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EDENERー《楽園》に住まう者たちー  作者: Caries10
Chapter1:偽りの《楽園》
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Episode5:拡大する《発見》・後編

 地球人類が宇宙に居住域を広げてから1世紀半の年月が流れた今、地球人類が宇宙進出を始めた理由やきっかけについては、既に人々の間から忘れ去られていった。ただ《地球》が消滅または破壊してしまったり、人類が生存不可能なレベルにまで《地球》の環境が汚染されたりしたわけではないことは、《地球》出身の女子高生・湯田衣栖佳が《エデン》に移住してきた事実からも窺い知ることはできるだろう。

地球人類の宇宙進出のきっかけについては、「人口飽和説」、「温暖化対策説」など様々な憶測が飛び交っているが、その中の一つに「宇宙人探索説」というものがある。宇宙空間における地球人類の居住域を拡大させつつ、宇宙のどこかに生息する未知の知的生命体との遭遇の確率を上げるために宇宙進出を開始し、宇宙人との平和的交流を通じて彼らのテクノロジーを吸収し、地球人類の更なる繁栄と発展を目指す、というのがこの説の概要である。

 だが、これまで「宇宙人」、すなわち地球人類以外で、地球人類と同等の知能や文明を持つ知的生命体の存在は、《地球》と類似した自然環境を持つこの惑星エデンにおいてでさえも確認されていない。それは《エデン》の入植が開始されて間もない2378年1月20日に、アダムズ・エバーランドUGE最高事務総長が名言しており、以来今日までの10年間、少なくとも《エデン》の上に住む人々はそれが当たり前のことだと信じていたのである。


 「う、“宇宙人”!?」

 福希が口にした予想は、従来の《エデン》の常識を覆すものであった。それはすなわち、この《エデン》には地球人類と同等の知能や文明を持つ生命体が存在するということを意味している。もし動画の少女が本当に“宇宙人”であるならば、撮影した光はまさに「世紀の大発見」と呼べる偉業を打ち立てたことになる。

 「すげぇよ、望月!お前“宇宙人”撮影しちまったのか!?」

 かねてより学校の勉強やプライベートで福希の明晰な頭脳に過度な信頼を置いているエルクは、今回も特に根拠もないまま彼の推測を鵜呑みしているのであった。友人が偶然にも発見した大偉業に狂喜し、光の両肩をガシッとつかんで大きく揺さぶっている。

 「ま、待ってよ、エルク!まだこの娘が本当に宇宙人かどうかなんて――」

 「いいや!福希が言うんだから間違いねぇ!!この女の子は絶対宇宙人だ!!すげぇよ、望月ィ~~!!よくやった!!」

 「あのぅ……あくまで『推測』ですから……」という福希の忠告を完全に無視して、エルクは尚も光を鼓舞し続ける。鍛え上げられた上腕二頭筋から繰り出されるエルクの強力な揺さぶりを受けて、光の視界はぐるりぐるりと渦を巻くように歪んでいく。

 「よし、望月!この動画を早速『WeTube』にアップロードしようぜ!この宇宙人の姿を全宇宙に拡散すれば、お前有名人になれるぜ!!」

 ピタッと腕の動きを止め、エルクはそんな提案を光に持ち掛ける。なおもエルクの凄まじい握力を型に受けている光は、一刻も早くこの腕を放してくれと心の中で叫んでいた。


 「ちょっと待ってよ!?」

 光の心の声を察してか、これまで会話に参加せずにひたすら難しい顔をして思考を張り巡らせていた衣栖佳が割って入ってくる。

 「なんだよ、湯田?」

 「勝手に話進めないでくれる?動画の女の子は宇宙人だとか、その動画をネットに投稿しようだとか――第一、この娘が本当に宇宙人かどうかなんて、まだ分からないじゃない?何か証拠でも映ってるの、その動画に?」

 口振りから察するに、衣栖佳は福希の予想を全く信じていないように聞こえる。だがそれを聞いた福希自身も、自らの論説の根拠の不十分さを重々理解しているようだった。そんなこともつゆ知らずに福希の予想を鵜呑みしてしまったエルクは、「そ、それはそうだな――」と、福希に助けを求めるように顔を向ける。

 「……はい?」

 「おい、酉。この娘は本当に宇宙人か?証拠でもあるのか?」

 突然のエルクの無茶振りに福希はどきっとした。動画の少女を宇宙人であると思ったのは、光の指摘する、彼女の容姿や表情、仕草を見て、ただなんとなくそう感じたからであり、特に理論的な理由や証拠などは全くの皆無のである。

 「わ、分かる訳ないでしょう!?動画を見ただけじゃあ!?僕はあくまで『宇宙人かもしれない』という“可能性”があると言ったまでで――」

 「ほう。――つまりお前はウソをついていたと?」

 「ウ、ウソじゃないですぅううう!!い、いや、ウソかもしれませんけど、本当かもしれないでしょう!?」

 「だからどっちなんだよォ!?」

 「知りませんよそんなことぉおおお!!」

 福希の胸倉をつかみ、ぐっと拳を構えるエルク。それに思わず衣栖佳が「きゃっ!?」と、まるで女の子らしい驚きの声を上げる。元々ウソや白黒はっきりしないことが大嫌いな彼の性格から察するに、エルクは必ずこの行動をとるだろうということを、光は知っていた。福希がエルクの鉄拳から逃れるには、動画の少女が宇宙人であるという決定的な証拠を叩きつければよいのだが、わずか1分足らずの、殆ど少女と空しか映し出されていない動画の中から、証拠と呼べるような証拠を見つけ出すのは不可能にもほどがある。万事休した福希は、泣きべそになってエルクの腕を離そうと抵抗する。このままでは福希がエルクの鉄拳を食らうことは免れないので、光は再び仲裁に入る。

 「わ、分かった、分かった!福希の言うようにこの娘は宇宙人かもしれないけど、ひとまずこの女の子の正体は“不明”ってことにしておこう!?証拠が不十分な訳だし、それでいいよね?……ね?」

 咄嗟に光の口から出た言葉は、福希の予想の真偽確認を一旦保留にするとともに、かつ動画の少女の正体が他の様々な可能性を擁していることを暗に示すものである。だが「正体不明」という結論を、エルクが快く快諾してくれるかどうか。光は引きつった笑顔の裏で、そんな不安を心に生じさせていた。


 エルクは光の顔をじっと見て、それから掴んでいた福希の服を離す。

 「……分かったよ。悪かったな、急に暴れて。“宇宙人”って聴いてちょっとテンション上がっちまって、つい――」

 どうやらエルクは納得してくれたようだと、光は胸を撫で下ろす。

 「で、どうするんだ、それ?」

 突然エルクから投げかけられた質問の意味を、光は充分に理解できなかった。

 「――何のこと?」

 「『動画』だよ、『動画』!今はその女の子の正体が分かんなくてもいいだろうけどよぉ、ずーっとそれを謎のままにしておくつもりかよ?」

 それはそうだ、と、光はポンと手を叩いて同調する。

 「でも、この謎を解決させる良い方法なんてあるの?」

 それを聞いたエルクは、なんだか名案を思い付いたかのような、勝ち誇った顔をしている。

 「その動画を動画共有サイトにアップロードするのさ。『WeTube』でも

『ニタニタ動画』でも何でもいい。とにかくその動画を全宇宙に公開して、大勢のユーザーから情報を集めれば、その女の子のことも分かるかもしれねぇって思ったんだよ。でもって、たとえそれで解決できなくても、全宇宙で話題になれば、有名な専門家とかマスコミとかの目に留まって、光に協力してくれるかもしれねぇ。どうだ?このナイスなアイディア?いいだろう?」

 柄にもなく冴えた思考を見せるエルク。今宵は嵐が来るかもしれないと、光は冗談ながらそう思った。ただエルクの思惑通りに事が運ぶかどうか、光はそれを懸念して首を縦に振らないでいる。が――

 「成程。フォルス君にしては、良いアイディアを思いつきましたね。僕も自分から“宇宙人”って言いだしたくせに、何の決定的証拠も見つけていませんからね。ボクもその意見に乗りましょう。」

 福希は何のためらいもなく、エルクに賛成の意を表明した。

 「さすが我が心の友よ!――ってか、『フォルス君にしては』は余計だ、この野郎。」

 福希の頭上に、エルクのげんこつが鋭く振り降ろされる。頭に強い痛みに襲われた福希は、低く身体を屈ませる。

 「あいててて……。ボ、ボクはフォルス君の提案に賛成ですが、衣栖佳さんはどうです?」

 福希は衣栖佳の顔を窺う。衣栖佳はちょっと考え込んだ後、

 「――ア、アタシも賛成するわ。アタシもこの動画の娘について思うことがあるのだけれど、確信がないからネットの声を聞いてみようかなって。」

 と、これまた同意を示す発言をした。発言の内容からして、衣栖佳は福希とは違う独自の見解を持っているようだが、それがどんなものなのかは、この時は教えてはくれなかった。

 「分かりました。3人共賛成の意見が出ていますね。あとは望月君の意思を尊重します。ネットの皆に力を借りるも良し、そのまま少女の正体を謎にしておくのもまた良し。すべては君におまかせします。」

 福希の視線が今後は光に向けられる。福希だけではなく、衣栖佳もエルクも、光の回答に期待しているようだ。3人の熱い眼差しを受けた光の心には、その提案に乗っかるのも悪くないかなという軽い好奇心が生まれていた。

 「――そうだね。このまま不可解な謎ってことにしておくのは、なんだかモヤモヤして気持ち悪いし、動画サイトを観ている皆から情報を得られれば、この娘について何か分かるかもしれない。」

 光は顔を上げ、その青い瞳を輝かせながら、一つの決断を下す。

 「この動画、インターネットに投稿してみるよ。」

 「――決まりですね。」

 「よし、じゃあまずは『WeTube』に投稿しよーぜ。世界一の動画サイトだから、きっと沢山の人に見てもらえるだろうしな。」


 光は『WeTube』のアプリを起動させ、マイページの中の「アップロード」というボタンを産まれて初めてタップする。最初に「プライバシー設定」というページが表示され、中には[公開][非公開][限定公開]というボタンが並んでいる。とりあえず[公開]を選んで先に進むと、アップロードする動画を選択する画面が表示される。上向きの矢印のボタンをタップすると、光のWatch内の「アルバム」が起動し、これまで撮影した動画のファイル名がずらっと整列する。光は撮影時刻を頼りに目的の動画を見つけ出すと、タイトルを「【閲覧注意】《エデン》の空を飛ぶ謎の人影!?」と改題し(このタイトルはエルクが付けたものである)、右上に表示された[公開]のボタンをもう一度タップする。

 「これでよしと。」

 その数秒後、光のWatchに1通のメールが届く。『WeTube』の運営から届いたそれには、光の動画が正常にアップロードされたことを伝えてくれた。光は再び『WeTube』を開き、登校した動画を再生させる。あの空を飛ぶ耳の長い少女の姿がしっかりと映っているのを確認して、光は3人に目配せを送る。

 「無事、投稿できたよ。」

 「よし!あとは皆からのコメントを待つだけだな。」

 「有力な情報が集まるといいですね!」

 全宇宙からの情報提供に期待するエルクと福希は、満面の笑みで光の肩をぽんと叩く。二人のはやし立てに照れる光だったが、ふと壁にもたれかかって難しい顔をして考え込む衣栖佳の姿が目に留まった。

 「……しよう……もしあれが……スだったら……彼らの……が……」

 衣栖佳はその小さな唇を小さく動かして、何か呟いたようだ。光は言葉を拾おうとしたが、エルクと福希に邪魔されてよく聞こえない。そこに追い打ちをかけるように、授業開始5分前のチャイムが鳴り響く。

 まだ昼食を終えていないことに気付いたエルク・福希・光の3人は、急いでお盆の上の料理を口の中に流し込む。既に食べ終えていた衣栖佳は、「じゃ、先に行くから。」と、一足先に食堂を後にする。まだ特製スタミナ丼(特盛)の半分も食べきれていないエルクが悶えながら肉の塊を胃袋に掻き込むのを尻目に、クロワッサンカツサンドの最後の一片を口に入れ、光は先に出ていった衣栖佳を追って2-C教室へと戻っていく。


 その間、光が投稿した動画は、既に全宇宙で1000万再生を突破していた。


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