解決編
私は久方振りの全力疾走に息を切らしていた。そんな私の背をさすりながら先生は微笑む。
「ご苦労だったね、大丈夫かい?」
「見ての通りですよ、、」
荒れた呼吸を整えつつ先生を睨めつけたが、私に全力で駅まで走れと命じた先生はどこ吹く風である。私が犯人を取り押さえたところに、駐在の自転車の後部に乗りながら先生が現れた。
「先生、、そろそろ、事件の推理教えてくれませんか?犯人が彼だということは分かりましたが、そうなるとあの死体は?」
「うん、それでは私の思考過程に沿って話してもいいかな?」
先生は駅のホームのベンチに腰を下ろした。私もそれに従って座った。
「まず、私達は男性の首無し死体を、輪島さんと蒲田さんの部屋で発見したね。
私はそれを見て、首無し死体が本当に輪島さんであるかをまず疑った。
「首無し死体」といえば、被害者の誤認と相場が決まっているからね。だが、それが可能なのは、誤認させるべき人間と被害者が同性である時だ。
だが今回は、蒲田さんが女性であるからそれは成り立たなかった。
次に、我々は蒲田さんの首を境内で発見した。私は落胆したよ。これが輪島さんの首であれば、被害者はとりあえず一人だったのだから。
最初の違和感は、蒲田さんの髪だ。君、何故犯人は彼女の髪を切り落としたのだろうと思う?」
「うーん,犯人が髪に執着があったから、、?」
「確かにその線も無いわけではないが、そんな犯人があのように乱雑に切るだろうか?いや、、まあどうにしろそういった感情的なことは私達には推理できない。
私達に可能なのは、犯人の行動には理由があると信じることだ。だから、何故犯人は彼女の髪を切る必要があったか、を考えるべきだろう。
その視点に立った時、私はある考えに至った。犯人は、蒲田さんの「本当の髪型」を知られたくなかったのではないか、と。
そう、つまり、蒲田さんが「カツラを被っていた」という事実を隠したかったのだと。」
「カツラ、、?!」
「そうだ。恐らく、蒲田さんは本来は短髪であり、犯人はそれを悟られないために、髪を切ったんだ。そして、さらにそうすることで、犯人が蒲田さんに変装した事実を隠蔽できるからね。」
「軽戸さんによる目撃証言のことですね。でも、、そもそもなんで蒲田さんはカツラなんか、、」
「そう、まさにその疑問が生まれるね。見たところ、髪が抜け落ちているわけでもなく、到底カツラをかぶる理由がない。となれば、彼女は意図的に変装をしていたということになる。
次に、輪島さんの遺体だ。彼の遺体の不可思議な点は、指紋が焼かれていたことだ。何故犯人は指紋を焼いたのか」
「輪島さんの身元を隠したかったのでは?」
「もしそうだとすると、指紋だけでなく、輪島さんの荷物を持ち去るべきだろう。だが、荷物はそのままだった。となれば,理由は一つだ。
犯人は、輪島さんの身元を隠したかったのではなく、この遺体の指紋がこの宿に残るある人物の指紋と照合されるのを防ぐ為だったんだ。そして、そのある人物とは、亡くなった蒲田さんに他ならないんだ。」
「え!じゃあ、あの首無死体は蒲田さん?!」
「俄には信じがたいことだ。私もこの仮説に至ったときは戸惑いがあった。だが、よく思い出せば、私達は何一つ、彼女が女性である証拠など持ち合わせていないんだ。
私たちは彼女の声を聞いたことはない。また、日本人女性にしては高い身長も男性だとすればうなずける。」
そして、山路さんの話がさらに確信へと近づけた。彼女は昨夜脱衣所で蒲田さんと会ったと言っていたね。」
「はい、風呂の脱衣所で蒲田さんとあったと、、」
「ああ、山路さんは、風呂から上がったところの蒲田さんとあったと言っていたね。けれど、少し変じゃないか?
蒲田さんが広間を出たのは8時過ぎのことだ。そして、山路さんが風呂に行ったのは8時半過ぎ。もし蒲田さんが風呂上がりだとすれば、彼女はたった30分弱の間に入浴し、あの長い髪を乾かしたことになる。
それはあまりにも無理がある。また,カツラであったと考えても、やや短すぎる。だとすれば、こう考えるのが妥当ではないか。
あの時、蒲田さんは風呂から出てきたのではなく、まさに風呂に入ろうとしていたのだと。
彼女が宿泊した最初の2日間、この宿には女性がいなかった。だから蒲田さんは女湯を気兼ねなく使用することができた。しかし、昨夜は違った。本物の女性である山路さんが現れてしまった。
恐らく、蒲田さんはそれまでの慣れで女湯を利用しようとしていたのだろう。しかしその時、本物の女性である山路さんが入ってきた。蒲田さんは慌てて女湯を出た。
そして、隣の男湯に清掃の札をかけて入浴することを思いついた。そう考えれば、あの清掃札の謎が解決する。」
先生は一息おく。
「まあ、これら、一つ一つはただの疑惑でしかない。しかし、それらが集まれば価値ある根拠としてもいいだろう。こうして、蒲田さんが男であるということが私の中でほぼ確信に変わった。
そうなって仕舞えば、この事件は、単純な首無し死体の考え方に帰着できる。そして、犯人は死んだと思われている輪島にほかならないわけだ。
そして、旅客である輪島のこの村から脱出する唯一の手段は、朝11時の東京行きの列車に乗るのみである。故に、君に駅まで全力で走ってもらったわけさ」
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先生は、輪島の犯行の流れについて、以下のように説明してくれた。
「まず、輪島が宿泊にある程度余裕を持たせたのは、犯行の為の環境を作るためだ。
この犯行を行う上で、首祀り神社の伝承を発見者になりうる人間に刷り込むこと、また、目撃者たり得る人物を見繕うことだ。
その上で彼が幸運だったのは、軽戸氏の存在だ。彼は喜々として輪島の思惑に沿って行動してくれた。彼は伝承の語り手と目撃者を兼ねてくれたからね。
輪島は風呂から帰ってきた蒲田を絞殺した。自分の服に着せさえ、首を切断し、指紋を焼くと、自身は蒲田の服と蒲田のカツラを被り変装した。さらに、逃走用の自分の衣服、金、凶器そして蒲田の首を持って神社に向かった。
この瞬間を軽戸に目撃されているが、それも計画の一部だろう。宿泊初日に、小説を見るという理由で、軽戸の部屋に上がり込んでいるが、これは軽戸の部屋から大鳥居がどう見えるかを確認するためではないかと思う。
そして、階段を登りきると首を境内に置き、蒲田の髪を切り落とし、カツラと蒲田の服を燃やした。あとは、逃走用の服に着替え、あとは列車が来るのを待つだけだ。
しかし、彼は一つ失敗を犯した。それは、指紋の焼却だ。彼は、宿に残る蒲田の指紋と遺体の指紋が照合されるのを恐れたのだろう。
だが、それがなされるのは、遺体発見後どれほど経ってからだろうか。わかった頃には、彼は既にこの村を発っていたことだろう。
そもそも、指紋を焼いたところで、あの死体が蒲田であることはいづれわかっていたろう。男性と女性とでは頭蓋骨の形に違いがあるらしい。見る人が見れば、蒲田が男性であることは判明していた。
恐らく、輪島、蒲田という名前は偽名だ。話していた職業も偽りの可能性が高い。であれば、一度この村を離れ逃げてしまえれば、彼を捕まえる手立てはほぼ無い。
だから、彼は死体発見から列車が発車するまでのたった数時間、容疑者から外れさえよかったんだ。指紋の焼却、それが無ければ僕は彼を取り逃がしていただろう。」
結局、私達は休暇らしき休暇を取ることは叶わなかった。
輪島を確保した数時間後には、山向から警察が到着し、身柄の引き渡しやら、現場検証、事情聴取等で、落ち着く暇もなかった。そして、それが済むと、今度は事件を嗅ぎつけたマスコミがわんさか宿に押し寄せた。
それに気を良くしたのは軽戸で、自身のしる伝承も絡めて、この事件のことを脚色含んで自慢気に演説紛いのことをしていた。
それらに辟易した私達は、予定していた宿泊期間よりも数日宿を早く出た。
「蒲田の写真を乗ってますよ。まさに、白皙の美青年といった感じですね。これならあれだけ女装が様になってたのも頷けます。」
私は先生の向かいの席に座りながら、駅で買った地方紙を眺めた。その一面にはあの事件のことがデカデカとセンセーショナルに取り上げられていた。
記事によると、輪島と蒲田(これは本名ではなかったわけだが)は大学の同窓であったらしい。若気の至りとでも言うべきか、友情はやがて交際に発展した。
しかし、その関係も大学卒業後、輪島に婚約者ができたことで崩壊の兆しが現れる。別れを切り出した輪島に対し、蒲田は拒否した。そのことが亀裂を生み、輪島は蒲田の殺害を計画した。
関係修復を餌に、蒲田を旅行に誘い出した輪島は、蒲田に男同士で同じ部屋に泊まるのは怪しまれるからと女装をするようにと唆したらしい。蒲田も蒲田で生来そういった癖があったらしい。
そうして、哀れ蒲田は,輪島によって計画的に殺害せしめられたのである。
「”休暇”は終わりましたね」
私達は列車に揺られ、再び東京の喧騒の中に帰還するのであった。




