いや、人型オンリーやないんかい。
学校近辺に現れる不審者っていうのはミチコロンドンさんのことだったみたい。名前はリリスさん。なぜか黒づくめを好む使い魔たちはみんなして不審者扱いを受ける。肩身の狭いひとたちだ。
そんでリリスさんとウチの使い魔は知り合いらしい。リリスさんがニヤニヤしてる。
「へーこれがあんたの魔法少女? 落ちこぼれの割にはギリギリ合格レベル見つけたわね」
「え、わたしギリだとしても魔法少女でいけてんの?」
「うん、すごく可愛かったよ。サヨちゃん昔から運動神経良いし、絶対魔法少女似合うと思ってた。ブラックポジだね」
アサヒはそんなことを言う。
「ブラックポジ?」
「まあ大まかにわけて、スポーツ万能系がブラックポジ。勉強得意系がホワイトポジ」
「じゃあアサヒはホワイトポジだ。いやでもアサヒはスポーツもできるからグレーポジか」
「うん、そんなハイブリッドな色ないよ」
うちの使い魔がバンと机を叩く。
あ、ちなみにいま四人で喫茶店でお茶してるよ。シュールだよね。
「あんたこそ、学園一位の使い魔リリス様のくせに、男の子魔法少女にするとかどんな狂気の沙汰よ。だいたい私のほうが年上よ。敬語使え!」
ウチの使い魔はリリスさんとあんま仲良くないっぽい。ていうか、めっちゃいじられてるっぽい。
リリスさん、あんたの気持ちわかるよ。ウチの使い魔、見るからにダメなやつじゃないのに、実はめっちゃダメなやつだからね。そういうタイプが一番ガチだよね。真性のやつだよね。
リリスさんはベロを鼻先にくっつけて両手を顔の横でカニの足みたいに動かす。
「年上のクセに同じクラスで勉強してた相手をどうやって敬えばいいんですかー?」
まじかよ、こいつダブってんのかよ。情けねえな。
「あれには色々あって……て、そんな話はいいのよ。なんで男の子魔法少女にしてんのって聞いてんの」
「べつに。女の子じゃいけないとか習ってないし。要は素質があるかでしょ。この街で一番魔法少女適正があるのがアサヒだったってだけの話」
「アサヒ、めっちゃ褒められてるじゃん。よかったね」
「褒められてるのかな?」
「わたしはギリ合格って言われて結構テンション上がってるよ」
「サヨちゃん、褒められることあんまりないもんね」
いや、それはもう悪口よ。
「とにかく、この街は私たちリリスソレイユコンビが守るから。あなた達はゴミ拾いでもしてなさい」
「拾わないわよ。いや、たまには拾うけど。女王様の謁見はこのアイシア佐々木コンビがいただくわ」
「なんかわかんないけど、よろしくね、サヨちゃん」
「足引っ張んじゃねえぞ新人」
「こら、調子に乗るな、脳筋!」
「ちゃんとサヨって呼べよ、ダブり使い魔」
「ダブってないわ、卒業したけどちょっとアレだったから、もっかい入りなおしたの!」
「それ、ダブりよりタチ悪いじゃん。なに、使い魔。あんたリリスさんよりゴリゴリ年上なの?」
「ま、まあそうね……だから敬語使えって言ってんのに全然使わないのよ、この小娘。あと貴方も名前で呼びなさい」
「ふっ、落ちこぼれ年増のなにを敬って?」
「てめえもっかいいってみろぶっ〇すぞ!」
「あはは、落ち着いて」
アサヒだけが苦笑いでみんなを止めに入る。優しい子だよまったく。そんなかんじでわちゃわちゃしてたらリリスさんが急に真剣な顔してわたしたちを制するんだわ。
「まって……このかんじ、近くにヤバいのいるかも」
「え、全然そんなかんじしないけど?」
「あんたのセンサーぶっ壊れてるじゃん。センスないんだからしゃしゃんなよ」
「おい、クソ脳筋。かろうじて身体動かしてるちっちぇツルツル脳みそ沸騰させてやろうか」
「そんなことより、ヤバいのいるなら行かないとじゃない?」
アサヒの言葉に我に返ったわたしたちはすぐさまに喫茶店を出る。
お金は使い魔に払わす。490円で魔法少女見つけたんだから喫茶店代くらい払わす。当然だよね。
そんでたったか走ってく。リリスさんのこっちっぽいは割と信用に足るっぽい。
というのが「あれ、やばくね、なんかの撮影かな」みたいな話してるひとたちとドンドンすれ違うようになってきたからだ。そのうちなにかが壊れるような大きい音とかもしてくる。
なんかわからんけど、いままで倒したチェーンソーのアイツとか、包丁のわたしみたいな見るからに小物ではない気がする。
……いやね、そんなかんじで小物じゃない気はしてたんよ。
けどさ、そいつの姿が見えたとき、さすがにでかくね? ってなった。だって東京タワーを手に持ってるんだよ。手、いや足かな? とにかく持ってるんだよ。タコみたいなやつがね。めっちゃでかいの。ぬるぬる動いてるの。引いたね。荷、重ーって思った。
ていうか週一くらいなら悪を倒すのも悪くないと思ってたのに、スパン短すぎるんだけど。
包丁のわたし倒したのってものの数十分まえで、まるでわたし前座みたいになってんじゃん。
これはいかん。遺憾っすよ。イカんじゃなくタコんなわけだけど。なんていう親父ギャグ言ってても物事は進展しないから、臨戦態勢入るわけね。
言って距離的にはまだ二キロくらいあるかなってくらい遠くに見えてるかんじだから、ガンダで十分くらいかかりそう。だったら変身して行っちゃえばいいじゃんって考えついたわけ。
まじクレバー佐々木。
そんでクレバー佐々木は小バエを使役してフローラル佐々木になりーので気づいたんだけど、アサヒことソレイユはそんな足速くないのね。むしろ女の子になったことで歩幅狭まって遅くなってんのね。でかい胸たゆんたゆんしながら「待ってよーサヨちゃーん」なんて涙目で言うもんだから、思わず舌打ちが漏れたわ。
そんで、わたしはソレイユにムカついて、超速ホップステップジャンプでタコに向かったのよ。ソレイユなんかしーらんぺったんごりら。いや、ぺったんごりらはわたしか。うるさいな。
ひとりで脳内で喋って暇潰して、ソレイユが豆粒みたいになった時にわたしは既にタコの間近に迫ってた。とりあえずビルに登る。佐々木のパルクール技術をもってすればお茶の子さいさいだね。ビルのちょっとした出っ張りに足引っかけて、身体ひねりまくりながら飛び跳ねる。そんでビルの屋上到着。タコの全長より結構上だから、タコ見下ろすかんじ。眼下に蠢くタコをわたしは見つめる。見る。見る。
「いや、わたし高所恐怖症なんすけど」
勢い余ってソレイユもリリスさんも使い魔も置いてきたことが悔やまれる。わたしのナチュラルボケは、隣で使い魔あたりが「貴方猫じゃないんだから。いや、そんな可愛いもんじゃないわね。脳筋と煙は高い所が好き。脳筋もおだてりゃ木に登る」とかなんとかつっこんでくれて、やっと成立するの。
天然ボケをひとりでかます恥ずかしさ、切なさたるや。
まさかこんなところで仲間の大切さを学ぶだなんて。まあそんなこといってても仕方ないから、わたしは頭をブルブル振って気持ちを切り替える。
「いっちょやったらぁ」
わたしは思いきってタコめがけてビルから飛び降りる。ぴょーん。
そんでぴんと伸ばした右足をタコに突き刺していつもみたいにすぽーんアンドぶしゃーさせたろうと思ったわけなんだけど、やっぱり大きさと形が変わると感覚も変わってくるよね。
なんつーかな、まずぬるぬる。そんで、ぷるんぷるん。だから、わたしの足はぐにゅんってタコにめり込んで、衝撃吸収半端ない。
タコノーダメ。
わたしノーダメ。
わたしのプライドズタズタ。
わたしは仕方なくトランポリン代わりにタコを使ってジャンプ回転しながら、地面に着地しちゃう。
「なに、遊んでるのよ」
と、ここで息を切らして脇腹を押さえる使い魔登場して、そんなこと言ってくる。
「わたしの一撃が効かない……なんて……!」
なんてそれらしく額から汗を流しつつそれらしいセリフを言ってみる。
「たしかに、これは厄介かも。フローラル佐々木の度を超えた馬鹿力でも一切傷を負っていないね」
ソレイユが遠回しに、生まれて以来の幼馴染をディスる。
「ソレイユ。魔法少女らしく、魔法で勝負してあげなさい」
リリスさんが遠回しに、ギリ合格レベルの魔法少女をディスる。
「うん。サンライトバーニング!」
そんでソレイユのちっちゃい太陽攻撃が発動するんだけど、ぴゅんって飛んでってジュッ。そんな音がしておしまい。
いや、当たった部分は赤くなってる。煮ダコみたいな色になってるんだけど、その全体のサイズ感からいったらそうだなあ、人間でいうニキビくらいのサイズかな。ちょっと赤くなりましたよ、みたいな。
しかも赤くなった部分はすこしすると剥がれ落ちてきた。赤かったところの下は既に元通りの紫のぬるぬる皮膚が形成されてんの。再生能力たけーなこいつら。
「手も足もでないわね……」
手も足もでないわねって使い魔さんよ。どうすんの。わたし、割といままでの格闘遍歴で無双できるもんだと信じてたんだけど。
「ねえ、怪人倒せなかったらどうなるの?」
わたしの素朴な疑問にリリスさんが答えてくれる。
「どうなるって……あの、東京タワーごらんなさいよ。人類滅亡よ」
あーやっぱりそうなんだね、「ごめんごめん、わたしたちじゃ無理ぽよ。こうさんこうさーん」っつっても撤退してくれないよね。
じゃあやっぱりわたしたちふたりがどうにかする以外手はないんだな。
「うえーどうしようサヨちゃん。おしまいだぁ」
ソレイユが泣き事をいう。もはやわたしを変身後の名前で呼ぶつもりはないみたい。
「どうしようったって……あ」
そこでわたしは閃いちゃう。
っていうのがさっきソレイユの攻撃した部分、赤くなって地面に落ちてるんだけど、そこの部分に関しては一切動いてないのね。ギュッて身が固くなってる。美味しそう。ってことはつまりよ、身体のほうに再生能力はあっても切り離された細胞には再生能力がないんすよ。そんでこいつはゾンビよろしくヘッドショットでお陀仏系怪人なわけっすよ。
じゃあやってみるっきゃあるまいよ。
「ソレイユ、おんぶしてやるから乗んな」
わたしがしゃがむと、ソレイユはなんでなんで? ってパニクりながらもわたしの背中にしがみついてくる。背中に感じるイケメンの豊満なバスト。舌打ち。でもいまはそんなこといってる場合じゃない。
わたしはソレイユを背中におんぶしたままパルクーる。さっきとおんなじ要領でビルの出っ張り使って上から上へ。ここらへんで一番高いビルの屋上到着。
「ねえ、ソレイユ。あなたのサンライトバーニングってマックス火力どんくらい?」
「マックス? まだ二回しか打ってないからなんともいえないけど、もっと頑張ればデッカイの出せそうかも……」
「よし、ほんじゃここからタコ向けて打って。全力でね」
わたしが屋上のすこししたの空をぐるぐる手で囲ってソレイユにサンライトバーニングを出すよう促したら、ソレイユは「ここから?」っていいながら、既にちっちゃな太陽を生成してる。話がはやいね。
ソレイユのサンライトバーニングはすこしずつ大きくなっていく。もうわたしの身体の倍くらい大きい。いいねいいね。なんていうところでわたしたちの乗ってるビルにタコの足が当たる。
ずこーん。
足場グラグラして、ソレイユの緊張解けちゃったみたい。
「ごめん、サヨちゃん、出ちゃう」
下ネタかよ、媚びてんじゃねえよ、舌打ち。
「おっけ、やったれ」
「うん、サンライトバーニング!」
ソレイユのサンライトバーニングが発射される。ゴゴゴゴってすっごい大きい音を鳴らしながら、ゆっくりサンライトバーニングがゆく。大きくするとスピード遅くなるんだなあ。
んで、わたしはそれを腕組んで見てたんだけど、すこしして、そろそろ頃合いかなってかんじのところでソレイユの肩を叩く。
「見てなよ、新人。これが魔法少女の戦い方よ」
わたしは改めて、タコに向かってジャンプする。ぴょーん。
そう、わたしの作戦では特大サンライトバーニングがタコに当たってタコ赤くなって、赤い皮膚は再生能力ないし硬くなってるから、そこにわたしの鉄のつま先ズドーン。
頭すぽーん。
……だったんだけど、ソレイユの声でただでさえ冷や汗マシマシなわたしの汗腺はおっぴろげになる。
「ねえ、サヨちゃん! なんとなくやりたいことはわかったけど、ジャンプするの早すぎない?」
うん、そうなの。
早すぎた。
このままじゃタコにサンライトバーニングが突っ込むより先にサンライトバーニングにわたしが突っ込むわ。
わたしが真っ赤になる。
ヤバい……。
「んんんん…………もおおおお、知ったことかあああ!」
わたしやけっぱち。
どうせなら最後くらい華麗に散ったる。
わたしは飛びっきりカッコいいと思うキックポーズでサンライトバーニングに突っ込む。
フローラル佐々木の激闘~完~。
…………。
「あちぃぃぃぃ!!!」
熱い! めっちゃ熱い! ヤバいクソ熱い! けど……耐えられないほどじゃない! ウケる、意外といける。多分熱湯風呂くらいのかんじ。体感約五十度。
わたしはそのままサンライトバーニングをまとってタコに突っ込む。タコの焼ける美味しそうな匂いの次に、慣れた感覚に襲われる。
この感覚、すぽーんの時のやつ!
「魔法少女舐めんなぁぁぁあああ!!」
すぽーん。とはいかなかった。
すぽーんじゃなくてぱかーんだった。
タコ真っ二つ。血すらでない。断面焼けてまっかっかで血が出る余裕すらない。そんで微動だにしない。
つまり、勝った。
「やるわね、佐々木!」
使い魔が親指突き立てた右手を身体の前でひとふりする。古臭。
「すごい、なんていう屈強な肉体……」
リリスさんポカーンとしてる。わたしもビビってるよ。絶対死ぬと思ったもん。
「サヨちゃんすごーい!」
斜めになったビルの上で乳牛が飛び跳ねる。
「おい、おまえら、これからわたしのことは佐々木様と呼べ。一生捱こうべをたれ続けろ」
「調子乗んな、脳筋!」
使い魔がわたしの頭を小突く。でもすごく嬉しそう。なんかわたしも嬉しくなって笑っちゃう。
「けど……街への甚大な被害やばくね?」
改めて、周囲を見渡して思った。ビル壊れまくり、人逃げ惑いまくり、東京タワー地面に刺さりまくり。
「なにいってるのよ、魔法少女。あなたの魔法の出番でしょうが」
「まじ?」
これいける? わたしは苦笑いしながら、腰のベルトみたいのに突き刺してたほとんど使わないステッキを手に取る。
「サンライトバーニングが威力上がったの見たでしょ。気持ち込めればいける。魔法少女って割と精神論だから」
使い魔の馬鹿げたセリフに身をゆだね、わたしは目を閉じる。
みんなの悲鳴が聞こえる。タコとわたしに驚く声も聞こえる。
……べつに自己顕示欲は使い魔とリリスさんとアサヒの反応で満たされたから、これ以上はいいや。
それよりわたしはやっぱり、みんなが楽しく過ごしてる綺麗ピカピカな街のほうが好きっぽい。
だから、そんな気持ちをこめて、全部全部治癒できるように、わたしは目を開けて全力の大声で叫びあげたんだ。
「キュア!!!」ってねーー。