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そして……あたしは、二年三組から一番近い女子トイレの中にいた。
お姉ちゃんと同じクラスの三人組が、鏡を見ながらまつげをカールさせたり髪の毛をとかしたりしている。
「史香って、あんなに運動神経よかったっけぇ?」
「それにさ、もっと根暗くなかった?」
「あれじゃない? 可愛い妹の影でさ、日が当たらなかったじゃない?」
「ああ、明日香ちゃんね。あの子可愛かったよね。愛想も良かったしさ」
「ねえー。史香とは違ってさ。でも確かにあの妹がいたら姉としてはねー」
「比べられなくなって、ほっと一安心って感じ?」
「お葬式でも泣いてなかったって、お母さん言ってたよ」
意味深な笑いとともに吐き出される言葉。あたしは目の前が真っ赤になったような気がした。
『あなたたちなんかにっ……お姉ちゃんのことがわかってたまるもんですか!』
真っ赤な感情がとぐろを巻いて、そのままあたしの唇から零れ落ちた。
三人のうちの一人が、きょろきょろとあたりを見回す。
「ねえ、今なんか聞こえた?」
「え? 別に」
「あ、わたしも、なにか聞こえたような……」
一人の女の子の目が、あたしのいる方向に向けられて、またすぐにそれていった。
「やだ、変なこと言わないでよ」
「誰もいないじゃん」
「な、なんか寒くなったような気がしない?」
そう言いながら三人は身を寄せあう。
と、トイレのドアがキィィィィィィー、という音を立てた。
「きゃああああ!」
『ひゃああぁ!』
三人が手を取り合いながら大げさな悲鳴をあげる。
あたしもびっくりして悲鳴をあげちゃった。
「どうしたの?」
ドアの向こうには、目を丸くしたお姉ちゃんがいた。
『お姉ちゃん! 影山くんとの話は終わったの?』
思わずお姉ちゃんの隣に飛んでいったけど、肝心のお姉ちゃんにはまったっくあたしの声は聞こえないみたい。
「な、なんでもないよ。授業始まっちゃうよ。史香もはやくしなよ!」
派手な三人組はそそくさとトイレを出ていった。
「うん……ありがと……って、もう行っちゃった……」
しきりに首をひねりながらお姉ちゃんは個室に入った。
しばらくして個室から出てきたお姉ちゃんは、手を洗う。
鏡の中に映るのはお姉ちゃんだけ。あたしの姿は映らない。
お姉ちゃんは手を洗い終えると顔を上げ、鏡の中自分自身をじいっとしばらく見つめていた。
「待っててね☓☓☓☓☓☓」
一言つぶやいて、トイレを出ていく。
あたしはまるで金縛りにあったように、そこから動くことが出来ないでいた。
お姉ちゃんの言葉の一部分だけが、聞こえなかった。
なんて言ったの?
気になって仕方がないのに、思い出しちゃいけない言葉だという気がする。
どうしてだろう?
『そうやって、現実から目をそらすのね』
だれ?
見回すけど、トイレにはもう誰もいない。
妙にくぐもった声だった。
その声はあたしの中から聞こえてきたみたいで、なんだか怖くてたまらなかった。