022 Fly in the sky
軍用OMSの強みは全身くまなく装甲されるところと、重さが増えた分だけ流体腱筋の厚みも増されているところだ。
安全性はぐっと高まるし、流体腱筋は多ければ多いほど”勇者”の能力で引き出されるパワーが大きくなる。
ついでに内蔵武器があちこちに仕込まれていたりもするがが、それは後回しだ。
と、ならし運転もそこそこのタイミングでメンテハッチを内側から叩く音がした。停止した第4ティルトローターの吸気口から潜り込んだネクロボーンが、ダクトを伝って船内側にまで侵入してきたのだ。
俺はヘルメットの中で深呼吸を一つして、ハッチを開いた。
「キィィッ!!」
耳障りな高音の鳴き声とともに、黒い何かがハッチから飛び出した。素早い。コウモリのような姿をした、人間の頭ほどの大きさのネクロボーンだ。
逃がせば船内で暴れられる。
俺はOMSとシンクロし、肘に仕込まれた大振りのナイフを引き抜いて空中の化物を切りつけた。どす黒い被膜を引き裂かれ、バランスを失って壁や天井に頭をぶつけて床に落ちたところをストンプし、抹殺。
ついで2匹、3匹と侵入してくるがその都度、他の戦闘要員とも協力して叩き潰した。
意外と大したことないか、と思いかけたが、そう甘くは行かなかった。
ドシン、と鈍い振動が足元を揺るがした。
『第5機銃の銃座が爆破されました! 被害状況を報告してください!!』
ヘルメット内側に念波通信が入った。オペレータの悲痛な叫びが、音声とテレパシー両方で頭に響く。
銃座が爆破された? じゃあそこについていたクルーは……。
『前方の小型艇、速度低下していきます。このままでは落下して……』
『脱出する気配はないか?』
『さきほどから呼びかけを続けていますが反応ありません、失神しているか、さもなくば……』
『ネクロボーン化か』
『船長、右後部に続いて左後部のティルトローターにも敵が貼り付いています』
『危険です、浮遊気嚢に潜り込まれました!!』
オペレータの声にかぶるタイミングで、またしても船体が大きく揺れた。
『浮遊気嚢内でネクロボーンが自爆しました、飛行能力18%低下!』
『ダメです、機銃では小型ネクロボーンの侵入を止められません!』
おいおい──俺は奥歯を噛み締めた。思ったより深刻ということじゃないか。
救難信号を出してきた小型艇は墜落するかもしれない、ゾンネンブルーメも自爆能力を持ったネクロボーンに絡まれてどんどん爆破されていく。
「船長、グレナズム船長。聞こえる?」
『……どうした勇者どの』
「ハッチから外に出て、俺が直接貼り付いているネクロボーンを剥がしに行くよ」
『飛行中の船外に出るだと? ダメだ、危険すぎる』
「そうは言っても、貼りつかれれば貼りつかれるほどこっちはジリ貧でしょう?」
『たしかにそうだが! 勇者どのをここで失うわけにはいかん』
「命綱つけてればなんとかなるって。俺のOMSの動きは特別だから」
『むぅ……』
念波通信の向こうでグレナズムがためらっているのがありありとわかった。でもどっちにしろ俺はやる気だ。こんなところで死にたくないし、OMSをうまく使いこなす限りは俺が打って出るのが一番成功の可能性が高い。自信過剰になっているわけではなく、適材適所だ──と、少なくとも俺は真面目に思った。
『……では、こういうのはいかかでしょうか』
突然、わずかなノイズをまとった念波が通信に割り込んだ。ジナイーダの声だ。魔法封じの手錠による魔法妨害を突き抜けて介入してきたのだ。
『わたしがハル様に飛行能力を付与します。落下しないのであればご心配には及ばないでしょう?』
「飛行能力? 飛べるの、俺?」
『はい、ハル樣。あなたがそれを望むなら』
「わかった。お願い、ジナイーダ。たぶんそれが一番近道だ……いいよね、船長?」
5秒の逡巡の後、グレナズムは許可を出した。
*
久しぶりに手錠を外されたジナイーダは、重結界室を出るやいなや文句の一つも言わずグレナズムに自分のプランを伝えた。
「ではハル様、参りましょう」
話がまとまるとためらいなくOMSを着込んだ俺の背中に両手を当て、ジナイーダは魔力を注ぎ込んできた。
「おうっ!?」
思わず声が出た。この世界の魔法について知識も素養もない俺だが、流れ込んでくる力の密度のようなものがすごいことは感覚でわかった。やがてその流れが収まると、爽やかな風を感じた。OMSを着ているのにだ。
「これどうなって……おおっ?」
片足を軽く挙げてみるとへその下が持ち上がるような無重力感があった。それは感覚だけでなく物理的に作用していて、俺はゾンネンブルーメの船内で宙に浮いてしまった。
「方向感覚をしっかり維持してくださいねハル様、進みたい方向に落ちるように意識してみてください」
かなり無茶な要求だが、ジナイーダは俺がそれをできるとまったく疑っていないようだった。
ピンときた。
「これってさ」
「はい?」
「3年前の俺にはできていたこと?」
記憶は戻っていないが、なぜか確信できた。ジナイーダはこの魔法を3年前にも使っている。その時の俺なら、空を自在に飛べたはずだ。だから彼女は、俺がうまくやってのけると信じてるんだ。
ジナイーダは俺の前に回り、ヘルメットをかぶったままの俺の頬に触れると、穏やかな、でも少し悲しそうな目でコクリと小さくうなずいた。
腹は決まった。
ジナイーダが期待するなら、それに応えないと。
3年前の自分にばかりいい格好させていられない。
*
両手で抱えた機銃は普通なら人間が持ち運んで撃てるサイズではない。
ゾンネンブルーメの銃座に設置されるものの予備を船倉から引っ張り出してきたからだ。軍用OMSでもなお持て余す重量は、俺の勇者としての能力で支える。適度にパンプアップされた流体腱筋──適度といってもすでにリミッターを超えるだけのパワーを引き出している──がそれを可能にしてくれる。
「ハッチを開けてくれ、後ろから出ます!」
念波通信をヘルメット越しに入れると、すぐに反応があった。
ウインチが作動音をあげて後部ハッチが開いていく。光と風が入り込み一瞬のめまいを感じる。と同時に、船外で待ち構えていたコウモリ型の化物が侵入してくる。
俺は機銃を構え、狙いをつけようとしたが引き金は引けなかった。俺の腕前ではこんな大きな銃で狙撃ができるとは思えなかったし、うかつに弾をばらまいて船の隔壁に傷をつけてもバカバカしい。そして何より、引き金を引く前にジナイーダの魔法が閃いてことごとくを焼き払ったからだ。
「すっげ……」
これには隣で見ていた護衛役のスローネも唖然としていた。
格納庫内の気圧と気温が急激に下がり始める中、やはりジナイーダは平然としている。自分を含めた生身を晒しているクルーに遮蔽力場を張り巡らせて影響を抑えているからだ。
『ハル様、お気をつけて!』
ジナイーダは笑顔で手を振り、念波通信を送ってきた。
ビビってなんていられない。
*
ジナイーダにかけられた飛行の魔法のおかげで、俺は開け放たれた後部ハッチから飛び出しても落下することなく、ゾンネンブルーメとほぼ同じ相対速度を保ったまま空中に踏みとどまった。
「喰らえッ!」
両手で抱えた機銃をぶっ放した。
反動で落としてしまいそうになるところを、OMSの制御でこらえる。流体腱筋からパワーを引き出している間は大丈夫そうだ。
敵は小さなコウモリ型ネクロボーンの集合体。集まってひとつのデカい化物でいる間はいい的だ。オレンジの火線が吸い込まれ、面白いように粉砕していく。
『勇者どの、聞こえるか』とグレナズムからの通信。『船体にとりついたネクロボーンを引き剥がしてくれ。ローターと気嚢の保護を最優先だ』
「了解!」
俺は全身を包むジナイーダの残り香のような魔力に身を委ね、上空に向かって落下した。いまの俺は重力から解放され、あらゆる方向が上であり下になっている。姿勢を反転、船体のルーフにくるりと飛び乗って、ティルトローターに貼り付いたコウモリを叩き潰した。
敵本体への牽制に機銃を3発撃ち込みつつ、今度は浮遊気嚢に潜りこもうとする化物を蹴りでバラバラにする。
「キィィッ!」
化物どももただ殺られてくれるわけではなかった。俺の身体にへばりつき、自爆をしようと仕掛けてきた。首筋に飛び込んできたやつをナイフで串刺し、背中によじ登ってきたやつは急激にジャンプしてから回転して弾き飛ばし、爆発寸前のコウモリを手づかみして反対に敵の真ん中にぶん投げてやった。
ヘルメットの中で呼吸が荒くなり、モニターが少し曇る。興奮で心拍数がとんでもないことになっていたが、頭の中は妙に澄んでいた。これでいったんは自爆攻撃を抑えることに成功した。
あとは本体を討つだけ──だがその前に、通信が入った。酷いノイズ混じりだ。
『……ザザ……こ……こちらリトル・ジョー……パイロット……ザザ……』
パイロット? 通信は小型艇からか。まだパイロットが生きていたということか。
『……脱出装置……作動……不良……エンジンも停まって……』
聞き取りにくいが、まだ子供の声のように聞こえる。
俺はコウモリの集合体のどす黒い入道雲のようなフォルムを見て、迷った。コイツを放っておいたまま行けるか?
脳裏にサンダーヘッド聖域でのジャルスの最期が浮かんだ。
俺は空を逆さに落ちながら、小型艇の救出へと向かった。
そうすべきだと、俺の心が言っている。




