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EDENERー《楽園》に住まう者たちー  作者: Caries10
Chapter1:偽りの《楽園》
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Episode7:《血の眼》の軍人

 2388年5月25日(水)3:20 P.M. 第13居住区・南星宮高校 廊下


 地球連合政府(UGE:United Government of the Earth)。地球人類の平和的な発展と安全維持のために全植民星を統治する、人類史上最大の普遍的政治機関。全地球人類にIDEAデータを割り当て各人の動向を監視し、それを基に実行される政治的措置や経済政策により全植民星の情勢や景気をコントロールしている。

 そのUGEの直轄軍「地球連合政府軍(通称:UGE軍)」は、主に各植民星における居住区の警備・防衛、紛争の抑止や鎮圧、宇宙航路の整備や移民船・貿易船の護衛などの活動を行う軍隊である。その中でも、人類にとって有害な原生生物の駆除を目的に組織された「対原生生物特殊部隊(AXelアクセル:Anti-Xenolife Special Force)」は、多くの居住区を原生生物による壊滅から幾度も救ってきた英雄として、子ども大人問わず高い人気を得ている(その人気は、AXelの一員となって巨大な原生生物を狩るアクションゲームが、全宇宙で累計3000億本の売上を記録した程である)。


 今、UGE軍の制服を着た十数人の軍人たちは、俊敏な原生生物を狩るための電磁式自動小銃レールライフルを背中に担ぎ、顔を下に俯いた状態で、ぴたりと揃った一糸乱れぬ足並みで光たちの方に近付いてくる。彼らが一定の律動で一歩一歩足を前に出す度に、周囲には銃の焦げついた臭いが散漫し、いつもの学校の風景を異様な空間に変貌させる。彼らには笑みも怒りも悲しみもなく、まるで機械のように無表情だった。軍人の集団は光たちの3m程手前で停止し、彼らの先頭に立つ一人の軍人が顔を上げる。

 胸に付けた勲章の数からしていかにも上官と思しきその軍人は、上官とは思えない程若く、軍人とは思えない程華奢な身体付きと、白く透き通った肌と、中性的な顔立ちをしていた。その上官の髪と眼は黒ずんだ赤色をしており、例えるなら「血の色」という表現が最も相応しいだろう。その血の色の瞳を鋭く尖らせて、光たちの方を、ぎろり、と睨みつけている。冷徹な視線に圧倒され、蛇に睨まれた蛙のように身体がこわばって動けずにいる光たちをよそに、上官はその小さい薄紅色の唇を開き始める。

 「下校途中に失礼するぞ、生徒諸君。」

 上官の口から発せられたその音声は、凛々しく力強いものだったが、男性にしては高く、女性にしては低い、やはり中性的な声をしている。上官は言葉を続ける。

 「私は、UGE軍・対原生生物特殊部隊《エデン》第13居住区支部副隊長、ドロシー・ブラッドアイだ。ここに望月光という生徒はいるか?」

 「ドロシー」という名前から、光たちはようやくこの上官の性別が女性であることを認識することができた。どうやら彼女は、光に会うためにわざわざ軍隊を引き連れてまでこの高校にやってきたらしい。UGEの軍人がどういう目的でここに来たのかは判らない。だが、政府直属の軍の呼びかけには応じる他ないだろうと考え、光は衣栖佳・福希・エルク、その他大勢の生徒に見守られながら、自ら一歩前に歩み出る。

 「ぼ……僕が望月光ですが……。」

 初めて観るUGE軍に威圧され、思わず上ずった声を出してしまう光。光の名乗りに反応して、ブラッドアイ副隊長が光の傍に近づいてくる。

 「ふむ。貴様がそうか。確認のため、IDEA-Watchの【身分証明画面】を提示してもらう。表示の仕方は分かるか?」

 「――は、はい!」

 光は慌ててWatchの電源を入れ、震える指先でトップ画面左上の人型のアイコンをタップする。しばらくしてWatchの画面には、光の顔写真や氏名、4色のIDEAコードが記載された【身分証明画面】が表示される。正常に表示されたその画面をブラッドアイ副隊長に提示すると、彼女は自らのWatchの画面を何回かタッチしてからカメラを起動させ、それを光のWatchに向ける。ブラッドアイのWatchは、光のIDEAコードを正常に読み取り、彼女のWatchの画面には望月光のIDEA情報が詳細に表示される。

 「確かに、貴様が望月光であることを確認した。続いて貴様の【行動履歴】を調べさせてもらうが、宜しいか?」

 「――はい、構いませんが?」

 【行動履歴】とは、簡単に言えば、その人が何時どこで誰と、何をしたのかという一つ一つの行動を記録した、IDEAデータの中の一つである。UGEは主にこれを世論調査のほか、犯罪捜査などに利用しているという。特に疚しい事などないはずだと、光はブラッドアイの調査を許可する。何故そんなものを調べるのかと疑問に思ったが、質問して変な疑いをかけられたら困ると思い、光はその疑問を喉の奥にそっと飲み込むことにした。


 光の【行動履歴】の画面を開いたブラッドアイは、それを縦に何度もスクロールさせ、何かを探しているような仕草を見せる。ブラッドアイが探し物に夢中になっているのを見計らって、エルクが光にこっそりと近づき、耳元で囁く。

 (やったな望月!これはまたとないチャンスだぞ!)

 なぜかエルクはとてもにこやかな笑みを浮かべている。エルクはどうやら、UGE軍がここに来た理由が分かっているようだ。光はそれを問いただす。

 (何がチャンスなんだ?)

 (決まってんだろ!?“動画の女の子”のことだ!!きっとアレを観たUGEのおエラいさんが、お前に協力しようとわざわざ軍をよこしてきてくれたに違いない!)

 まさか……とは思うが、本当にそうかもしれないと、光は思った。あんな合成ともCGとも見て取れるような映像が、最後に確認した限りでは12億以上の再生回数を記録したのだ。仮に「再生回数=動画を見た人の数」だとすれば、単純計算で(というか計算になっていないが)約12億人もの人が空飛ぶ少女の動画を目撃したことになる。その12億人、もしくはそれを上回る人数の中に、UGEの関係者が一人くらいいても何ら不自然ではない。

 ――だが動画を投稿したその日に、軍隊を投稿者の元に派遣するのはいくらなんでも大袈裟じゃないか?光の疑問はごもっともである。

 (それは俺も思ったが……あの動画の女の子は、ひょっとしたら地球人類が初めて遭遇した“宇宙人”なのかもしれないんだろ?そんな大発見を、UGEがみすみす見逃す訳ないだろ?とにかくUGEは、お前の味方になってくれるさ。)

 そう言って、エルクは光の背中をポンと叩く。「頑張ってこい」というエルクのメッセージなのだろうが、軍人でも生物学者でもない一高校生の自分に、一体何を頑張れと言うのだろう。光が怪訝な顔を浮かべていると、


 「やはり――」

 ブラッドアイの指の動きがぴたりと止まった。どうやら探していたものを発見できたようだが、その表情はさっきまでよりも険しいものに変化していた。

 「あ、あの……調べもの中に申し訳ないんですけど……、UGE軍の方々が、光に一体どんな御用でございますか?」

 沈黙することにそろそろ限界だったのか、これまでの様子をずっと黙って見続けていた衣栖佳が、ブラッドアイに向かって声を発する。普段は男子生徒でも男勝りな口調でまくし立てる衣栖佳だが、軍人を目の前にしてか慣れない丁寧な口調でブラッドアイに問いかける。

 ブラッドアイは、すっと息を深く吸い込み、後ろに率いる軍人たち全員に聞こえるように、力強い声で、告げる。




 「総員、望月光を“逮捕”せよ!この者は我々UGE、いや、全人類の“敵”である!直ちに身柄を確保せよ!!繰り返す!総員、望月光を“逮捕”せよ!!」


 その言葉に反応して、軍人たちは一斉に、光に向かって駆け出す。特殊な訓練、壮絶な実戦を、幾度も経験してきたであろう軍人たちは、素早く、そして強固に、光の身体を拘束する。そして軍人の一人が、機械仕掛けの手錠を腰のパックから取出し、それを光の両手に取り付ける。




 軍人の圧倒的な力に、光は逆らうことも、また抗うこともできなかった。

 わずか5秒。高校生・望月光は、一瞬にして“犯罪者”となった。

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