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SSS  作者: 村瀬倖次郎
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1話

──このままでは。


少女は肩で息をした。手首には自ら突き立てた鋏。血は滴っているが、傷口からいくつも花が芽吹き、血液は花弁へ変わって出血が止まっていく。

パジャマ姿でベッドへ座り込んだ少女は、繰り返し自分の手首を切りつけた。その度に傷口は花が咲き乱れ、花が萎れる頃には傷口が閉じている。花びらにまみれた鋏が手から滑り落ちた。


──このままでは、壊れてしまう。


***


「花咲さん? 大丈夫?」

女性の声ではっとした。

「す、すみません! 少し緊張してしまって」

「平気平気。この学校は転校生とか編入生とかしょっちゅうなんだから」

女性はカラカラと笑った。髪の毛を二つに分けてお団子にしていて、髪の毛をおでこのちょうど真ん中あたりから黒と黄緑の半分ずつに染め分けてある。白く綺麗な首元を飾る黒革のチョーカーがよく似合っていた。


彼女、毒島先生は今日からこの杯葉学園に転入する私を教室まで案内してくれることになっている。この学校の保健医をしていて保健の授業もしてくれるらしいのだけど、学校の先生にしてはずいぶん派手な気もする。


学校の廊下は白で統一されていて、窓ガラスから日光がたっぷり入って明るい。さっき私の身長の3倍はある校門をくぐる時にも思ったけど、とっても広いし綺麗な学校だ。

私は新品のブレザーの襟を正した。逆三角形の杯葉学園校章が光っている。


「さあ着いた。ここがあなたのクラスだよ」

毒島先生が白い扉を指した。アルミのプレートには1-Bと書いてある。

これから入るクラスのことを考えると身体がこわばった。クラスメイトと仲良くやれるだろうか、ううん、仲良くじゃなくてもいいから当たり障りのないように──

「やあ、ようこそ。君が転入生だね?」

からりと扉が開いて男性がひょっこりと顔を出した。急に現れたので私の心臓は止まりかけた。

「おや毒島先生、引率ありがとう。今日も今日とてお美しいね」

「そのやかましい口を今すぐ閉じな」

毒島先生は心底嫌そうに悪態をついた。仲が悪いのかもしれない。


たぶんこの男性は私の担任の小関先生だろう。でも思っていたよりずっと若い。何より両目の色が片方ずつ違って、宝石みたいにキラキラして見ていると吸い込まれそうだった。右目はサファイア色、左目はルビー色。オッドアイなんて漫画の中だけだと思っていた。


「はい、これであたしの仕事はおしまい。頑張ってね花咲さん」

よっぽど小関先生から離れたいのか、手を振って毒島先生はさっさと行ってしまった。全く気にしていない様子の小関先生はにこやかに私を教室に招き入れた。


緊張でがたつく手足を引っ張って教室に入ると、クラス全員の視線が一斉に私に注がれた。もう今すぐにでも帰りたい。

「あ、あの………わた、私、花咲こはるといいます……よろしくお願いします!」

自己紹介を噛みまくってしまった。それでも教室に拍手が起こった。ひとまず安心できた。

「じゃあ花咲さん、真ん中の空いている席に座って……ん?厚出くんはどうしたの?」

私が座った席の他にも、後ろの方に空席がある。誰かが、サボりでーすと答えた。先生はやれやれと首を振る。

「転入生が来るからきちんと出席するようにと言っておいたんだがね……」

先生は出席簿を取り出して出席を取り始めた。厚出くんという人と私を入れて全部でクラスは21人。普通の学級よりちょっと少なめだ。


「僕、柿谷燐太郎! こはるちゃん、これからよろしくね」

隣の席の男の子が笑いかけてくれた。切り揃えた髪の毛は肩につかない程度の長さで、可愛い顔立ちと合わさって女の子のようにも見える。 私は声をかけてもらえたことが嬉しくて何度も頷いた。


「花咲さんは遠方から転入してきて勝手がわからないだろうから、みんなで教えてあげてほしい。じゃ、さっそく授業を始めようか」

えー、とクラス内からブーイングが上がるけど、先生は笑いながら問答無用で授業を始めた。毒島先生のことといい、かなりマイペースな性格なのかもしれない。それでも、私は新しい学校で授業を聞けることが嬉しくて、いそいそと教科書を取り出した。




「ここが食堂。オススメのメニューはシェフの気まぐれブエナビスタ風ランチプレートだよ!」

「そんなものあるんだ……?」


放課後になって、柿谷くんが学園内を案内してくれている。ブエナビスタ風ってどんな感じなんだろう。今日はお弁当持参で来てしまったから、次の機会に食べてみよう。

清潔感のある食堂で、かなり広い。というか、学園内の設備はどれも大きく作られている。

「初等部中等部高等部の全員が使うからね。それぞれ人数は少なめとはいえ、大きくないと入らないんだ」

放課後でも食堂を雑談するのに使っている人が多く、よく見ると柿谷くんの言う通り初等部から高等部まで学生の層は幅広い。


「あとは図書館と展望室と……あ、でも今日は初日で疲れてるだろうし明日にしようか」

柿谷くんは人懐っこく笑った。『明日』と言ってもらえることがとても幸せに感じた。

「いろいろありがとう柿谷くん。あの……また明日!」

「うん、また明日ね」



そこからの足取りはとても軽かった。新しい場所で、新しい学校生活。全てがキラキラして見える。私は家族の元を離れて学園付属の寮に入ることになったから少し寂しいけれど、クラスメイトは柿谷くんのような優しい人ばかりだったし初日は最高の滑り出しだった。


「たっだいま〜! マイルーム!」

テンション高く自室のドアを開けてから、シャンプーを買い忘れていたことに気がついた。

このままではお風呂に入れないイコール、翌日体臭でクラスメイトに不潔な印象を与えるイコール、学校生活の終わり……それだけは避けなければ!

お財布を握りしめて入ったばかりの部屋を飛び出した。


「ええと、こっちの道を行けばスーパーまで近道だよね」

携帯のマップ機能とにらめっこしながら歩く。学園がある杯葉町はさほど大きくないけれど、生活に必要なお店はだいたい揃っているので学生には便利だと思う。


路地裏を歩きながらマップ上のカーソルを見つめ続ける。こうしていないと方向音痴の私はいつも自分がどこにいるのかわからなくなってしまう。すると、携帯を見ながら歩いていたせいで目の前を歩いていた人にぶつかってしまった。

「ごごごごめんなさい! お怪我ないですか?」

視線を上げると、ぶつかった男性はニタリと笑った。身長は私の頭二つ分優に超えている。男性は私の腕を掴んだ。

「アンタその制服ってことは、杯葉学園の生徒だよなあ?」

私は自分が制服を着たまま出てきたことを思い出した。男の腕に力がこもり、私の手首は痛いほど締め付けられる。


「ってことはよぉ、『その身体』高く売れるってことだよなあ!!」

男は隠し持っていたナイフを振りかざした。

刺される──と思ったのに、痛みは一向に訪れなかった。代わりに、目の前に私と同じ杯葉学園のブレザーを着た男の子がナイフを受け止めていた。

「てめえ、何の真似だ! 死にたくなかったらどけ!」

「それはこっちのセリフ」


男の子は一度右手を後ろに引いたかと思うと、ナイフの男の顔面に向かって拳を叩き込んだ。その瞬間、暗い路地裏がバチバチと爆ぜる電撃で明るくなる。

頰に重たい一撃を食らった男は白目を剥いて昏倒した。あまりに一瞬のことで、何がどうなっているのかわからない。


「………痛い」

ぼそりと男の子がつぶやき、私は我に返った。男の子の腕はナイフで切りつけられ、結構な量の血が出ている。慌てて男の子に駆け寄った。すぐに傷を塞がないと……!

きょとんとしている男の子の腕をとり、傷口に自分の手を重ねる。血液の温もりと、ぬちゃりとした感触が伝わり、私はぎゅっと目を閉じた。しばらくすると押さえた手のひらをくすぐる感覚があり、切り傷から花が咲き始めた。

パンジー、シロツメクサ、マーガレット、色とりどりの花が咲いてすぐに萎れていく。全部萎れる頃には、細く長く切れていた傷口は跡形もなく閉じていた。私はほっと息をついた。


男の子は腕の感覚を確かめるように拳を開いたり握ったり消えた傷口のあたりをさすったりしている。

「ごめんなさい、私のせいで、あなたに怪我を……」

手についた彼の血の感触を思い出す。気がつけば涙が溢れて止まらなくなっていた。しゃくりあげながらごめんなさいを繰り返す。


私は、腕を切る痛みを知っている。私を助けるためにあんな思いをさせるなんて、酷いことをしてしまった。


「そこは、普通にありがとうでいいんじゃない。俺もいいもの見れたし」

男の子は自分が着ているパーカーの袖で私の目尻を拭った。そこで初めて、彼のきらきらした金髪が視界に入る。絵に描いたように整った顔立ちと、澄んだ瞳が前髪の奥に隠れている。顔こそ無表情に近いけれど、目がとても優しくて惹きつけられてしまう。


「あ、ありがとうございます! あの、お名前を聞いてもいいですか?」

彼は少し黙ったあと、ぽつりと答えた。

「厚出章人。たぶん、あんたと同じクラス」


***


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