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011 3年前

 ゾンネンブルーメはアイレム機関が所有する大型飛行機械だ。


 この世界は魔法によって成り立っているが機械が存在しないわけではなく、むしろ魔法の力を利用した機械がポピュラーな存在でそれらは魔導機械メイジマキナと呼ばれている。ゾンネンブルーメは空飛ぶ魔導機械船というわけだ。


 燃料霊液で発動する4基のティルトローターと、浮遊気嚢によって飛行する巨大な急須、というのが俺の見たままのイメージだ。


 なぜ急須なのかといえば、注ぎ口みたいな船首があってタンクみたいにずんぐりした船体があって、持ち手みたいな船尾があるのだからしょうがない。


 もっとわかりやすく言うとすごく大きなヘリコプター、というところだろう。


 おそらく20人を超える乗組員を乗せても問題ないくらいの大きさで、乗せるといっても単に輸送するだけじゃなく寝泊まりできるだけのスペースがある。生活の場になっているのだから、潜水艦とか遠洋漁業船が空を飛んでいるようなものだろうか。


 船体の各所には結界発生装置が設置され、飛行中に〈業魔〉の波動を浴びることがあっても乗員がネクロボーン化することがないように留意されている。いわば浮かぶ聖域だ。


 さらに船体を包み隠す”霊学迷彩”という、ちょっと説明を受けても理解できない装備もある。北端の雪原でネクロボーンの群れに囲まれた時にゾンネンブルーメは前触れもなく突然現れたが、そのとき使っていたのが霊学迷彩だ。魔法の力で見えなくなり、聞こえなくなるという効果で、ごく近距離まで近づいても気配をほとんど感じ取れないというわけだ。


 おまけに軍用OMSオーバー・マッスル・スーツを始めとした武装も積んでいるし、魔法使いも複数人搭乗しているという。


 比較対象がないのであくまで憶測だが、この船はものすごい戦力を保持しているのではないか。


 そんな船が、なんのために北端を飛んでいたのか……。


「そりゃあもちろん勇者どの、アナタの救出に向かうためだ」


 アイレム機関に所属する戦闘指揮官、そしてゾンネンブルーメの船長でもあるグレナズムは当たり前のことを聞くなという顔でそう言った。


「我々アイレム機関は北端聖域に眠れる勇者どのを秘密裏にかくまっていた。そこの結界が破られたとの報が入り、我々が派遣されたというわけだ」


「かくまっていた?」


「そうだ。何も覚えていないと聞いたが、やはりまだ思い出せないのかね」


「……まるっきり」


「そうか。では説明しよう」グレナズムはカツカツと踵を鳴らし、作戦を指示するときに使うのであろうホワイトボードの前に立った。「勇者どの、アナタは3年前深刻なケガを負った。〈業魔〉との戦いにおける負傷といわれている」


「いわれている?」


「目撃者のほとんどが死ぬか廃人かネクロボーンになっていてな。当事者、つまりアナタ自身も傷が深すぎたために治療を中断され……魔法による一種のコールドスリープ状態におかれたので、どういう状況だったのか今もって判然としない」


 何かつながった気がする。大ケガを負って、魔法でも治せる見込みがなく、仕方なくコールドスリープ処置をされた。そして北端聖域の奥で3年ほど眠り続けていて、目を覚ましたら記憶を失っていた──そんなところだろうか。


「私の認識もおおむねそんなところだ。アイレム機関の公式見解、という意味だが」


「そういえばそのアイレム機関っていうのは? アイレムって、確か〈方舟〉を造ったとかいう……」


「義人アイレム。そう、アイレム機関は〈方舟〉を造り地獄を封印しようとした預言者の名を取ってつけられた。かの預言者が成せなかった使命を引き継いで、〈方舟〉を奪還し地獄を……〈業魔〉をこの世から一掃することを目的とした組織だ。勇者どのをあらゆる面でサポートし、共闘していた。そもそも異世界からアナタを召喚したのもアイレム機関だ」


「どういう基準で俺が召喚されたんですか」


 グレナズムは軽く首をかしげ、「機関に所属する魔法使いに聞いてくれ。連中のものさしは何かと小難しい。彼らの理屈では勇者がアナタである理由があるのだろう。実際、アナタの活躍は敬意をもって”勇者”と呼ばれるにふさわしいものだったわけで……その判断は間違ってはいないということになる」


 そう言われてもピンとこないのはやはり記憶がないからだ。身に覚えがない過去の行いをみんなして褒めそやすが、戸惑うばかりだった。


「事実として、間近に迫っていた〈方舟〉奪還作戦の実行が勇者どのの不在でいったん白紙に戻る程度には我々アイレム機関の……いや、人類すべての要ではあったのだよ」


 俺は思わず顔をひきつらせていた。


 いくらなんでも持ち上げ過ぎじゃないのか。


 いったい何者なんだ、3年前の俺は?


「何にせよ、再び機関に迎え入れることができて光栄だ、勇者どの」


 グレナズムは表情を引き締め、俺に握手を求めてきた。力強い手だった。軍人の、戦う男の手というやつだろうか。


「2時間後にはサンダーヘッド聖域に到着する。いましばらくは空の旅を楽しんでくれ」


「でもこの船、外の風景全然見えませんけど」


「仕方あるまい、霊学迷彩を常時展開していればこそ〈業魔〉の目を逃れることができるのだ」


「いるんですか、空にも?」


「いる。奴らはあまねく存在する。聖域サンクチュアリの外では水も空気も我らの味方ではない」


 目に見えない病原菌のような〈業魔〉が空中にうじゃうじゃと漂っている映像が頭に浮かび、気分がしおれた。


「……それで、ジナイーダはどうなったんです」俺はなるべくそっけない態度を装いつつ切り出した。「もういいかげん、検査も終わったんじゃ?」


「……」


 グレナズムは唇を横一文字に引き結んで、沈黙した。


「どういうことなんですか? まさかジナイーダがネクロボーンだとかそういう冗談は勘弁して下さいよ」


「……その可能性はゼロではない」


「な」俺は思わず立ち上がった。「そんなわけないでしょ!? 彼女は魔法使いですよ? 自力で結界を作れるのにネクロボーン化なんてするわけが」


「ないとは限らない。結界はそれを上回る出力の〈業魔〉の波動を受ければ破られることもある。魔法使いであることは絶対に安全だということを意味しない」


「そんな……!」


「彼女は……”魔女”なのだよ、勇者どの」


 魔女。俺はそれがどうしたという目でグレナズムを睨みつけた。女魔法使いの異名として特に変だとは感じない。


「そうではない……勇者どの、アナタは忘れているのだ」


「何を」


「アナタがコールドスリープを必要とするほどのケガを負ったのは彼女を助けるためだ。〈業魔〉に捕らえられた彼女を」


「〈業魔〉に……捕らえられた?」


「通常、ネクロボーンは捕虜や人質を取ることはない。殺すか同化するのみだ。連中は地獄より生まれた化物、狂気の産物で、相互理解とは無縁なはずだ」


 だが彼女は囚われの身になった──とグレナズムは遠い目をした。




     *




 ジナイーダは人質となり、〈業魔〉はあたかも公開処刑を行うかのようにアピールをした。〈方舟〉から思念波を送りつけ、その様子を全世界に同時中継してみせた。『解放してほしければひとりで来い』というメッセージまで添えて。


 勇者ハルは──つまり3年前の俺は、そのどう考えても罠以外の何物でもない要求に単身飛び込んだのだという。


 話を聞いただけの俺でさえそんなもの罠に決まっていると思う。と同時に、ジナイーダのためなら罠であろうと助けに行くのも理解できる。想像だが、3年前の俺はいまの俺よりもジナイーダとずっと親密だったはずだ。となれば絶対、何があっても助けに行くだろう。3年前の俺を、いまの俺は支持する。


 そして──結果として俺は瀕死の重傷を負い、コールドスリープさせられるに至った。


 その裏でジナイーダは解放されたらしい。


 しかし実際にどのようにして自由の身になったのか、詳しくわかる者がいない。目撃者はほとんどが死ぬか廃人かネクロボーンと化したからだ。


 だから、ジナイーダは疑いの目で見られることになったのだそうだ。


 勇者のパートナーとしてそばにいたはずの女魔法使いは、人類の敵に改造されたかもしれないという疑念を拭い去れないまま、いつしか”魔女”と呼ばれるようになった。


 魔女ジナイーダ。それは決して名誉ある異名ではなかった。


 アイレム機関の監視下に置かれ、軟禁状態にあった彼女が、いったいどうやって北端聖域で目を覚ました俺のピンチに駆けつけたのか。


 俺には想像がつく。そして事実もほぼ同じだった。


 つまり。


 俺の目覚めを感知したジナイーダは、監視をぶっちぎってテレポートで単身北端聖域に乗り込み、他の何よりも優先して俺のことを助けに来てくれたのだ。


 俺は──。


 はやく彼女に会いたい。


 




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