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次の日、朝からダルそうにしているあたしを見て、お母さんはオロオロしながら「学校休んだら?」って言ったけど「ただの筋肉痛」と言いわけをした。
――そろそろ、梅雨明けですかね?
テレビの中でアナウンサーと気象予報士が話をしている。
――この雨が上がれば、ずうっと晴れマークが続きます。ようやく梅雨明け宣言が出そうですね。
玄関を開けると、もうすでに雨はやんでいた。
良かった。とても傘をさしてなんて歩けない。だるくて、重くて、うまく体を動かせないのだ。
影山くんに言われた通り、いつもより一時間早くに登校することにしてよかった。
ガラガラガラッ。
しんと静まる校舎に戸を開ける音が大きく響く。
教室の奥。あたしの視線の先に、影山那緒が立っていた。
「結構早く着いたな。身体重いだろ? ずっと放ったらかしにしてるからだ」
つかつかと影山くんに近づくと、あたしは真っ直ぐ彼の前に立つ。
「明日香を……返して……」
言った途端に涙がこぼれた。
「明日香を……返してよ!」
あたしは手にしていたハンカチを投げつけた。
ハンカチはぽとりと力なく床の上に落下する。
ポトリ。
ハンカチの隣に、涙の染みができる。
自分の体を支えていることさえつらくなって、その場にへたりこんでしまった。
「あんた、わがままな姉ちゃんだな」
わがまま?
そんなこと、言われたことない。
妹思いの、面倒見の良い、大人しい、おねえちゃん。
いつもそう言われていた。
だからあたしは、自分をそういう人間だと思っていたんだけど?
なのに、わがまま?
「死んだ人間を返せだなんてさ」
そう。あたし、わがままなんだ。
言われてみて、初めて気がついたよ。
「あたし、明日香のことが……少し嫌いだった」
開いた窓から風が吹き込み、カーテンの舞う音がした。
見つめた床に、あたしと影山くんの影が一瞬濃くなり、そしてまた薄くなる。
「あの日、髪型が決まらないって……明日香がもたもたしていたから……遅刻しそうになって、あたしは腹を立ててたの。だから……差し出された腕をわざと強くひいた……!」
最後に残った梅雨空を、風が強く払う。
「あたし、生きてる価値なんてない……」
いつの間にかしゃがみこんでいた影山くんが、あたしの頭をぽすぽすと叩いた。
「価値があるから生きてるわけじゃない」
「じゃあどうして生きてるの?」
少しだけ上にある影山くんの顔を見上げた。
「知るかよ。でも自分の気持に気がつけて、良かったんじゃないの? だってあんた、分裂しかかってただろ? おまけにかなり霊体としての力を高めてたしさ。間に合ってよかったよ……」
影山くんの後ろの窓から、すごいスピードで飛んでいく雲が見える。
雲の切れ間からは青い空と太陽が、久しぶりに顔をのぞかせていた。