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010 飛空船

 突如として北端の地の凍える空に現れた大型飛行機械。


 俺だけでなく、俺を押さえつけてなぶっていた数体のネクロボーンたちもその動きを止め、呆気にとられているようだった。


 と、飛行機械の高度が下がった。着陸する気だ。


 下部ハッチが開き、中から人影が見え、着陸と同時に凍った地面に降り立った。


 OMSオーバー・マッスル・スーツだ。


 しかも全身を装甲されたタイプ。まるで大きな甲冑だ。その手にはごつい銃が握られているのが遠目にもわかった。俺が着ているスーツが土木作業用なら向こうは軍用、戦闘用といったところだろう。


 そんなスーツが合わせて4人。


 一見鈍重な彼らは、しかし驚きの運動性を見せて散開し、それぞれが手にした銃でネクロボーンを撃った。


 銃口が火を吹くたびに俺を押さえつける圧力が軽くなった。一体また一体と銃弾を浴び、血の雨が雪原に降った。


「シャギャアアァァ!」


 テナガイエティたちもただ射殺されるのを待つばかりではない。


 長い手足を活かした素早い動きで甲冑に飛びかかった。


 殺し合いが始まった。




     *




 軍用OMSを着ていた4人は”アイレム機関”と呼ばれる組織に所属する戦闘要員だった。


 要するにプロだ。


 その戦闘技術が、記憶を失って目を覚ました俺より上だったからといって不思議ではない。


 とはいえそのプロといえど、流体腱筋に限界を超えたパワーを出させることはできないのだから、実際に戦ってみなければどちらが強いかわからない。


「試してみるかね?」白髪頭にアイパッチの初老の男が、見透かしたように言った。「君が本当にかの”勇者ハル”であるなら、ぜひ戦い方を指南していただきたいところだ」


 男の名はグレナズム。アイレム機関の戦闘指揮官で、飛空船”ゾンネンブルーメ”の船長を兼任しているのだそうだ。


 いかにも軍人然とした人物だと思う──俺の記憶が残っている範囲では軍人の知り合いはいないので、想像でしかないが。


「……遠慮しておきます。それより、まだ調査は終わらないんですか」


 ネクロボーンの群れが片付いたあと、俺たちは”ゾンネンブルーメ”に招かれた。正確には、招かれたのは俺だけで、ジナイーダと北端聖域最後の生き残りの男は引っ立てられ、連行された。


 俺はその様子に頭にきて、ひと暴れすることも辞さないつもりだった。


 だけどゾンネンブルーメの乗組員からしてみれば、屋外に生身を晒した人間はネクロボーン化している可能性があるわけで、危険因子だ。ゾンネンブルーメにうかつに搭乗させて〈業魔〉の波動に汚染されるようなことになれば目も当てられない、というのも理解できる。


 だから連行された二人は本当にまだ人間かどうかを念入りに調べられることになったのだが……。


「彼女に会いたいかね?」


 グレナズムが少々顔をしかめながら言った。


「そりゃあまあ」


「どうして」


「どうしてって……ジナイーダがいなかったら俺、凍死するか化物に食い殺されて死んでました。命の恩人ですから」


「命の恩人、ねえ。それだけかい?」


「……いけませんか」


「いけないということはないが。他になにかないのかい」


 そう言われて、俺は口ごもった。ジナイーダは俺が失った”勇者”時代の俺のことを知っている。たぶんだけど、その頃にジナイーダとの間で何かあったんだと思う。具体的には何もわからないが、おそらく互いに想いを寄せ合うような。だからジナイーダは俺にとても好意的で──キスまでされた。


 逆に、いまの俺自身は彼女のことをよく知らない。でも俺は命を救ってくれたジナイーダに特別な感情を抱いている。失われた記憶がどうであれ、現在の俺にとって彼女は特別だ。


 と、そんな情緒面の理由を会ったばかりのグレナズムに説明するのは気が引けた。悪人とは思えないが、信用できるかどうかわからないし、それ以上に、単純に気恥ずかしい。


「まあいい、そろそろ出発だ」


「出発? どこへ……」


「まずは補給のために最寄りの聖域サンクチュアリに降りて、それからアイレム機関(われわれ)の総本部に向かう」


 俺はこの世界の地理が全くわからないので、聞いたところで何一つピンとこなかった。


 と、そこでようやく検査が終わったらしく、重結界室の扉が開いた。


 出てきたのは無精髭の男ひとり。両脇には銃を構えた見るからに屈強そうな戦闘要員が控えている。


「こっちだ」


 彼らは飛空船の後部ハッチに男を連れて行った。男は気の毒にろくな休憩も与えられず、見るからに疲労の色が濃い。


 ハッチが人ひとり通れるほど開かれた。外気が吹き込み、気温が一気に下る。


 何をするのだろう。まさか船から出ていってもらうなどと言うわけじゃあるまいな──と嫌な予感が頭をよぎった。


 そのとき。


 銃弾が二発、男に撃ち込まれた。


 男は死んだ。


 死体は船外に捨てられ、何事もなかったようにハッチが閉じられて、飛空船ゾンネンブルーメは離陸を始めた。




     *




 船内は慌ただしく乗組員の声が飛び交い、重苦しい沈黙が降りることさえなかった。


「ど」カラカラになった喉の奥で、言葉が詰まる。「どういうことだよ!? なんで……なんで撃った? なんで殺した!」


 俺は男を射殺した乗組員たちに食って掛かった。他にどうすればいいのかわからない。


「落ち着けぃ。残念ながらすでに汚染されていたということだ。ネクロボーンになるとわかっていて乗船させる訳にはいかない」


 グレナズムが代わりに答えた。


「そんな……」


 俺は絶句して、全身の力が抜けた。なんのために頑張って北端聖域から脱出したのか──生存者4人、たった4人の生存者はこれで全員命を落としたことになる。俺がやったことは無駄に終わったも同然だ。


「気持ちは察するがね、こういうことは珍しくない。この世界の人間はみな、君のようにはできていないのだ」


 この世界にとっての異世界人、地球人、霊学異性体である俺は〈業魔〉の波動を無視できる。汚染のリスクを常に抱えている生活のことを、俺は根本的なところでは理解できないのかもしれない。


 強烈な無力感にさいなまれる俺の脳裏に、最悪の予想が浮かんだ。


 ジナイーダ。


 彼女がもしネクロボーン化したとしたら。


 この船の乗組員は容赦なく彼女を殺すだろう。


 汚染源が船内にあれば、〈業魔〉は簡単に船全体に魔の手を伸ばすことができるのだから……。


「……船長」


「なんだね」


「ジナイーダの検査結果は」


「現在調査中、だ。魔法使いはいろいろと面倒でね。確定まで時間がかかる」


 悪いがそれまで会わせることもできんぞ、とグレナズムは付け加えた。


 俺はショックを受けたまま船室の一つをあてがわれ、そこで自由にしていいという許可をもらった。


 狭くはあったが、寒さを感じずにすむだけで十分快適に思えた。


「どうなるのかな、これから……」


 寝台に寝転がり、天井を見上げ、俺はひとり呟いた。


 とにかく生き残るためにいまそのときだけを切り抜けていた。それだけでよかったし、迷ってもジナイーダがそばに居てくれた。だがいざ身の安全と自由を得た途端、この世界で生きることの過酷さや失われたまま戻ってこない記憶、自分ひとりが地球人であるという孤独、さまざまな想いが湧き上がってくるのを感じる。


 ジナイーダに聞けばきっといい知恵を出してくれるに違いない。


 だが彼女は、もしかするとすでに人間ではなくなっている可能性すらある。


 彼女なしにいったい他の何を信じればいいのか……。


 俺は背中を丸めて胎児のように縮こまり、いつの間にか眠りに落ちた。


 



1章終わり!

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