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「悪いけど、あんまりゆっくりもしてられないんだ」
突然影山くんの声。
「あんたの身体をいつまでも空っぽにしておけないし。俺も依代があるとはいえ、そう長くここにとどまれない」
影山くんは眉間にシワを寄せている。
あれ、メガネかけてない。それに前髪をちょっと横に流してるから、いつもは見えない目元が見えてる!
「依代?」
「そうなの、あれ」
明日香が机の上を指さした。
そこには見たことのないハンカチがあった。
「昼休みに貸してもらったの。お姉ちゃんとあたしの魂をもとに戻す方法を、その時教えてもらったのよ」
「時間がない。いいか? 明日香はあの世へいく。ずいぶん史香の身体にとどまっちゃったから、迷うかも知れないけど、そこの紫陽花の精が助けてくれる」
紫陽花の……精?
ふと紫陽花の鉢植えに目をやると、そこにはふわふわの紫の服を被った可愛らしい子どもたちがわらわらといた。
その子どもたちのいる辺りから薄っすらとした光が、天井に向かって伸びている。
子どもたちが明日香に向かって手を伸ばしていた。
「お姉ちゃん! 身体を貸してくれてありがとう。学校で友達にも会えたし、お父さんとお母さんと一緒にごはんも食べられた! あたし、行くね!」
明日香の身体が光を放ちはじめる。
「だめ! 行かないで!」
思わず手をのばした。
明日香がいたから、この世界は少しだけ優しく感じられたのに。明日香がいない世界なんて……
「明日香が生きてたほうがみんな喜ぶよ! あたしより明日香のほうが生きてる価値があるの!」
「お姉ちゃん!」
明日香の光る手が、あたしの頬を包んでいた。
「そんなこと言っちゃダメ! お姉ちゃんには生きてる価値がいっぱいあるよ。あたしのわがままいっつも聞いてくれたじゃない。一つしか違わないのに、いつもあたしに好きな方を選ばせてくれてたじゃない。美羽ちゃんだって理子ちゃんだって、お姉ちゃんと話してみたかったって言ってたでしょう? お姉ちゃんのピアノ、みんなに聞かせてあげて。きっとみんな感動する」
明日香の手が離れていく。
お願い、置いて行かないで!
薄紫色の子どもたちに手を引かれ、明日香が光の階段を登っていく。
「待って!」
追いすがろうとするあたしを、影山くんの手が捕まえる。
「鷲尾史香!」
突然名前を呼ばれて「なに!?」って、影山くんを振り返った。
ニヤリと笑った影山くんの顔が目の前にあった。
「返事をしたな。お前は史香だ。俺もまさかあんた自身が自分を明日香と思い込んでるとは……あんたと話をするまで気がついてなかったけどな。もう逃げられないぞ。さあ、自分自身にもどれ」
影山くんの人差し指があたしの額をトン、と突いた。
その途端、あたしはまるでのもすごい勢いで流れてくる大量の水に飲み込まれるように、声を上げる間もなく、自分の体の中へと流れ込んでいった。
「明日、必ず学校に来い。いつもより一時間早く家をでろよ」
最後に聞こえたのは影山くんの声だった。