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014 ヤバい女

 ワケあり浮浪児たちのリーダー、ジャルスが持ちかけてきた俺への頼みごと。それは殺しの依頼だった──。


 俺はゴクリとつばを飲み込み、喉元に手をやった。ナイフを押し付けられたところに薄く切り傷ができている。


「ちょ……っと待ってよ」


「あン?」


「俺は君らにあっさり捕まるような普通の人間だよ? 人殺しなんて、そんなの無理、いや無茶だよ。頼むんならもっとデキる相手に頼んだ方が……」


「でもアンタ、アイレム機関なんだろ?」


「うん……」


「アンタ自身がどうこうってんじゃないんだ、でもアイレム機関なら……アイツを、デナンをなんとかできるはずだ」


 ジャルスの表情に苦悩の色が浮かんだ。


 アイレム機関ならなんとかできるっていうのはどういう意味だろうか。そもそも機関がどういう存在なのか、俺は全貌をよくわかっていない。確かなのは〈業魔〉と戦うための組織だということくらいだ。


「デナンはここいらの自警団を仕切ってる男だ。自警団つっても、デカい顔して武器を持ってうろついてるチンピラと変わんねえ。露店からワイロもらったり浮浪者を痛めつけたりするのが連中の日課だ。そんでデナンはオレたち第3通り(サード・ストリート)のことを目の敵にしてる」


「なんで?」


「言ったろ、オレたちは親兄弟とかがネクロボーンになって、オレたち自身も〈業魔〉に汚染されているんじゃないかって疑いをかけられたような子供の集まりだ。デナンはそのことで普段から吹いて回ってるんだ、あんなガキどもはとっとと始末するべきだ、そうすればこの聖域はもっと安全になる、ってな」


 今度は俺が眉をひそめる番だった。ひどい話だ。


「それだけならまだよかった……いやよくはねえけど、もっとデカい問題がある」


「問題?」


「ここいら一帯の結界が弱まってきてるんだ。装置のメンテをしなきゃ、長くもちそうにない。でもオレたちが早く直してくれなんていくら騒いでもムダだ。ネクロボーンかも知れないガキどもなんて後回しにしておけばいい、ってな。フザケてるぜ、もし本当に結界が欠けちまったら、そんときゃマジでネクロボーンになっちまう」


「それってこの通り(ストリート)を……君らを見殺しにする気ってことか?」


 ジャルスは無言で俺の目をじっと見つめた。何かを試すように。


 俺は混乱した。何だこの話は。ここは聖域サンクチュアリ、人類が〈業魔〉の波動から逃れて生きていける限られた生存可能領域のはずだ。その聖域の中で人間の醜い面をあらわにして、子供を平気で見殺しにしようとしている? そんなことが許されるのか。


「……アイレム機関ならなんとかできる、って言ったね」俺はジャルスの目を見つめ返し、言った。「それってどういう意味?」


 ジャルスはうなずいて、ポケットから紙切れを取り出し、俺に手渡した。簡単な地図にメモ書き。


「アンタに会ってほしい人がいる。女だ」


「女?」


「大人だけど信用できる。名前はスローネ。傭兵だ」


「……俺にどうしろって?」


「デナンの秘密を知っている」


「秘密……?」


「奴は、デナンは……ネクロボーンだ」




     *




 ひとつの選択肢として、飛空船ゾンネンブルーメに戻ってグレナズムに洗いざらい話をして、正式にアイレム機関の協力を仰ぐという手もあったが、この時の俺はそれを採用しなかった。


 自分ひとりでなんとかしてみせるという、つまらない色気がまったくなかったかというと嘘になる。


 でもジャルスたちの身の上に降り掛かっている強烈な理不尽をどうにかしてやりたいという気持ちは本心だ。俺は自分自身でそう信じている。


 浮浪児たちの拠点である第3通り(サード・ストリート)を離れ、俺はサンダーヘッド聖域の商業区画に向かった。


 飛空船発着場エアポート前大通りの雑多な露天商よりはずっと洗練されていて、日用品から宝飾品、大型魔導機械(メイジマキナ)まで驚くほど多彩な商品が並んでいた。


 その中心から少し外れると食堂や酒場、いかがわしそうな店、さらに進むとはっきりと風俗店やら売春宿が目につくようになる。


 どうも俺は聖域サンクチュアリという名前の印象に引きずられて、もっと清廉な空間をイメージしていたようだ。人類の生き残りが結界に守られ、互いに手を取り合ってひっそり静かに生きているような、そんな場所を。


 でもよく考えれば世界が滅びそうだとはいえ滅びるまでは生きていかないといけないのだし、生きていれば欲望を満たさないとやっていけないというのは当然のことかもしれない。つまりはそれも、この世界の人々の生命力の表れなのだろう。


 だとしたらその営みを踏みにじろうとする力を排除するのが”勇者”の役割ではないか、そんなふうにも思った。


 俺は手元の紙切れに目を落とし、周囲の風景と見比べる。


 四ツ辻のそこここに売春婦が客引きしているのが目につく。さすがに居心地の悪さを感じた。これじゃ地図を片手に女を買おうとしているガキにしか見えない。


 いやらしい身体をほとんど下着に近い服で包んだ商売女を横目に、俺は地図に描かれた建物に入っていった。




     *




 場末感のある酒場の2階。目的の女はそこの一室に住んでいるらしい。


 気を抜くと、何で俺はこんなところにいるのだろうと考えてしまって気持ちが引っ込んでいく。ここはしっかりと気を引き締めて、あのストリート・チルドレンたちを多少なりとも手助けしてやらなくては。


 意を決して玄関のドアをノックしようとしたそのとき。


 隣の部屋からガラスが割れる音がして、悲鳴と怒鳴り声が聞こえてきた。大人の言い争う声、子供の泣き声、家具や食器の壊れる音。いやな想像を駆り立てられる。不和と家庭内暴力の象徴のような騒音だ。


 俺は戸惑った──よけいなことに関わっている場合ではないのは百も承知だが、我関せずを決め込むほど冷淡ではいられない。何か物事が少しはマシになるやり方はないか、と俺は考えをめぐらそうとした。


 と、いきなり目の前のドアがバタンと開いた。


 俺は勢いよく開いたドアに弾かれて、その場に尻もちをつかされた。


 何事かと目をしばたかせる俺の目の前に、ぬっと脚が突き出された。むき出しの太もも、白いすね、引き締まった曲線。


 見上げると、そこに女がいた。


 癖のある銀髪──プラチナブロンドというやつだろうか──に、おそらく寝起きの不機嫌そうな半眼。タンクトップに、下は下着一枚だけという姿の。


 その女はふんーっと鼻息を長く吐き出すと、そのまま玄関を出て隣の部屋にずかずかと駆け寄った。裸足のままだ。


「お隣さーん、ちょっとお隣さーん?」無遠慮にドカドカとノックをし、「聞いてますー? 開けてもらえますかー?」


「うるせえ! いま取り込み中だ!」


 部屋の中から男の声がして、見えない緊迫感が対峙した。ドアは開かれず、中からは子供の泣き声が漏れ聞こえる。


 俺が尻餅をついたまま立ち上がるタイミングを逸していると、さらに数度の押し問答の末、女が意外な行動に出た。


「開けろって言ってんでしょうがー!」


 ドアノブをひっつかむと、そのまま力を込めて握りしめ、力まかせにドアを引っ剥がした。信じられない。ベキベキとものすごい音がして、鍵がかかっていることなど関係なく、ドアが歪んで蝶番のところから引きちぎられた。


 あっけにとられて見ていた俺の鼻先にドアの残骸が投げ捨てられ、銀髪の女はズカズカと部屋の中に乗り込んでいった。


 そして巻き起こる悲鳴、いや絶叫。


 窓ガラスが割れる音がしたかと思ったら、部屋の中から男がひとり、鼻血やら何やらを垂らしながらほうほうのていで外へと逃げ出していった。


 あとに残されたのは顔にアザを作った母親と子供、そしてふんーっと鼻息荒くする銀髪の女。


 何なんだ、この展開は……?




     *




 男は部屋に住んでいた母親の別れた元亭主で、典型的な酒乱の暴力夫だった。


 隣に住んでいたスローネは度々この一家の騒動を目撃し、腹に据えかねていたという。


 だからといってドアを引きちぎって上がり込んで、亭主をぶん投げて追い払うというのは、どうであろう。


「細かいことはいいんだよ。あのまま放っておいたらどうせひどいことになるんだし。ここらでケリを付けておいたほうがいいんだ」


 そういって銀髪の女、スローネは腕組みして胸をそらした。場所は彼女が借りている部屋の階下にある場末の酒場だ。さすがにいまはタンクトップとパンツ一枚ではなく服を身に着けているが、全体的に体の線が出る服装で俺は少しどぎまぎしていた。この女、すごくスタイルがいいのだ。


「んで、あたしに何の用? 仕事の依頼ならいまは忙しくてさァ」


 癖っ毛の銀髪を手ぐしで整えながら、スローネは無遠慮にあくびを一つもらした。


「えっと、第3通り(サード・ストリート)のジャルスってリーダーのことは?」


「ジャルス? あの子の使いってこと?」


「うん……まあね。俺、アイレム機関の関係者なんだ、一応」


 そう言った途端、スローネはがばっと俺に覆いかぶさるようにして詰め寄ってきた。


「ついに来たんだね、チャンスが」


「チャ、チャンスって」


「デナンだ。アイツを……消す」


 俺はスローネのギラつく瞳から目をそらそうとして、彼女の胸元に視線をやって、思わずそこに釘付けになった。襟元から谷間が覗いている。


「でっけ……あ、いや、ジャルスもそう言ってたけど、その……本当にやるの?」


「ああ。アイツは正体を隠している。自警団のフリをしてるけど、なってるんだよ。ネクロボーンに」


「人間のフリをする……そんなことできるんだ?」


「しっぽをつかませない。気味が悪いほど慎重に動く。でも偶然、浮浪児あのこたちのひとりが目撃した」


「何を……?」


 ヒトを食ってるところを──スローネはそう言って、奥歯をギリッと噛み締めた。

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