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明日もし晴れたら  作者: 龍
事件編
4/4

2. 二年前の爆破未遂犯

 眼下に広がる都心の街並みは遥かに遠く、思わず体が震えた。

 ニュープラザホテル東都の22階、2207号室。現場は都心の超高層ホテルの一室だった。鑑識作業のあらかた終わった部屋の窓際に立ち、見下ろす都心の眺望に一人圧倒されていた佐々原紀之警部は、盛大なくしゃみを連発した後、再び室内に目を戻し、忙しなく動き回る鑑識たちの姿を捉えた。

 鼻をさすりながらもう一発くしゃみをする。相変わらず、血に対するアレルギー的な拒否反応は治まっていない。おまけに今回の事件は撲殺で、特に血が多かった。直接見てはいないが、浴室に放置されていた死体の周りには、黒ずんだ血だまりができていたらしい。ふと、佐々原がまだ新人だった頃に先輩刑事が言っていた「不思議なもので、長年刑事をやってると、飛び散った血痕が芸術作品か何かに見えちまうんだよ」という言葉を思い出し、年に似合わずびくっと体を震わせてまたくしゃみをした。

「警部」

 そこへ声をかけてきたのは部下の本多だった。青白い顔に、しわの寄ったワイシャツが冴えない印象を作り上げているが、刑事としてはなかなか優秀な男である。ホテル内の聞きこみからちょうど帰ってきたところらしい。

「おー、本多か」

「警部、死体は見なくていいんですか」

「……何度も言ったろう。俺は、血を見るとぶっ倒れちまうんだよ」

 佐々原が血を直視できないという事実は、既に本多も知っているはずなのだが、現場入りすると必ず一度は佐々原に死体の確認を求めるということが、なぜか本多の中では恒例行事になっているらしい。一々咎めるのも面倒な話なので、佐々原は適当に受け流すことにしていた。

「しっかし、最近の議員なんてのは豪勢なもんだねえ。俺が出張で泊まるようなビジネスホテルとは大違いだ」

 ナイトテーブルの上で暖かな光を発する大きなテーブルランプを撫でながら、皮肉まじりに佐々原は言った。

「公務じゃないそうですよ。ほら警部、最近は何かとマスコミがうるさいじゃないですか。公務でこんな高いホテルに泊まれば、一発で問題になりますからね」

 確かに最近は議員の不祥事が相次いでいる。先日も、都議会の大物議員が不倫を週刊誌にすっぱ抜かれ、ワイドショーは連日の猛暑のネタとその議員の話題で持ちきりになっていた。

「まあ、それもそうか。……それより外で話さないか? さっきから鼻がどうもムズムズしてな」

 顔をしかめながらそう言ってみると、本多は一瞬目を丸くしたが、すぐに口元に笑みを浮かべてうなずいた。

「分かりました。それにしても警部、最近ほんとに血液アレルギーみたいになってきてますよ」

「お前、本当に心配してんのか?」

「当たり前じゃないですか。あ、一度病院で診てもらったらどうです?」

 そう言いつつ、本多は相変わらず楽しそうにしている。

「分かった、分かったよ。今はそんなことより事件の話をしてくれ」

「そうですね。では、廊下を歩きながら話しましょう」

 本多の後について歩きながら、佐々原は一際大きなくしゃみを響かせ、部屋を出ていった。


◇◇◇


 長い廊下には、事件の騒ぎを聞きつけた宿泊客らが現場の様子を見ようと押しかけ、警官が規制線を張って制止していた。その間隙を何とかかいくぐった佐々原と本多は、額に浮かんだ汗を拭いつつ歩き出す。廊下は空調が効いていたが、それでもじわりとくる暑さがあった。

「都心は3日連続で猛暑日だそうですね。今年の夏は一段と暑くて参りますよ」

 手帳を取り出しながら本多が苦笑混じりに言う。

「そういや、今朝も暑かったな。確かに嫌だねえ、こう暑いのが続くと……」

 佐々原も顔をしかめて同調する。それを見て、本多が話を切り出した。

「コホン。えー、被害者は池内宗平、34歳。小鳥ヶ丘市の市議会議員です。鈍器のようなもので計6回頭部を強打されていまして、3発目の後頭部への一撃が致命傷になったものと思われます。死亡推定時刻は昨夜の21時から23時の間でして、遺体の状況から考えるに、殺害現場はあの2207号室と見て間違いありません」

遺体の惨状をうかつに想像してしまった佐々原は、一つ大きな咳払いをした。

「大丈夫ですか、警部」

「……構わん。続けてくれ」

「では続けます。――遺体の第一発見者は倉田くらたという名前の男性従業員でした。彼の話では、チェックアウトの時間になっても池内氏が部屋から出てこないので不審に思い、マスターキーで2207号室の鍵を開けたところ、浴室で頭から血を流して倒れている池内氏を発見し、通報したとのことです。ちなみに、通報は11時28分でした」

 犯人の行動は佐々原にも何となく想像できる。昨夜の21時から23時の間に被害者の部屋を訪れた犯人は、あらかじめ用意しておいた凶器で被害者を撲殺した。その後は恐らく防犯カメラの設置されていない裏口からホテルの外へ脱出したのだろう。

「えー、では次に池内氏の昨日からの足取りについて説明します」

 本多は器用に手帳を使いこなしている。またパラパラとめくり、得意げな顔で話し出す。

「池内氏の奥さんにも確認をとってまとめてみたんですが……、池内氏は昨日の朝8時頃、車で小鳥ヶ丘市の自宅を出発したそうです。その時、池内氏の様子に特に変わったところはなかったとか。その後、池内氏は午前中に東都区役所を、午後からは東都教育文化センターをまわって16時にこのホテルにチェックインしています。区役所と教育文化センターの担当者にも話を聞いてみましたが、ここでも池内氏にこれといって変わった様子は見られなかったと話しています。チェックインの後はしばらく部屋にこもって、ノートパソコンで視察の資料についてまとめるなどして過ごしたと思われます。18時30分頃に36階の展望レストランに行き、20時過ぎまで食事をした後は、レストランに隣接するバーで30分ほど飲んで部屋に引き上げた――。ざっとまとめるとこんな感じですね」

「被害者はホテル内で誰かと会っていなかったか? あるいはレストランやバーでトラブルとか……」

「いえ、池内氏はホテルの中ではずっと一人で行動していたと思われます。誰かと会っていたという証言は今のところありません。レストランでもバーでも、他の利用客とトラブルになったということはなかったようです」

 本多のてきぱきとした応答を聞きながら、佐々原は突発的な犯行の可能性はどうやらなさそうだと考えた。仮にレストランなどで何かトラブルが起きていたとしても、それが動機となって犯行に至ったということはないだろう。衝動的な犯行にしてはあまりに鮮やかすぎる。

 突発的犯行でないとすれば、動機は何か。被害者は34歳の若手男性市議で、現場はホテルの一室。そして、頭部を6回も殴打するほどの強い怨恨――。

「女! 被害者は部屋で女と会ってたんじゃないか? 不倫だよ。よくある話じゃないか。不倫相手との別れ話がこじれてガツンと……」

 言いながら、それも突発的な犯行に変わりはないと佐々原は思った。一方の本多は手帳から目を離して佐々原のほうを見て小さく笑う。

「警部、それは自分も考えました」

「おお。で、どうだった?」

「残念ですが、池内夫妻の関係は極めて良好で、奥さんの話では、池内氏に不倫の兆候は全く見られなかったそうです。それに、ホテルの中で女性と会っていたという証言も、今のところ見つかっていません」

 不倫をしていなかったのは良いことなのに「残念ですが」とつけた本多がおかしくて少し笑ったが、それからすぐにため息に変わる。

「それじゃあ、不倫説もなさそうだな」

「どうやらそのようですね。ちなみにですが、奥さんの昨夜21時から23時までのアリバイはありませんでした。家に一人でいたとのことで、それを証明できる人がいなかったんですよ」

 本多は念のためといった様子でそう付け加えたが、佐々原は被害者の妻にアリバイがないことはそれほど大きな問題ではないように思えた。むしろ21時から23時という遅い時間にも関わらず、狙いすましたようにアリバイをもっていればそのほうが怪しいと思う。

「ホテルの防犯カメラもチェックしてみたんですが、これといって怪しい人物は映っていませんでした。ただ、肝心の22階の廊下と裏口には防犯カメラがなかったので、犯人は裏口から侵入し、非常階段を通って22階へと向かった可能性が高いですね」

 しばらく話しながら驚くほどのろのろとした速度で歩いていたのだが、いつの間にか長い廊下の突き当たりまで来ていた。嵌め殺しの大きな窓があり、ついさっきまで2207号室から見下ろしていた大都会が、少し表情を変えてまた眼下に横たわっている。

「不倫じゃないとすれば……。残すは仕事絡みか」

 被害者は市議。仕事上のトラブルがなかったはずはないだろう。不倫説がまだ完全に否定されたわけではなかったが、佐々原の心の中では既に見切りをつけていた。

「確かに池内氏とトラブルのあった仕事上の関係者は何人かいるようです。池内氏は市議会最大会派の地域政党『新緑会』の所属でして、現在、市内の森を緑地公園として整備する再開発事業を計画していたとのことです。ただ、この計画には他の会派や地域住民からの反対が根強く、議会においても度々激しい論戦になっていたそうですね」

「ほう……」

 やはり可能性としては市議会での争いが動機となったというのが最有力だろう。ただ、それだけで頭部を6回も殴打することにつながるかというと、やや疑問は残るところだった。

「あ、警部! こんなところにいたんですか」

 そう言いながらやってきたのは、鑑識の浮田うきただった。小柄で、体格の良い佐々原を前にするといつもおびえる気の小さい男だ。随分と佐々原を探し回ったらしく息が上がっていて、声をかけた本多に何とか片手をあげて応えていた。よく見ると、手に革の黒いカバンを持っている。

「これは……被害者のカバンか?」

 手袋をつけ、半ばひったくるようにカバンを受け取る。

「そうです」

「この中に何か入ってたのか?」

「いえいえ。問題は中身じゃないんです。カバンの外側をよく見てください、警部」

 仕方なく見てみると、隅に小さなシールが目立たぬように貼られているのが分かった。「おっ」と声を出すのが、佐々原と本多とでほぼ同時だった。

 もっとも、本多の反応はそこまでだった。だが、佐々原は違った。佐々原は、自分の心の中で、黒いカバンの隅で申し訳なさそうに佇む緑色のシールが、2年前のとある記憶を呼び覚ますのを感じていた。そして、その頃から鑑識として佐々原とともに仕事をしていた浮田も当然それを知っているはずで、だからこそこうしてわざわざ佐々原に報告に来たわけだ。

「浮田、このシールは被害者が貼ったものなんじゃないのか?」

「いえ、それはありません。シールから指紋は検出されませんでしたし、池内氏の奥さんも、カバンにシールなんて貼ってなかったとおっしゃってますから」

 確かにそうだ。シールを貼る場所としては、カバンの隅っこというのはあまりに不自然であるうえ、そもそも仕事に使うカバンにシールなど貼らないだろう。

「警部、このシールが何か?」

 一人蚊帳の外に放り出されていた本多が不思議そうに尋ねてきた。佐々原は、浮田が説明してくれること少し期待していたのだが、いつまで経っても浮田の口が開く気配がないので、仕方なく自分が説明することにした。

「……こいつは、小鳥ヶ丘市の市章をかたどったシールだよ。たしか、市役所で市民に無料で提供されてたはずだ」

 小高い丘にも、はばたく小鳥のシルエットにも見える緑色のデザインは、特徴的なものだった。

「本多、お前は2年前の事件について何も聞いてないのか」

「はあ……」

 いったい何のことだか分からないという顔の本多を見て、佐々原は一つ大きく息を吐いた。無理もないことだ。2年前というと、本多はまだ刑事になっていない。

「じゃあ、いいか本多。これからお前に2年前のとある事件について話してやる。よーく聞いとけよ」

 いつもの癖で手帳を取り出した本多に、メモはいいからよく聞いておけとだけ言って、佐々原は一つひとつ言葉を選んで話し始めた。



***



 2年前の夏。警視庁捜査一課に激震が走った。

 きっかけは、捜査一課名指しで送られてきた一通の犯行声明文だった。当時、警部に昇進したばかりだった佐々原も、部下の報告を受けて初めて事の重大さを把握したのだった。

 その犯行声明には、無機質な明朝体の印字が躍っていた。


「8月3日に小鳥ヶ丘市で開かれる、新文化施設『小鳥ヶ丘シチズンホール』のオープニングセレモニーで爆破を起こす。これは悪戯ではない。命が惜しければ、セレモニーは中止し、ホールもすぐに取り壊せ。繰り返すが、私は真剣だ。こちらには、破壊のための手段は既に十分すぎるくらいに揃っている」


 そして、その手紙の末尾に、差出人の名の代わりであろうか、例の小鳥ヶ丘市章のシールが貼られていたのである。

 同様の手紙は、小鳥ヶ丘市の市長で、ホール建設事業の最高責任者でもあった月原つきはら顕一けんいち氏宛にも送られていた。この手紙が届いた時点で既にオープニングセレモニーは3日後に迫っていたということもあり、佐々原は急いで小鳥ヶ丘市役所へと出向いた。事情を話すとすぐに市長室へと通されたが、当の月原市長の反応は、思いの外楽観的なものだった。

「刑事さん。こんなもの、真面目に考えるほうが馬鹿げてますよ」

「いや、しかしですね……」

「いいですか刑事さん。僕は3年前に市長選に当選して市長になる前は弁護士をしていたんですが、その時なんて全部で何通の脅迫状が届いたと思います? それこそ、クラスの人気者がもらうラブレターの数並みの勢いでしたよ。ですが、そのうちの1通たりとも言葉通りのことを実行したものはなかった。要するに、恐るるに足らず、ですよ」

 東都大学法学部在学中に司法試験に一発合格。卒業後は刑事事件を専門に扱う敏腕の弁護士として力を振るい、2012年、前市長の引退にともなって行われた小鳥ヶ丘市長選挙に出馬し、見事勝利。36歳という異例の若さで市長に就任した切れ者。月原市長について事前にそう聞いていた佐々原だったが、頭は良くても危機管理意識に欠けるところがあるというのが最終的な評価だった。

 とは言うものの、実際、犯人の要求に応じてセレモニーを中止などすれば、ますます犯人をつけ上がらせることになってしまうというのも確かだ。佐々原は粘り強く月原市長の説得を続け、何とか当日の会場警備と爆発物の捜索については合意を取りつけた。その一方で、部下には犯行声明の消印をてがかりに、投函した犯人の特定を命じ、またホール敷地内に爆発物や不審物の類いが仕掛けられていないかについても調査した。ただ不審物などは発見されず、佐々原は、犯人はセレモニー当日に爆発物を持参するに違いないと結論づけたのだった。

 そして、迎えた8月3日。

 この日は朝から雲一つない快晴となり、セレモニーには来賓の他、オープンを待ち望んでいた多くの市民が訪れた。佐々原らは手分けして来訪者の手荷物検査や警備に努めたものの、これといって怪しい人物は見つからず、式典も滞りなく進んでいく。結局、予告した犯人が会場に現れることは最後までなく、9時ちょうどに始まったセレモニーは、正午前には無事に終了した。佐々原たちにとっては拍子抜けとしか言いようがない。犯行声明において「破壊のための手段は既に十分すぎるくらいに揃っている」と明言しただけあって、よもや厳重な警備に尻込みしたということもまずないだろう。

 犯人が何も行動を起こさなかったということもあり、月原市長はどこか勝ち誇ったような表情を浮かべていた。

「言ったでしょう? 刑事さん。心配することはないと」

「しかし……」

「僕が思うに犯人は、僕に対して個人的な恨みを抱いている人物なんでしょう」

 興味深い話だった。

「あなたに……? いったいどういうことですか」

「今回のシチズンホール建設は、前市長から引き継いだ小鳥ヶ丘市の一大プロジェクトでしてね。無事にオープンさせることで僕の市長としての実績にもなりますから、僕のことが妬ましい者にとっては、それはそれは邪魔したくなるんでしょうね。まあ、脅せば僕がうろたえてセレモニーを中止すると思うところが浅はかですが……」

 そんな話を聞きながら、やはり月原市長のことはどうしても好きになれないと佐々原は思った。一応、犯人に心当たりはないかと尋ねてみたが、収穫はなかった。

 この、わざわざ犯行声明を送りつけておきながら結局犯行には及ばなかった奇妙な犯人から、数日後、再び警視庁に手紙が届いた。


「先日の爆破は中止した。少々手違いが生じたのだ。爆破はもうあきらめる。爆弾も全て廃棄した。私はこのまま街を去ろうと思う。また戻る日があればその時は、この街が少しでも美しさを取り戻していることを願う」


 末尾には、やはり小鳥ヶ丘市章のシールが貼られていた。

 奇妙な犯人は、この謎めいた手紙を残してぱったりと消息を絶ってしまった。手紙の最後の一文から、佐々原は、犯人は小鳥ヶ丘市の環境保護活動家ではないかと考え、捜査を続けたが、案の定すぐに暗礁に乗り上げることになる。例えば消印。1通目の消印は東都区の若森郵便局、2通目は小鳥ヶ丘郵便局であり、いずれも投函者の特定には至らなかった。手紙に貼られていた小鳥ヶ丘市章のシールは、小鳥ヶ丘市民ならば誰でも市役所から持ち出せるもので、ここから犯人を突き止めるのも至難を極めた。

 そして、最大の問題は犯人の動機だった。シチズンホールの取り壊しなのか、それとも式典に列席していた来賓のうちの誰かを狙った犯行なのか、見当もつかなかった。犯行声明を素直に解釈するならば、ホール建設への憎悪による犯行なのだろうが、それはカムフラージュで、実は列席者の誰かを狙った犯行である可能性も拭いきれないのだ。

 以上のことから、捜査は困難を極めた。規模も次第に縮小され、小鳥ヶ丘シチズンホール爆破未遂事件は、有力な手がかりもつかめないまま迷宮入りの様相を呈し始めていたのだった。



***



「そんな事件があったんですか……」

 佐々原が話を締めくくって本多のほうを見ると、若き刑事は口をポカンと開けて固まっていた。浮田はいつの間にかいなくなっていた。再び現場に戻ったのだろう。

 佐々原はもう一度、カバンに貼りつけられたシールをまじまじと見てみた。間違いなく2年前の事件の犯行声明に貼られていたものと同じだ。シール自体は小鳥ヶ丘市民ならば誰でも手に入れることができるとは言え、2年前の未解決事件で使われたシールが、その2年後に発生した殺人事件でまたしても登場するというのは、偶然とは考えにくいのではないか。

「――警部は、2年前のその爆破未遂犯が復活して、今回の事件を起こしたんだとお考えですか」

 再び手帳を手にした本多が尋ねてくる。

「まあ、そうだろうな。お前もそう思うんだろ?」

「はい。その可能性が高いかと」

 「可能性は高い」と断定は避けつつも、本多の表情は確信に満ちていた。

「そうは言っても、2年前の事件には謎が多いんだよな。形式ばった犯行声明を出しておきながら、なぜ犯人は爆破を実行しなかったのか……」

「そして、一度犯行を断念した犯人が、なぜ2年後再び現れて殺人を犯し、2年前の犯行声明に使ったものと同じシールを被害者のカバンに残していったのか、ですね。警部」

 佐々原と本多は顔を見合わせ、何度もうなずいた。2人の間では、少なくとも2年前の爆破未遂犯が復活したということについて、異論は全くなかった。

 それから再び窓の外に視線を戻した佐々原は、2年前、犯人を逮捕できなかった後悔をようやく晴らす機会が巡ってきたのだと思っていた。

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