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読むな!  作者: 玄武 聡一郎
二章:マクガフィンによる悪夢の前奏曲
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【閑話】断ち切られる

 便箋の五枚目は、芥子菜さんと出会うきっかけになった事件について書いてあった。

 僕が五百雀さんに、立体思考のコツを教えてもらった最初の事件でもある。


 「こういうのをマクガフィンって言うんだよ」と、あの後五百雀さんは教えてくれた。

 マクガフィンというのは、映画や小説の登場人物の行動を決定する仕掛けのことだ。

 作中の登場人物にとっては重要な物であっても、物語の構成上は他のものに代替可能なものであることが多く、例えばスパイ映画の機密文書や国宝級の宝石何かがそれに該当する。


 あの時、芥子菜さんの財布を善意で隠した人物の行動は、財布でなくても、高価な持ち物であれば成立していた。つまり、芥子菜さんの財布はマクガフィンであり、それ自体にはさしたる情報がなかったと言える。

 そんな考えに一瞬で至った五百雀さんはやっぱりすごかったなと、今でも思う。


【こうして君は、芥子菜ちゃんと出会った。君が私の真似をして推理をしたことが、芥子菜ちゃんが君に興味を持つきっかけになったっていうのは、なんだか不思議な感じがするよね。因縁めいたものを感じるって言うのかな。私がいなければ、君たちは出会わなかったかもしれない。そう考えると、私の存在は、マクガフィンではなかったんだね】


 当たり前でしょう。五百雀さんみたいな強烈な個性の持ち主が、代替可能なわけがない。どちらかと言えば、彼女は機械仕掛デウス・エクス・マキナけの神だったと思う。彼女が登場すれば、あらゆる事件が解決する。錯綜し、もつれた状況を一瞬で打破する、究極の存在。

 そんな、どこか超越的な人物だと思っていた。

 あの時までは。


【もちろん、君に出会わなければよかった、なんて思わないよ? さっきも書いたけど、君に干渉したことを、私は後悔してないんだから。でもそうだね……あらゆる必然に、必然が積み重なって出来上がった今の状況で、唯一私が後悔していることがあるとすれば……()()()()()()()()()()()


 ぎしり、と部屋がきしんだ。嫌な音だなって思った。


【ここが最後の分岐点だった。君が芥子菜ちゃんに出会った時点で、私は消えるべきだった。そういう選択をしなくちゃいけなかった。……ううん、ちょっと言葉が違うね。()()()()()()()()()()()()()()()()

「はは……」


 まるで、芥子菜さんと出会った後に過ごした時間が、全部間違いだったみたいな言い方だ。

 乾いた笑いが、かさかさと散っていく。


【あぁ、でも勘違いしないでね? あの頃のことを思い出すと、今でもとっても幸せな気分になるんだ。君と一緒に過ごした時間は、無駄なんかじゃない。私にとってかけがえのない、大切な宝物。これだけ幸せの貯蓄があれば、今後の人生も何となりそうかな、なんて思えるくらいにね】


 だったら。

 だったらなんでそんな書き方するんですか、なんて。

 子供じみた考えが脳裏をよぎる。その答えを僕は知ってるはずなのに。


【もしあの時、なんてIFの話をしたって意味はないんだけど……。だけど私は、あの時気付くべきだったんだと思う。私は最初、こう書いたね。笑顔がお日様みたいに明るくて、お話し上手で聞き上手。老若男女、分け隔てなく全ての人から愛されていて、純粋で汚れてなくてまっすぐだった、奇跡みたいな女の子。それが芥子菜紡ちゃんだって。私は君から話を聞いて、彼女のことをそう認識してた。実際そうだったし、間違ってはいなかった。だけど――】


「……え?」




【――()()()()()()()()()()()




 見過ごす……? 

 見過ごすってなんだ。

 芥子菜さんは明るい子だった。優しい子だった。僕は彼女のことが……とても好きだった。

 たくさんの時間を一緒に過ごした。五百雀さんをのぞけば、大学に入ってから異性で一番仲の良い友達だった。そんな彼女の何を、僕は……そして、五百雀さんは見過ごしたって言うんだ。


【ここまで読んでる篠原君は、もう心の準備が出来ているよね。真実を知る覚悟も、虚構を知る勇気も、ちゃんと持ってるよね】


「……はい」


【大丈夫だよね?】


「大丈夫です」


【私は、全部書いてもいいんだよね?】


「もちろんです」


【ねぇ、篠原君……答えてよ……】


「……」


【見えないよ、篠原君……。君の顔が、見えないよ……】


 肺と心臓をわし掴みにされたみたいに、呼吸が苦しくなった。

 手紙の向こうの五百雀さんは確かに苦しんでいるのに、手を差し伸べられない自分の無力さを呪った。


 珍しく、便箋は半分くらい空行を残して、次のページに続いていた。

 便箋をめくる僕の頭の中には、ずっと気になっていた疑問が渦巻いていた。


 五百雀さんは……こんなに辛そうな五百雀さんが。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


 殺したというのは、実は比喩表現なのではないだろうか。

 実際に殺人に手を染めたわけではなくて、何かやむを得ない事情があって。ただ五百雀さんは、なんらかの責を感じているだけなのではないだろうか。


 そんなことを考えて。


 そんな逃げ道を考えて。


 だけど五百雀さんは、やっぱり五百雀さんだから。


【ごめんね、篠原君。混乱させちゃったよね。でも、ちゃんとここで改めて言っておくね】





()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()





 そうやって、あっさりと僕の甘い考えを断ち切った。

二章「マクガフィンによる悪夢の前奏曲」 了

三章「ラス・メニーナスの蜜柑」に続く

現在執筆中です。今しばらくお待ちいただけますと幸いです。

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