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018 人を救う仕事

「片付いたようだな」


 生きている人間以外動くものがいなくなったところを見計らって、グレナズムが言った。


 随伴員ひとり軽傷だけでホールに出現したネクロボーン全種を始末できた。アイレム機関の正規戦闘員に傭兵のスローネさらには”勇者”の俺が加われば、今回のようなケースは切り抜けられるということだろう。


「勇者どの、最初は何事かと思ったがアナタがいなければ我々の全滅もあり得た。感謝する」


「いやあ、まあそれほどでも」


「いったいどういういきさつでこの会場に来たのかは後でじっくり聞かせてもらうとして……」


「うん」


「そちらの女性、もしや”金剛身”のスローネどのでは?」


 グレナズムにそう呼ばれたスローネは、てひひと照れ笑って癖のある銀髪の毛先をいじった。


「ん? 有名人なの?」


「以前からアイレム機関のスカウト名簿に名が載るくらいにはな」


 理解はできる。スローネは強い。怪力の持ち主だがそれだけじゃない。まだ顔を合わせて丸一日も経っていないが、正しい強さとでもいうものを備えているのが何となくわかる。おまけに美人でスタイルがいい。


「ちょうどいい機会だ、我々アイレム機関は慢性的な人手不足でね。おまけにいまは早急に腕の立つ女性を求めている。キミさえ良ければ、傭兵として……できれば専属として契約したいと思っているのだが、どうだろう。契約金は通常の5割増しで出そう」


「アイレム機関と? うーん……」スローネは豊かな胸の前で腕組みして、眉根を寄せた。「仕事の内容次第かな。飛空船に乗るんでしょ、長くなりそう」


「確かに。では詳しい話は一度このホテルを出てから……」


 と、グレナズムがいいかけたとき。


 うねるような警報音が、建物の外からけたたましく鳴り響いた。


 耳に聞こえてくるだけでなく、テレパシーでのアラームとの二重奏だ。


『侵入警報発令、侵入警報発令。現在、〈業魔〉による汚染が聖域内部に進行中です。東B区画、第3通り(サード・ストリート)周辺に侵入警報が発令されました。近隣の住民の移動は制限されます。保安員の指示に従ってください。繰り返します。侵入警報発令……』


 第3通り(サード・ストリート)に〈業魔〉の侵入。


 俺はスローネと顔を見合わせた。


「……結界発生装置が壊れたんだ、このタイミングで!」


「どうしよう、このままじゃあそこの子供たちが本当にネクロボーンになっちゃうじゃん!」


「どういうことだ」グレナズムが苦い顔で言った。「勇者どの、何が起こっている」


「……浮浪児の吹き溜まりになってる第3通り(サード・ストリート)って場所、前から結界発生装置が不調だったんだ。そこが壊れて……」


「〈業魔〉が侵入していると?」


「ああ。このままじゃ子供たちがヤバい」


「……ならば、安心だ」


「安心? そんなこと……」


「我々には勇者どの、アナタがいるではないか」


 俺は口をぽかんとさせた。


 が、すぐに気を取り直した。


「そうか、俺なら〈業魔〉の波動を無視できる!」


 屈伸をひとつふたつ、俺はOMSの流体腱筋を再び活性化させ、ホテルから飛び出した。


 背中にスローネがなにか呼びかけてくるが、いまは聞いていられない。


 あの子たちを。第3通り(サード・ストリート)の子供たちを助けなくては。




     *




 サンダーヘッド聖域の保安員は街の衛兵と警察官の中間のような存在で、自警団とは違い正規の公的組織の一員だという。


 これまで自警団が幅を利かせていたこともあって人員は不足気味で士気もいまひとつらしいが、結界が欠損したという非常事態にあっては抜けたことを言っていられる場合ではない。


 旧サンダーヘッド市全域を包み込む結界にほころびが生じれば、すぐにそれを嗅ぎつけた〈業魔〉が波動を送り込み、中の住民をネクロボーン化させる。汚染された住民は結界内部で他の住民を襲い、殺すかネクロボーン化させて汚染を連鎖させていく。そうなれば聖域を維持している結界が破綻していき、やがては完全に〈業魔〉に乗っ取られてしまうというわけだ。全滅した北端聖域のように。


 自警団のリーダーとして裏で〈業魔〉汚染の手引きをしていたデナンは死んだ。それが引き金となったのか、それともただの偶然か、第3通り(サード・ストリート)の結界発生装置はどうやら機能を停止してしまったらしい。第3通り(サード・ストリート)に逃げ込まざるを得なかった浮浪児たちはいまどうなっているのか──。


 リーダーのジャルスは犯罪に手を染めることを厭わないが、頭は回るし身内は大事にするタイプと見ていいだろう。結界発生装置の故障が起こればすぐに仲間を連れて第3通り(サード・ストリート)を逃げ出している、と信じたい。


 そうでなかったら。


 そうでなかったら、子供たちは〈業魔〉に汚染されもはや人間ではいられなくなっている可能性がある。


 俺は最悪の事態を想像し、走りながら視野が暗くなる感覚に陥った。


 気づいてしまった──もし子供たちがネクロボーンになっていたら、それを討ち果たすのは自分の役目なのだ。




     *




「何だ貴様、侵入警報を聞かなかったのか! ここから先は立入禁止だ!」


 第3通り(サード・ストリート)に向かう道すがら、俺は保安員に呼び止められた。 


 結界が欠けた地域の近くに行くだけで、この世界の人間は〈業魔〉の波動に触れるリスクを背負う。そんな中で市民誘導を行っている保安員には頭が下がる。こういう人が自分の持ち場を守ろうとしていることは正しい。非常時こそ、誰かが遂行しなければいけない職務だからだ。


 だがそういう俺のリスペクトはいま役に立たない。


 俺の目的は第3通り(サード・ストリート)の子供たちであり、現場に子供が残されていないか確認することだ。


「俺はアイレム機関の一員だ! この先の住人はもう避難完了しているのか?」


 俺は作業用OMSを着込んだ自分の姿が客観的にどう見られているかあえて考えず、保安員に告げた。


「ア、アイレム機関だって? そんな話は聞いていないぞ」


「いいから! 逃げ遅れた住人はいるのか、いないのか!?」


「確認中だ! だがもう近づけない……汚染の広がりを抑え込む魔法使いが展開するまでは手の出しようがないんだ!」


「……そうか」俺は下唇を噛み、3秒考え込んでから、「重要な任務でこの先に行かないといけない! 通してくれ!」


「なんだって!? 生身で近づけば汚染されるぞ!」


「重要な任務だからね! 安心して、携帯用結界発生装置は持ってる」


 もちろんウソだ。霊学異性体である俺の肉体と精神は〈業魔〉の波動の影響を受けない。だがそんなことを一から説明しているヒマはない。


「待て、いま確認する……クソ、汚染の影響で通信機が使えん!」


「じゃ、ヤバくなったら逃げたほうがいいよ!」


「え? おい待て!」


 待っていられない。俺はOMSの流体腱筋をフル活性化させ、弾けるようにその場からジャンプした。民家の屋根を飛び越えるほどの高さと距離で保安員を振り切ると、俺は一直線に第3通り(サード・ストリート)へと向かった。




     *




 はじめは財布をスられたのを追いかけて入っていった場所だった。


 挙げ句、首にナイフを突きつけられて脅されて、俺がアイレム機関の関係者でなかったら今頃どうなっていたかわかったものじゃない。


 いくら親兄弟がネクロボーン化して浮浪児にならざるを得なかったとはいえ、犯罪で暮らしていく子供たちを全面的に肯定するのは、平凡な日本人のメンタリティと倫理観を持っている俺にとっては難しい。


 だが、それでも──。


 たとえあの子たちがどれだけ汚れて堕ちていようと、〈業魔〉の波動にさらされて化物にされるほどの罪を負っているとは思えない。


 善悪や法律の話なら人間社会の中で裁かれるなり立ち直るなりすればいい。


 化物にされて他の人間を食い殺したり、あるいは殺されたりなんてことはもっての外だ。


 俺はあの子たちを救う。


 あの子たちが人間だからだ。


 だから──。


「まだ人間でいてくれよ……!」


 結界のほころびから外気と悪意がなだれ込む第3通り(サード・ストリート)の只中で、俺は周囲をぐるりと睨んだ。


 あの子たちがいるとすれば、どこだろう?


 俺が連れて行かれた集会場のような場所か。


「誰かいないか!? いたら返事をしてくれ!!」


 こんなことなら拡声器か何かを借りてくればよかった。後悔しながら声を張り上げる。冬の風が吹き込んで、冷気が肺にしみた。


 誰もいない。


 誰もいないならそれでいい。ジャルスに率いられ、全員が逃げおおせているならそれに越したことはない。


 だが万が一にも誰かが残っていたら……。


「……アンタ、何でこんなところに」


 痰が絡んだようなひどく聞き取りにくい声がした。ぞわりと鳥肌が立った──その声は、あのよれた紙巻たばこを吸っていたジャルスのものだ。


「どこにいる!」


「……こっちだ」


 ジャルスの声は、第3通り(サード・ストリート)に点々としている掘っ立て小屋から聞こえた。滑り込むようにして出入り口代わりのカーテンを開くと、いた。頭から血を流し、片目がふさがっている状態でジャルスが身体を横たえていた。


「大丈夫か……? ここにはキミだけ? 他の子たちは……」


「大丈夫……なわけねえよ……やられちまった、まさかこんな突然結界が破れるなんてな」


「ぐ……」俺はこみ上げるものをこらえ、「デ……デナンは、片付いたよ。きっちりとね」


「へへ、そうか……そりゃ良かった。アンタに頼んで正解だったぜ……」


 と、そこまで言ってジャルスは咳き込んだ。鼻と口から血がこぼれ落ちる。見れば、掘っ立て小屋の床はすでに血溜まりができていた。


「ゲホッ……でも、ちょっと遅かったかなァ……」


「ごめん……」


「マァいいや、最後にもういっちょ、たのみが……ある……」


「たのみ……なんだ?」


「ドジっちまってよォ、オレらのうち半分は第3通り(サード・ストリート)に取り残されちまって……」


「……ああ」


 ずしりと無力感がのしかかってきた。流体腱筋でも支えられない虚無の重みだ。


「のこされた、連中は……ゲホッ……へへ、バケモノになっちまった……せめて心が人間のうちに……楽にしてやろうとしたが……返り討ちにあってこのザマってなァ……ゲブッ」


 握りこぶしほどもある血の塊が、ジャルスの口から吐き出された。


「もういい、わかった。それ以上喋らなくていい……」


「……あとな」


「ああ」


「……オレも、なっちまった」


「……ああ」


 ジャルスの下半身はすでに巨大なイカのような白い触腕の群れに変異していた。


 その一本が、俺を狙って鞭のようにしなった。


 俺は空中でその触腕を掴み取り、握りつぶした。


「わかった。俺に任せてくれ」


 返事はなかった。


 ジャルスの胸骨を突き破るようにして浮き出た髑髏面に惜別の一撃を叩き込むと、俺はOMSの流体腱筋をパンプアップさせた。


 後始末をしなければいけない。







2章クライマックス!

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