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いよいよ授業が始まる。
四日間お休みをしていたお姉ちゃんは、教科書を開くのもまごついていた。
『お姉ちゃん。もっと先のページを開かないと!』
あたしが伸ばした指先は、けれども教科書をするりと突き抜けてしまう。
あーもう! 幽霊って不便!
まあ、そうでないと、世の中ポルターガイストだらけになっちゃうか。
お姉ちゃんの様子を美羽ちゃんが気付いてくれて、そっと教科書のページを見せてくれた。
よかった。
美羽ちゃんなら優しいし、面倒見もいい。もしかしたらこれをきっかけにお姉ちゃんと仲良くなってくれるかも知れない。
私はワクワクして二人の様子を眺めた。
……そして。
一時間目の授業ももうすぐ終わるという頃だった。
突然教室の後ろのドアがガラガラガラッ! と音を立てた。
クラス中の生徒、プラス先生の視線が、そこに立つ男子生徒へと向かった。
目が隠れちゃうくらい長い前髪。さらにその上から黒縁のメガネ。色白でひょろっと背が高くてちょっと猫背。
「遅くなってすいません……」
低くてぼそぼそとした声だった。
「あ、ああ、影山那緒か」
先生はなんだか微妙な表情で男の子をちらりと眺めると
「連絡はもらってる、席についていいぞ」
と言った。
影山くんは首だけでペコっとお辞儀をすると、自分の席へつく。
影山くんがカバンから教科書を出し始めると、みんなの視線はふたたび教壇へと向いた。
授業を受ける必要のないあたしは、その後も影山くんの様子を観察する。
生きているときだったら、こんなふうにジロジロ相手を見ることはなかったけど、今は誰もあたしに気が付かない。
ところがだ。
ふと顔を上げた影山くんが、お姉ちゃんの後ろに立っているあたしを見たのだ!
あ、目は眼鏡と前髪にガードされていてよくわからないけど、確かにこちらを見たって感じがした。だって、私の上で視線がピタッと止まったのだ。……多分。
「ねえねえ、影山くんの家ってさ、山の麓の稲荷神社なんでしょ?」
「霊能力があるって、ホントかな?」
「除霊とかもできるんだって」
「先生の中にも彼に助けてもらった人がいるらしくてさ、だから先生たちも影山くんに甘いんだよね」
以前聞いたことのある噂が、頭の中にぱぱぱぱっっと閃いた。
あるはずのない心臓がドキドキしてくる。
霊能力者の影山くん。
さっきじっとあたしのことを見てたよね?
けれどももう影山くんは、こちらを見てはいない。きっぱりと前を向いたまま、教科書を開いているところだった。