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あたしの家は、駅の北側の住宅街に建つ小さな一軒家。小学四年生の時にお父さんが建ててくれた、小さいけどかわいいお家だ。
緑色のラグの上、木目調のダイニングテーブルに座り、お父さんとお母さんは、ずずずっとお茶をすすっていた。
「今日はたくさんお友だちが来てくれたわねえ」
「明日香はお友だちが多かったからなあ」
「そうねえ、明日香がいなくなって……家の中、ものすごく静かになっちゃったわね……」
悪かったわね……。どうせあたしはやかましい子でしたよ。
というか、お姉ちゃんが静かすぎるのよ。
たとえばお姉ちゃんは、落とし物を拾っても「これ落としましたよ」って、声をかけるのが怖くてできないような人だ。
友達に忘れ物を貸してもらうことができなくて、家まで取りに帰ってしまうような人だ。
あたしには信じられないよ。家に帰るくらいなら「貸して」って、声をかけたほうが楽に決まってる。
姉ちゃんは、休み時間にはたいてい本を読んでいる。あれは、他人と目を合わせないで済むようにするためなんじゃないかと思う。
あと、大抵のことはあたしのほうが器用にこなしたけれど、ピアノの腕前だけはお姉ちゃんにかなわなかった。
だって、ピアノって毎日コツコツ練習しないといけないでしょう?
「おやすみなさい」
お風呂からあがったお姉ちゃんは、もうパジャマになって二階に上がっていくところだ。
あたしはお姉ちゃんの後を追った。
お姉ちゃんはさっさと自分の部屋に入ってしまい、部屋のドアは閉じていた。
あたしは意を決してその扉に向かって一歩踏み出してみた。
すうーーーっ。
うひゃああ!
確かに通り抜けたのに、感覚がないのが不思議。
すごくお化けっぽい。
お姉ちゃんの部屋ではお姉ちゃんが壁際の姿見の前に座り込んで、鏡に映る自分の姿を見つめていた。
あ、もしかしてプライベートなところを覗いちゃ悪かったかな?
回れ右をしようとした時、大きな大きなため息が聞こえた。
はぁぁぁああぁぁ。
お姉ちゃんは、がっくりと肩を落としている。
『お姉ちゃん、大丈夫?』
声が届くわけもないのに、あたしはお姉ちゃんの肩に手を伸ばした。
「あたし……」
まるで返事をしてくれるかのようにお姉ちゃんの声がして、あたしはびっくりする。
『お姉ちゃん?』
「あたし、このまま生きていくことはできないよ……どうしたらいいの?」
『え?』
お姉ちゃんは眉をハの字にして、今にも泣きそうな顔で、鏡の中の自分に向かってつぶやいていた。