020 空へ
「全員揃ったな」
時間は夜。離陸前、飛空船ゾンネンブルーメ船長のグレナズムが、ジナイーダを除く乗員全員を集めて言った。
「では補充要員を紹介する。すでに顔を合わせた者もいるだろうが、サンダーヘッド聖域で勇者どの自らスカウトしてくれた人物だ」
「ひょ?」
一斉に視線が集中し、俺は間抜けな声を上げてしまった。スカウト?
「自己紹介を頼む」
グレナズムは何事もなかったように傍らに立つレザーパンツにジャケット姿の銀髪美女に片手を差し伸べた。
「オーケィ。あたしはスローネ。傭兵やってました」スローネは物怖じする様子も見せず、大きめの胸を張って答えた。「これからこの船の乗組員として……そしてアイレム機関の一員として働きまっす、よろしく」
「彼女には戦闘要員兼魔女ジナイーダの……護衛……を務めてもらうことになる。何か質問は?」
「はいっ」
真っ先にスローネが手を挙げた。
「どうぞ」
「はい。あー、どうも聞いていると勇者ハルとかジナイーダとか、どんどんヤバいネームドが出てきてますけど……」
「それが?」
「マジなんですか?」
「マジだ。我々は現在、かの勇者とその元相棒をアイレム機関総本部に護送するという栄誉に浴している。キミにもその重要性を理解してもらえれば助かる」
グレナズムの言葉に、スローネはわずかに頬を紅潮させてふんーっと鼻息を漏らした。これは彼女なりの感嘆表現であるようだ。
「ではもうすぐ離陸だ。各自持ち場に着いてくれ。解散」
集まった乗組員一同はそれぞれの席に付き、計器の点検を始めた。スローネはグレナズムの後に続いて、ジナイーダが軟禁されている重結界室に入っていく。
「あ、待って!」
俺はそこに声をかけ、ジナイーダとの面会を求めた。アイレム機関から”魔女”の名を着せられ、ネクロボーン化の疑いをかけられた彼女の処遇がすぐにどうなるというものでもないのは薄々わかっている。だからといって、同じ飛空船に乗っているのに俺だけ自由で彼女をひとりにしておくことに後ろめたい気持ちがある。
せめてこれから護衛につくスローネが、悪い人間でないことくらいは間に入って伝えておきたかった。それが護衛という名の監視役だとしても。
「……まあいいだろう。私も立ち会う」
グレナズムはそう言ってくれた。俺がサンダーヘッド聖域でこの眼帯の男を感心させるだけの働きをしたことが効いているのかもしれない。
*
「ハル様っ!」
ぽつんと簡素な席に座っていたジナイーダは、部屋に入ってきた俺を見るなりぱっと顔を輝かせ、魔法封じの手錠で鎖された両手で俺の手を握ってきた。俺はへにゃっとなった。彼女のほっそりした手で直に触れられると、何かを吸い取られるような、反対に何かが流れ込んでくるような感じがして、どうにも浮足立ってしまう。
「サンダーヘッド聖域はいかがでしたか?」
「うん……その、いろいろあって、ネクロボーンと戦ってきた」
「聖域の結界がほころびたようですね」
「あ、もう誰かから聞いた?」
「いえ、ハル様。船の中からでも感知できましたから」
俺はジナイーダの能力に改めて感心した。魔法封じの手錠というマジックアイテムは、魔法の行使を封じてしまうものだと聞いていたが、そんなものはお構いなしのレベルにいるのが魔法使いとしてのジナイーダの実力であるらしい。
「ふふっ、少しお疲れのようですね」
「あーうん、まあね。ちょっと短時間にいろいろとね。あっ、でも平気平気。何ていうの? OMSの動かし方とか、だいぶわかってきたし」
ジャルスたちとの短い交流とその別れのことを話しても良かったが、俺の苦労を話してジナイーダに心配をかけるのも気が引けた。あの子たちのことはもっと落ち着いてから話をしてもいいだろう。
「はい。ハル様がそうおっしゃるならわたしも安心です」
「そう?」
「はい♪」
俺とジナイーダは見つめ合い、お互いに笑顔になった。どう例えていいかわからないが、すごく柔らかい気分になった。
「……あー、いいかな?」咳払いし、グレナズムが後ろから声をかけてきた。「仲睦まじいことで大変結構。そういうところが我々の懸念でもあるのだがね……ともかく彼女を紹介させてくれ」
「あっ、サーセン」
俺とジナイーダはあわてて握りっぱなしの手を離し、グレナズムたちの方に向き直った。
「魔女ジナイーダ、新しい護衛役を紹介させてほしい。新クルーのスローネだ」
「スローネです、よろしくおねがいしまっす!」スローネはキビキビした動作でジナイーダの前に進み、頭を下げた。「アイレム機関に入って早々にビッグネームに出会って正直軽く舞い上がってますけど、護衛役、務めさせていただきます」
「まぁ……」
ジナイーダは口を開けて、スローネの姿を上から下まで眺めてから、ぺこりとお辞儀をした。
「はじめまして、”金剛身”のスローネの名はわたしも聞き及んでいます。サンダーヘッド聖域にいらしたのですね。猟兵団でのお仕事を続けていたのかと思っていました」
「おあっ?」スローネが素っ頓狂な声を上げた。「……1年半ほど前に猟兵団からは離れて、それからはずっとサンダーヘッドに。でもよく知ってますね、そんなこと。ジナイーダ様って、たしか3年前から……」
3年前。俺が死ぬほどの重傷を負って魔法的コールドスリープにつく一方で、〈業魔〉の人質にされたジナイーダは”魔女”の疑いをかけられて幽閉されたと聞かされている。
「風のうわさを集めることばかりしていましたから。他にやることがなかったので……」
ジナイーダは少し照れたような苦笑いを浮かべた。
すると突然、スローネが目をうるませて鼻をすすった。
「うぅ、ジナイーダ様……超おいたわしい……」
「ス、スローネさん?」とジナイーダはおっかなびっくり声をかけた。
「だって、だって、あたしだって勇者ハルと魔導師ジナイーダの活躍くらい知ってます。でも3年前にひどいことになって、勇者ハルは生死不明、ジナイーダ様も魔女扱いで消息不明……〈方舟〉奪還作戦も中止になって、世の中がどんどん暗くなっていって……そんな中で、幽閉されていたのに、あたしなんかの動向を知っていてくれて……」
「スローネさん……」
「ジナイーダ様って、ジナイーダ様って……」スローネはぐすっと鼻をすすってから、ジナイーダに詰め寄って、「そんなにヒマだったんですね!」
ヒマ。
そうか、ヒマか……。
スローネ的には大真面目で、心からの同情を寄せているようではあり。
でもジナイーダは困惑し。
グレナズムは右のこめかみを抑えて”頭が痛い”のポーズを取り。
俺は吹き出した。
たぶん、うまくやっていけそうだ。
*
俺は船内に用意された客室にひとりおさまり、ぼんやりと船窓の外を眺めていた。
発着場の様々な場所に灯る誘導マギライトの明滅は、地球にいた頃に見た空港の様子とそっくりだ。使われているのが電気か魔法かという違いはあれど、同じ用途で作られた施設なのだから同じようなデザインになるのだろう。世界は異なってもヒトの思考はそう大きく変わるものじゃないということか。
四発のティルトローターがうなりを上げ始めた。
飛空船ゾンネンブルーメの主動力魔導機関に火が入り、一度船内すべての幻光パネルやマギライトが消えてからふたたびすべての明かりが戻る。まもなく離陸の時間だ。
次の目的地は対〈業魔〉組織であるアイレム機関の総本部。
着くまでにひとつでも昔の記憶を思い出せるだろうか?
2章おわり!
3章開始までは少し時間をいただきます。
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