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023 接触篇

 夜。


 霊学迷彩を展開しているゾンネンブルーメ船内は陽の光とも月明かりとも無縁だ。


 しかし本当に昼夜関係ない生活をするのは体に良くない。よって船内時間に合わせて3交代制が採用されていて、いまはその夜シフトということになる。


 俺はどうしていたかというと、空中戦を演じたことで溢れ出したアドレナリンの余波が引かず、カフェインを摂りすぎたみたいになって、あれから6時間近く横になっても座ってもそわそわして落ち着かないでいた。


 激しい戦いだった。


 失速寸前の小型艇からパイロットを救い出し、一度ゾンネンブルーメの船内に戻ってから再出撃し、ネクロボーン本体との機銃が焼け焦げるほどの銃撃戦を繰り広げた上で、最後のトドメに髑髏面に向かって突撃してのゼロ距離射撃──いま思い出しても鳥肌が立つ。よくあんなことを成し遂げられたものだ。俺が”勇者”というのも、どうやら本当に本当のことなのではないか。思わず浮足立ってしまう。


 だが、それでもどうにもできないことはあった。


 5番銃座に座っていた戦闘要員がひとり、ネクロボーンに爆殺された。


 遺体はかなり損傷があり、魔法での回復は間に合わなかった。ジナイーダでもだめだったのだから、この船のクルーにはどうしようもない。


 俺はその戦闘要員とまだ言葉をかわしておらず、名前や顔を覚えるより先にに逝かれてしまった。


 ネクロボーンと戦うことを日常としているアイレム機関の一員が戦闘で死ぬことは珍しいことではない、とグレナズムは言った。


 彼の死に責任は戦闘指揮官である自分ただひとりにある、とも。


 だが死人が出るのはやはり──やりきれない。


 気分が塞いできて、俺は少し頭を切り替えようと船室の外に出た。


「ん?」


 ブリッジに出ると何やら騒がしい。見れば、重結界室のドアの前で数名の人だかりができていた。


「どうかしたの?」


「ああ、勇者樣」オペレータの一人が振り向いた。「それが……中で大暴れしている音がして」


 大暴れ? なんだそれは。


 人垣を分けてみると、確かに重結界室の中で騒ぎが起こっているように聞こえた。


「開けてみれば?」


「それが……船長からみだりにこの部屋は開けてはならないと指示を受けていますので……」


「ん? そのグレナズムはいま何を……ああ、休憩時間か。いいよ、じゃあ俺が開けてみる」


 俺は軽い気持ちで請け合った。


 重結界室には、俺が救出した小型艇のパイロットが運び込まれている。理由は例のごとくだ。ネクロボーンに襲われた人間はネクロボーン化している可能性があるから、はっきり問題なしと判断できるまでは重結界室の中に入れておく必要があるということ。


 いま中にはジナイーダとその護衛のスローネ、そしてパイロットしかいないはずだ。


 ジナイーダは魔法使いだしスローネも傭兵として戦闘能力がある。万が一、パイロットがネクロボーンに変わってしまっても制圧できるという安心感がある。


「ジナイーダ、開けるよ」


 ひと声かけて、俺は開閉レバーを動かした。


「あッ、待ってハル様……」


 中からジナイーダのくぐもった声が聞こえたが、俺は気にせず中に入り──何かに激突された。


 勢いに負けて仰向けに転倒した俺の胸の上に、何かがドスンと落ちてきた。


「ぐぇっ!」


 見上げた俺の視界に、逆光に包まれて小柄な、まだ幼さが目立つ女の子の姿があった。一瞬、俺は固まってしまった。その女の子はパンツ一枚だけ、それ以外何も着ていない半裸状態で俺の胸の上に尻餅をついている。


 困惑と、恥じらいの表情のその子としばし目が合う。


「うきゃーッ!」


 顔を真赤にしてジタバタと暴れ始めた。


「ちょ、やめ……」


「ハル様、その子を捕まえて!」とジナイーダの慌てた声。


「逃がすな、ハル!」とこれはスローネ。


「え、何?」


 俺は起き上がろうとして、胸の上の女の子は俺から離れようとして、そこにジナイーダとスローネが殺到して──俺たちはもつれ合って転んでしまった。


「いってえ……ん? んん?」


 何がなんだかわからなくなった俺の視界いっぱいに映るのは、布に包まれた女の子のこぶりなお尻。俺の体の上で上下逆さまになっている。左手にやわらかい感触、右手には同じような、もっとずしりとした感触。


 何がどうなったのか説明できないが、一緒に転んだジナイーダが左手に、スローネが右手に倒れ込んで、俺は二人の──それぞれの胸を鷲掴みにしていた。


 いや、本当に。


 何がどうなっているんだこれ。




     *




 俺が小型艇から助け出したパイロットは、まだ12、3歳くらいの女の子だった。名前はリトル・ジョー。


 武装陸上商船団スキッパーズに所属し、航路の安全を確認するために偵察飛行に出たところネクロボーンに襲われたという。


 そのリトル・ジョーがなぜパンツ一枚で重結界室で大暴れしていたかというと、こうだ。


 ネクロボーンに接触して〈業魔〉の波動に汚染されていないかどうかを見るために服を脱がせて、肌に徴候が現れていないかジナイーダとスローネが調べていたら、その途中で目を覚ました。空中で失神して目が覚めたら女ふたりに裸に剥かれている最中だった──身の危険を感じてパニックのひとつも起こして不思議ではない、というわけだ


 おかげで重結界室は椅子やテーブルが蹴倒されベッドのシーツが散乱していた。元々簡素な調度品しか置かれていなかったのでまだマシな状況だ。


「だってだってだって、ネクロボーンに襲われてるかと思ったのです!」


 握りこぶしふたつ作って、リトル・ジョーは真剣な顔で訴えた。


 栗色のふわふわした髪にくっきりした眉。黒目がちの目がくりくりと大きくて、仔犬のような愛らしさがある。


「あのあのあの、けがとかしてないですか……?」 


「ちょっと後頭部にこぶができたくらいで……大丈夫だよ」


「ううう、ごめんなさい。あのあのあの……聞いていいですか」リトル・ジョーはずいっと身を乗り出して、鼻先が触れるほど近くに寄ってきた。「わたしのこと助けてくれたのって、あの……あなたですか?」


「ちょ、近いな……ええと、うん。まあ一応」


「……ぃよっしゃあッ!!」


「えっ」


 何だその反応は。


「あっ、お名前、聞いてもいいですか?」


「えっ? ハルだけど」


「ハル?」


「うん」


「どこかで聞いたことある……たしか、3年前に姿を消したっていう勇者さまの名前……」


「あー、あはは、うん。そうかもね」


 俺はつい曖昧にごまかした。自分が勇者であるという記憶をもたないまま3年ぶりに目を覚ましたことを、一から説明するのは正直骨が折れるのだ。


「それより……」こほんと小さく咳払いして、ジナイーダがちょうどいいタイミングで間に入ってくれた。「偵察途中に襲われたそうですが、武装陸上商船団スキッパーズのところに戻らないといけないのではないですか? お仲間が心配していると思いますよ」


 ジナイーダが慈しむように声をかけると、リトル・ジョーはしゅんと意気消沈した。


「はい……たぶん」


「まー幸いネクロボーン化の徴候も見当たらなかったし」ボリュームのある胸の前で腕を組んだスローネが言った。「暴れられた時はどうしようかと思ったけど。ごめんね? 怖がらせちゃって」


「……ごめんなさいです、おねえさんがた」


「ウフフいいってことよ」


「あのあのあの、聞いていいですか?」


「なんですか?」とジナイーダ。


「……おねえさんがたはハルさんにおっぱいつかまれても怒らないんですね」


 俺は思わずむせた。みんな何も言わないから、てっきりなかったことにされていたと思っていたのだが……。


「もしかしてみなさん、そういう関係なのデスカ……?」


 リトル・ジョーはジトッとした疑いの眼差しを俺たちに向けてきた。そういう関係?


「い、いやいや、事故だからね事故!?」なぜかスローネが躍起になって否定した。「偶然。ぐーぜんだから! あたしたちお互いおおお大人だし、そんなこといちいち目くじら立てないっつーか。ね、ジナイーダ?」


「はい。ハル様にならどんなことをされても構いません」


「いやそーいうことじゃないんだけどなぁ!」


 平然としているジナイーダと、真っ赤になって大慌てのスローネ。俺はどう答えたものかわからず固まっていた。


「と、とにかくそういうことなんでグレナズム……ええと、この船の船長には俺たちから話しとくからさ、仲間のところに送ってもらえるように」


 俺がそう言うと、リトル・ジョーはこくんとうなずいた。


「じゃあお言葉に甘えてお世話になるです」


 武装陸上商船団スキッパーズ。俺が目を覚まして以来その名前はたびたび耳にするが、それがどんなものなのかよくわからない。リトル・ジョーを送るのにかこつけて、ぜひその姿を見てみておきたいというのが本音でもある。


 簡単に人が死ぬこの世界でなんとか救うことのできた命だ。どうせなら責任もって元の場所へ送り届けるところまではやっておきたい。


 そういうことも勇者の役割なのではないか。そんな風に思った。







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