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019 浄化

 サンダーヘッド聖域を覆う対〈業魔〉結界にほころびが生じた。


 場所は東B区画、第3通り(サード・ストリート)。世間から爪弾きにされた浮浪児たちが暮らしていた──押し込められていた──場所だ。


 ネクロボーン化したことを隠して暗躍していたデナンは死に、遅れていた結界発生装置の新調ができると思っていた矢先の出来事だった。デナンが裏で手を回していたのか、あるいは悪い偶然だったのか、いま確かめるすべはない。


 確かなのは、結界が途切れたことで浮浪児たちの何人かが〈業魔〉の波動に汚染され、ネクロボーンになってしまったということだ。


 親兄弟がネクロボーンに変わってしまったことが原因で”あの子もすでに化物の手先かもしれない”と見捨てられた子供たちがたどる運命としては、あまりに悲しい。


 せめて人間を殺めたり汚染を広げたりする前にそんな運命から解放してやることが、俺にできる唯一のなぐさめだと思う。


 それが”勇者”ハルに求められる役割だというのなら、やってやる。




     *




 人間がネクロボーンになりはてると、その姿は大きく引きゆがむ。


 デナンのように人間の姿を留めたまま〈業魔〉の手先として活動することもできるようだが、そうでもなければ生物としてのかたちが根本から変わってしまう。


 第3通り(サード・ストリート)に取り残された子供たちもまた、もはや人間とは呼べない変異を起こしていた。


 四つんばいになってすばやく壁面に登る能力を身に着けたひとりはまるでトカゲかヤモリのようにしっぽが生え、額に浮かび上がった髑髏面から長い舌ベロが唾液を滴らせながら伸びている。


 もうひとりは背中に球形のこぶ(・・)がいくつも盛り上がり、口から火を吹いた。こぶの中に可燃性の体液を溜め込んだ生きる火炎放射器のようになってしまったらしい。


 別のひとりは身長が倍ほどにもなって全身の皮膚が岩のように硬質化し、かゆみでもあるのか狂ったように身体をかきむしっている。


 いずれももう完全にネクロボーン化していて、元がどんな子だったかを判別するのは難しい。ヒトとしての知性も、おそらくもう残っていないだろう。


 心の表面がざわつく。


 化物を前にした本能的な恐怖。それもある。元人間の子供を殺さなければいけない罪悪感。それもある。だが何よりも、こんなひどい光景をたやすく作り出してしまう〈業魔〉という存在に対する怒りだ。


 俺は粉雪がちらつく空の下、通りに面した建物の屋上に飛び乗ってネクロボーンたちの行動を探った。


 すでに暴れまわった形跡があり、3体の周りには逃げ遅れた仲間や大人の住民──平たく言えばホームレスだ──のぼろ切れのようになった死体がいくつか血まみれで転がっている。


 その他に動くものはいない。


 俺は屋上に転がっていた小玉スイカほどのブロック片を片手で拾い上げ、右肩あたりの流体腱筋を活性化させる。外部フレームがきしむほど腱筋がふくれあがり、力が蓄えられた。


 こいつを。


 まずは鈍重そうな岩石巨人に向けて投げつけた。


 ゴッ、と音を立てて剛速球が側頭部に直撃する。巨人がよろめき、他の二体の注意もそこに向けられた。


 今だ。


 俺は屋上から跳躍し、一気に距離をつめた。舗装にヒビを入れながら路上に着地、反応されるよりも早く手近にいた火吹き小僧に前蹴りを叩き込む。悲鳴を上げて化物は吹っ飛び、通りを挟んで反対側の壁面にぶつかった。


 それを見たトカゲが恐ろしい速さでチョロチョロと走り、俺の背後を取って飛びかかってきた。舌を伸ばして首に巻きつけようとする──俺は右腕を変わりに差し出して首絞めを逃れた。ビチィッと粘つく青黒い舌が前腕に絡みつく。


OMSオーバー・マッスル・スーツを通してもなお締め付けの強さを感じる。首を絞められていたら危ないところだ。


 ちょっと残酷だが容赦をしていられる状況ではない。俺は舌をさらに手繰り寄せ、根元まで抑えると一気に力を込めて引きちぎった。悲鳴とどす濁った血しぶきが吹き出す。


 そのままとどめを刺すべく路上でのたうち回るトカゲの髑髏面をストンプしようとしたが、これは逃げられた。素早い。


「ウォゴオオォォォ!」


 ブロック片の直撃でよろめいていた岩石巨人が吠え猛り、前かがみの姿勢で突っ込んできた。タックルで俺を倒そうという動きだ。


 こちらも装着型重機を着込んだヘビー級の身、力のぶつかり合いとなればどちらが勝つかわからない。


 となれば。


 俺は衝突を避けて垂直に跳んだ。突進してくる岩石巨人を跳び箱の要領で飛び越えて背後に着地を決め、膝の裏側を狙ってつま先で蹴り込んだ。固い感触。本当に岩の塊を蹴っているようだが、効くことは効いた。バランスが崩れ上半身が傾く。


 そこを狙い、俺は見よう見まねで回し蹴りを脚の側面に入れた。いわゆるローキックだ。流体腱筋の活性化で飛躍的にパワーアップされている筋力とOMSの重量が加わったキックなのだから、重い。巨人は追い打ちにさらにバランスを崩してつんのめった。


 そこに体当たりを決める。


 ワン・インチ・パンチと同じやり方で全身の流体腱筋をひとかたまりの大波のように操作し、助走ゼロからいきなりトップスピードでのぶちかましだ。岩石巨人は完全に転倒し、頭から街灯の鉄柱に突っ込んだ。鈍い音とともに鉄柱が折れ曲がり、根元の舗装がめくれ上がる。


 とどめを刺すべく、岩石巨人の髑髏面に一撃を入れようと前に回り込む。


 と、そこに横合いから火炎放射が伸びてきた。


 危ういところでバックステップを踏んだが、輻射熱だけで眉毛が焦げそうだ。まともに浴びたら即死もありえるだろう。


 OMSは防御性能に優れているわけではない。作業用だから補助用外部フレームが組み込まれていて、それを使って受け止めたりすることはできるものの、熱を防ぐことは難しいのだ。あとは流体腱筋を耐衝撃に特化させることで打撃を弱めることくらいか。


 いずれにせよ、中の俺が燃やされたらシャレにならない。


 最優先は火吹き小僧か。


 俺はすばやく路上に落ちていた瓦礫を拾い上げ、全力で投球する。砲丸投げの弾が100キロ以上で飛んでくるようなものだ、直撃すればネクロボーンであろうともダメージを受ける。


 一発は外れ、二発目が背中のこぶに直撃した。皮膚が破れ、ブヂュウッとタールのような体液が噴き出した。


「俺はここだッ! やれるものならやってみろ!」


 挑発。仁王立ちで親指で胸を指す。炎を浴びせてみろと。


 ネクロボーンにそれが伝わるかどうかは賭けだ。精神構造が人間のそれとかけ離れていれば、挑発という概念自体理解できないかもしれない。


 結果として、火吹き小僧は俺に向かって火を吹いた。そして顔まで垂れてきていた燃料体液に引火して、背中のこぶが全部誘爆して巨大な火の玉になった。


 粉雪ちらつく寒空に火柱が立ち上る。


 巻き上がる熱と黒煙の中で、俺は残りのネクロボーンを打ち倒した。


 せめて、炎とともに彼らの魂がヒトとして昇っていけたらいいのにと俺は思った。〈業魔〉の汚染が少しでも浄化されればいいのにと。




     *




 第3通り(サード・ストリート)の掃討が終わり、新たな結界発生装置が作動して侵入警戒警報が解除されたのはその日の夜のことだった。


 生き残りの浮浪児たちと少しだけ話す時間があった。


 彼らは皆、リーダーだったジャルスがどんな風に逝ったかを知りたがった。


 最後まで仲間のことを心配していたことを伝えると、彼らは泣いた。普通のこどものように見えた。


「これからどんな風に生きていくんだろう、あの子たち」


 酷使されて焼き付いたOMSを脱ぎ捨てて飛空船ゾンネンブルーメの船内に戻った俺は、グレナズムにぼんやりと尋ねた。


「この聖域の住民が決めることだろう。いままでのやり方がまずかったことはさすがに気づいただろうしな」


「やっぱ、孤児院とか感化院送りになるのかな」


「……アイレム機関はあくまで〈業魔〉退治が主目的だ。各聖域の行政にまで口は挟まない」


 それはそうなのだろう。


 この飛空船も、もうすぐサンダーヘッド聖域を発つ。アフターケアまで責任取ることはできない。


「それにしても」とグレナズムはにっと笑顔になり、「大活躍だったそうじゃないか、勇者どの。3年の眠りを経てどうなることかと思っていたが、OMSを使いこなすところまで回復したようだ」


「それはまあ、そうかもしれないけど。記憶は相変わらず何にも戻ってないよ」


「思い出せずとも、求められる仕事を果たせるならそれでいい。いまアイレム機関が……この世界が必要としているのはそういうたぐいの人間だ」


 つまり俺は必要とされているということか。


 わずかな時間のうちに精神的にタフな経験を味わうことになったが、グレナズムの言葉は少しはなぐさめになった。


 なぐさめ、か。


 俺は船内の重結界室のドアに目をやった。相変わらずジナイーダは隔離状態にある。


 自由な行動が許されるのがいつになるか、いまだにはっきりしない。


 なぐさめなら、どうせならジナイーダにしてもらいたい。


 と、俺が埒もない妄想をめぐらそうとしたとき。


「すっませーん、遅くなりましたあ!」


 ハッチの方から、聞き覚えのある威勢のいい声が聞こえてきた。


 入ってきたのは、大荷物を背負ったスローネだった。


「あ、ハル! 聞いたよ何かすごい活躍したって」


「え? ま、うん。そうだね」


「マジいったい何者なの? ホントに勇者とか? まあいいや、今日からお世話になるからよろしくね!」


「え?」


「彼女とは正式に契約を結んだ。今日からクルーとして乗船してもらう」とグレナズム。


「そうなの?」


「そ。これであたしもアイレム機関の仲間入りってね」


 スローネは器用に片目をつぶってみせた。


 俺はそれを見て、今度はジナイーダのいる部屋の扉を見て、首をひねった。


 なぜだろう、何か危険な予感がする……。







スローネがなかまにくわわった!

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