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016 侵略戦争

 目指すのはデナンの首。


 いまはアイレム機関の地元協力者として会合に参加していると思われる。


 会合の場所は調べればすぐにわかった。発着場前大通りを抜けた場所にあるホテルのホールだ。


「どいたどいたぁ! 危ないから道開けて!」


 人であふれる大通りを、先導するスローネがかき分けていく。ぴったりとタイトなレザーに包まれたおしりのラインについつい目を奪われつつ、俺はその後を追った。前から見れば、きっと大きな胸が躍動感たっぷりに揺れていることだろう。俺は勇者なのかもしれないが聖人君子ではないのでそのくらいの反応は勘弁していただきたい。


 OMSオーバー・マッスル・スーツを身に着けているいまの俺の動きは俊敏で、歩幅も広い。走っていてもほとんど疲れを感じない。自分が動いているのか、脚の流体腱筋に動かされているのか区別がつかなくなる。


 なぜこんな風に自分がスーツとなじんでいるのか、説明を聞いてもわからない。でもOMSとシンクロしている時の、体中が自由に自分の思い通りになる感覚は好きだ。


 やれる気がするからだ──いまの俺がやらなければならないことを。




     *




 隻眼の飛空船船長、グレナズムは辟易としていた。


 サンダーヘッド聖域におけるアイレム機関の協力者との会合という名目で引き合わされた、当の協力者に対して。


 自警団を自称する彼らが立場を利用したチンピラまがいであろうことは、熟練の戦闘指揮官であるグレナズムとってはすぐに見分けがつくことだった。そういう手合いは皆無ではない。地上に残された聖域のいくつかは、人類がすがりつき生きていく寄る辺となる場所にしては欲望と下世話に満ちすぎている。サンダーヘッドも、残念ながらその中の一つだ。


 だがそれもまた人間の本性というのなら、それも含めて守らねばならない──アイレム機関に属する者として、グレナズムは高い理念と使命感を持っていた。


 そうだとしても。


 かつて失った左目の奥がにぶく疼いた。


 この男──デナンと言ったか──妙に引っかかる。


 表情、口調、仕草、目の色、におい。


 すべてにうっすらとノイズがかかっているような不快感があった。


 この手の人物は、グレナズムの経験上しばしばすでに人間ではなかったりするが、こういった会合の場で正面切ってネクロボーンの嫌疑をぶつけるのは難しい。それが外れだったときはもちろん、疑いをかけること自体が相手に大きな侮辱を与えることになるからだ。調査行為が問題に発展すればアイレム機関全体に悪影響となる。人類を〈業魔〉の魔手から守ろうとしている機関とはいえ、その活動を支えているのはスポンサーの財力であるという側面は否定できないからだ。


「……この街の浮浪児どもは徒党を組んで犯罪行為を繰り返していますのでェ。〈業魔〉はヒトの弱いところに忍び寄る……あのガキ、いや失礼、浮浪児は一掃すべきだと考えますのでェ」


 顔がパンパンに膨れ上がった肥満体の男、デナンはそう言って、盃をあおった。口の端から雫がこぼれ、シャツにしみを作るがお構いなしだ。


「くひひっ、ネクロボーン化の可能性のある危険分子はまとめてひと所に押し込めて、騒ぎを起こせば即! 拘束するのでェ、被害が外に広がらないわけですのでェ。聖域の安全は保たれる寸法です」


「……しかしそれでは子供たちにあまりに救いがない。無実の子供も当然混じっているのでしょう。可能性があるからといってそのようなやり方を続けていては……」


「そんな甘い考え!」デナンは吐き捨てた。「ガキどもはどいつもこいつも汚れているのでェ。実際わたしが、わたしたち自警団が見張っているからこその平和ですのでェ? アイレム機関におかれては、我々自警団の方針を今後も支持していただくよう、お墨付きをいただきたいのでェ」


「しかしですな……」


「当然これまで以上の支援金は弾みますのでェ、ここはんでいただきたい!」


「む……」


 グレナズムは苦みばしった顔で押し黙った。


 デナンという男がなんのために浮浪児への規制を正当化しようとしているのかわからない。


 その芯に良からぬものを感じざるを得ない。


 一方で、サンダーヘッドの治安を守る自警団との連携そして支援は必要不可欠だというのも事実だ。実際、今回の補給も自警団からの援助によるところが大きい。


 アイレム機関は小さくない組織だが、それでもいまの寸断された世界のすべてを守りきるだけの手の長さはない。サンダーヘッド聖域が独自のやり方で治安を保てるというのならそれに任せた方が、少なくともコスト面では正解だろう。


「……やむを得ませんな」


 グレナズムは、デナンの提案を肯定しようとして──。


「その話、ちょっと待った!!」


 両開きの扉が開け放たれ、大声がホール全体に響き渡った。


 逆光の中、見えたシルエットは肩で息をする銀髪の女と、OMSを着込んだ男──勇者ハルであった。




     *




「ゆ……勇者どの!? これはいったい……?」


 グレナズムが困惑の眼差しで俺を見た。装着型重機に身を包んでホテルに乗り込めばそういうリアクションにもなるだろう。


 俺はグレナズムへの説明を後回しにし、小声でスローネに列席者の内どいつが標的のデナンか尋ねた。


「あそこで固まってる水ぶくれデブ。アイツがデナンだよ」


 ずっと走って先導してくれたスローネはさすがに呼吸が乱れていた。


「わかった。グレナズム! 隣りにいるそいつはネクロボーンだ!」


 会場全体が一瞬凍りついた。


「な……何をバカなことを! わたしはアイレム機関の協力者ですぜェ? ネクロボーンが〈業魔〉退治の組織に協力するのでェ? おかしいでしょう、いきなりそんな言いがかりを!」


 デナンの反論は理にかなっている。


 いまこの場に、俺は奴がネクロボーンであることの決定的証拠と呼びうるモノを持っていない。突きつけるべきものもなく乗り込んでいきなり犯人扱いは、これがまっとうな推理モノの筋立てなら失格だ。せいぜいスローネが知る、”デナンが浮浪児を食い殺した”という証言がある程度で裏付けはない。


「何者か知らんが、無礼にも程がある! ここからつまみ出……」


「何者か教えてやる」


 俺はOMSに脚力を要求し、流体腱筋はそれに忠実に答えた。ホールの入口から15メートル以上の距離をひとっ飛びし、テーブルと椅子を蹴倒してデナンの眼前に着地した。


「俺がわかるか? スーツをこんな風に扱える人間が他にいるのか?」


「な、なに……?」


「知らないのか? 忘れているのか? どっちなんだ。勇者の名を聞いたことはあるか?」


「勇者だとォ!?」デナンの声が裏返った。「バカなことを、勇者なら死んだはずだ! ありえない、そんなはずが……」


「そうだ。あれから何年経った? 誰に殺された?」


「3年前にわれわれが……ハッ!?」


「オーケー、それが答えか」


 俺はデナンの顔面を、OMSのリミットギリギリまでパワーを引き出してぶん殴った。


 デナンは身体が2回転するほどすっ飛んで、ホールの壁に激突した。


 あちこちから悲鳴が上がる。常人なら死んでいておかしくない殴打だが、デナンは己がそうでないことを証明するようによろよろと立ち上がった。鼻と口から血と砕けた歯を噴き出しつつ、壁沿いに出口へと動こうとした。


「グレナズム! グレナズム!!」俺は呆然としているグレナズムの名を呼んで、「この会場にほかにもネクロボーンになってる人間がいるかも知れない! 全員拘束してくれ! 早く!」


 俺の叫びに我に返ったグレナズムは、随伴の戦闘要員に指示をだした。この程度のアクシデントで動けなくなるようなやわな男ではないことがわかり、俺は安心した。安心してデナンをぶん殴りに行ける。


「でェ……ひゃんでェひょんはことに……!」


 血まみれの歯を吐き出しながらふがふがとうめくデナンのもとに、俺は再び大ジャンプして間合いを詰めた。


「ひぎ……きひゃまッ!」


 デナンは血のあぶくを飛ばしつつ、懐から拳銃を抜いて俺に銃口を向けた。


 それにあわせて左の裏拳で手首を弾き飛ばす。暴発し、弾が天井に食い込むが俺はそれを無視してさらに一歩間合いを詰め、前蹴りを突き出した。スーツの自重が加わった高速のキックだ。バキバキとおぞましい音を立て、胸骨を正面からへし折る。


 人間相手ならやりすぎかもしれない。


 だが敵はネクロボーンだ。


 手加減はできないし、元よりそんな余裕はない。


「わ……わたひは……サンダーヘッドの自警団だひょ……こんひゃマネが許されるとでも……」


「しつっこいなあ」


 いつの間にかすぐ近くまで来ていたスローネが、ジャケットの内側に吊るしている小型ショットガンを抜いてデナンの血まみれの顔面に銃口を向けた。


「いつまで人間のフリすんの」


 冷淡に引き金が引かれ、撃ち出された無数の金属粒がデナンの頭を吹き飛ばした。


 デナンの肥満体はやや遅れて膝から崩れ落ち、下あごだけが残った残骸から血が幾筋も噴き出した。


 その赤い血はすぐにどす黒くなり、死体となった肉の塊がぶるぶる震えだし、そして新たな活動力が目覚めた。


 死体が再構築されて生まれる、この世界の当たり前の生命とは軸の異なる化物。


〈業魔〉の手先、ネクロボーンがその姿を現した。







ここは勢いで!

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