだけデカかったの?」
リトル・ジョーはきょとんとして、空の一方を指差した。
そちらを見ると、いびつな形の月が浮かんでいる。
「月?」
「違うのです、お月さまはあっち」
今度は別の方向を指差す、その先には下弦の半月が霞んでいた。
「……って、まさかあの月みたいに見えるやつが〈方舟〉!?」
「そうなのです」
「はへー……」
信じられない大きさだ。ずっと遠くの空に浮かんで霞んで見えるが、一体直径何キロになるのか見当もつかない。
義人アイレム、神の導きがあったというがなんてものを造ったんだ。魔法が実在する世界とはいえ、そんなことができるのだろうか。どうやって建造されたのか想像するのも難しい。
そうこうするうちに、陸上船の甲板に数人の人影が現れた。
「お待ちしておりましたぞアイレム機関の皆様!」
拡声器を通して、先頭に立つ人物が声を張り上げた。背の高い老齢の男だ。
「おじいさま!」
「おお、リトル・ジョー!」
リトル・ジョーがぱっと駆け出して、老人に抱きついた。
「無事だったか! 心配したぞい、はっはっは」
見た通り、老人はリトル・ジョーの祖父だった。名前はグランド・ジョー。
武装陸上商船団の中核をになう大型陸上船”テイク・ザット”の船長であり、船団評議員のひとりであるらしい。
船団は年間を通して世界のあちこちに点在する聖域を行き来して人や物資の運搬を行っている。〈業魔〉のせいで流通が壊滅したこの世界では生命線となっていて、一個の動く都市、聖域ともいえる。そこでは船長格の人物が評議員となり、政治が行われているのだという。細かいことはよくわからないが、リトル・ジョーはそれなりに地位のある一族のお嬢様と考えておいて間違いはないだろう。
「孫の危機を救ってくださった礼をせねば。ささ、船内に案内しよう」
「痛み入りますが、船長」ゾンネンブルーメ船長グレナズムが、グランド・ジョーを制した。「我々は早急に発たねばなりません。アイレム機関の命令を遂行中の身ゆえ」
「そうはいっても、そちらの飛空船も損傷を受けているようですぞ。せめて左の浮遊気嚢だけでも修理をしていってはどうですかな。なあに三日三晩歓待しようという話ではない、少しくらい構わんでしょう?」
足りない資材があればお出ししますぞ、とグランド・ジョーはとぼけた顔で言った。
グレナズムは一瞬眼帯をしていない方の目を見開いたが、すぐに苦笑を浮かべてグランド・ジョーの申し出を受け入れた。
「行きましょう、ハルさん、ジナイーダさん、あーあともうひとりも」
「スローネおねーさんだよおチビちゃん」
リトル・ジョーのたっての願いで、ジナイーダも同行することになった。
「……勇者どの」
と、小声でグレナズムに呼び寄せられ、俺は何事かと振り返った。
「あの老人、ひと目見ただけでゾンネンブルーメの状態を見抜いた。只者ではない」
「悪い人でもなさそうだけど」
「おそらくな。だが用心してくれ、アイレム機関は武装陸上商船団とは協力関係にあるが、ここで余計な借りは作りたくない」
俺は一応了解を伝え、リトル・ジョーに手を引っ張られるまま後に続いた。
そう言われても俺に賢い立ち回りなんてできるとは思えなかったが……。




