僕は君の為なら何度でも
華金の今夜、僕は大江の強引な誘いで合コンに行くことになった。
正直、めんどくさい。早く帰ってラノベの続きを読みたい。
そもそも今の僕は3次元にそんなに興味なんてない。僕が愛するのは獣耳―ただ、それだけだ。あれこそが可愛さの集大成と言える。
それに比べ人間のあの耳の形は一体、何だ。遠目で見たらキクラゲとほぼ同じだ。もし作り出した神がいるならセンスを疑わざるをえない。
でも大江曰く、「今日来る子はみんな可愛い子」って言っていた。
それを聞いてほんの少しの期待をしつつ今日は渋々出席することにした。
場所は新橋駅から少し歩いた所にあるお洒落な居酒屋だ。20時開催の予定だったけど、女性陣が少し道に迷った様で10分程遅れると大江に電話があった。
「それじゃあ、来る前に何か作戦考えとこうか!」
大江が嬉しそうに言ったのに対して、林が即答で
「んじゃ、俺は親が地主設定で頼むわ」としたり顔で言った。
それに続いて僕らも様々な設定をつけようとしたが、結局林が「嘘は良くない」と言って設定はなしになった。
そんな話をしていたら「ごめ~ん」と言いながら女性達が近寄ってきた。
僕は驚きのあまり暫し硬直した。
驚いた事に皆、レベルが高い、高すぎる。
普通、女幹事という生き物は自分を一番可愛くみせる為、相対的に誘うのはブスだけという『幹事MAX』の法則がある。だがそれはたった今、破られる音が聞こえた。
男女で対面に座り、ドリンクを注文した。
幹事同士が和やかな雰囲気で会話をしている中
一人、緊張のピークを迎えていた。
そして乾杯をした後に大江の仕切りで僕から自己紹介をしていく事になった。
「えーっと、須山尚樹です。よろしくお願いします」
少しハニカミながらも、無難な自己紹介となった。1年前まで彼女はいたけど、合コンは初参加という事もあり、特に気の利いた挨拶も思い浮かばず、これが精一杯だった。
僕の後に続いて二人も自己紹介をした。
「林 浩宇リム・ハオユーです。皆からはリンって呼ばれてます。歳は僕ら3人とも27歳で小学校の時からの友達で、仕事は不動産関係で趣味はゴルフと映画鑑賞です。」
「男幹事の大江雄馬です。僕の趣味はプロテインを飲むことと筋トレです。今日は一緒に筋トレするトレーニングパートナーを探しにきましたー!一緒にジムに通いましょう。よろしくお願いします!」
周囲から、何をしにきてるんだとツッコミが入り、自己紹介という硬かった雰囲気が和らぐのを感じた。
続いては女性陣の挨拶が始まった。
一字一句、聞き逃さないように僕は全神経を聴覚に集中した。
あれ程、3次元に興味がないと言った僕は今はいない。
どうせ、僕なんかを相手にしてくれない高嶺の花かもしれないが、今は目前の天使達に少しでも良い印象を与えたい。
それだけだ。
「んじゃ私からいくね」そう女幹事が軽く手をあげていった。
「そこの筋肉バカとは高校の時の同級生で女幹事の松山千帆です。化粧品会社で働いていてます。今日は可愛い後輩を連れてきたので可愛がってあげてね!」
暗めの茶色い髪にゆるっとパーマが入ってる。それをポニーテールにしている綺麗な女性だ。
「前田彩花です。24歳で、私も読書と音楽と映画鑑賞が趣味です。宜しくお願いします」
黒髪のセミロングで少しぽっちゃりした女性でほんわかした雰囲気のある人だ。それになんていうか、胸がでかい。大江と林が好きそうだ。
「古垣玲夢です。れむって呼んで下さい。よく身長小さいので小学生と間違えられますが、23歳です。宜しくお願いします。」
確かに彼女の言う通り、服装次第では後ろ姿で小学生に見られても無理はなさそうだ。でも華奢でショートカットの髪がとても似合っている。
自己紹介が終わった後はそれぞれの仕事の話や趣味の話など談笑をした。
なんというか相手の生活事情を聞いて、品定めをしあってる様な気分で僕は唯々、質問に答える事しかできなかった。
聞いてる様子だと千帆と彩花は林に興味がある様だった。
玲夢に関しては正面に座っている静かな僕に気を遣って、色々と質問してくれている。
年下なのに気を遣わせてしまって申し訳ない気持ちだ。本当は玲夢も林と喋りたいだろうに。
実際、この中で見たら林は圧倒的にイケメンだ。
あいつは男の僕から見てもドキッとしてしまうくらいである。
結局、男は顔なのか。
女は子孫を残しやすくする為に強い男や美形に惹かれると聞いた事がある。
そう考えると大江の半袖のポロシャツは鍛え上げた二の腕で『強さ』をアピールしているのだろうか。
まだ夜は少し肌寒いのに、あいつも努力しているんだな。
それに比べ僕は今までモテる努力なんて考えた事もなかった。
今まで付き合った女の子はクラスメイトや職場の人で僕の中身を評価してくれた。
だが今回の合コンで正直、中身で勝負するにしたって、今のところちゃんとアピールできていない。
初めての合コンで上手くいく筈がないよな。
よし、今回は楽しむ事にしよう。
僕は一人、そう決心していた。
その後、話は住んでいる所の話になった
僕が港区にある実家住みというと今までにない好反応が返ってきた。
「本当にそこに住んでるんですか!?」彩花が食いつくように質問してきた。
それに対して大江が思い出した様に補足した。
「そうそう!須山ん家って何度か行った事あるけど、結構な豪邸でさ、親父さんが須山自動車の社長なんだよね」
「須山自動車の社長の息子なの!?」驚きの声があがった。
確かに僕の親父は世界的にも有名な須山自動車の社長だ。よくCMとかもやっている。マンションも20棟以上持っている。
現在、僕は父の会社で働く前に他の自動車会社で働いて勉強してこいと言われ、現在はその修行のまっただ中という訳だ。
予想はしていたが、その後は僕に対しての質問攻めだった。
家の大きさの事や、父の仕事や家族構成やらを根掘り葉堀聞かれ、今度お家に行ってみたいとも言われた。
僕があたふたと答える様子に大江と林は笑いを堪えるのに必死の様子だ。あいつらは後で殴ろう。
最初、可愛い女の子達が僕に興味を持って、話しを聞いてくれるのはとても気持ちがいい。
でも段々とそれは違うんだと気がついた。
彼女たちの目には僕がお金としてしか見えていないのだ。
正確には、僕の背景にいる父のお金に興味があるということだ。
さっきまで僕は勘違いをしていた。
どうやら女は顔や体より、お金が好きな生き物みたいだ。
段々、沸々と怒りとも悲しみとも言えない感情が込み上げてくる。
僕は一体、なんでこんな感情になっているんだろう。
彼女達が僕をお金としてしか見ていないからなのか。
いや、違う。お金持ちなのは父なのに、それで僕の評価が上がった事が悔しかったのかもしれない。
こうなる事がわかっていて、今まで合コンは避けていたんだった。
そして2時間の時間が経った事もあり、宴も終わり、連絡先交換タイムが始まった。
女性陣3人から連絡先を聞かれた。逆に林は千帆と彩花と玲夢それぞれの連絡先を聞いて終わった。
千帆と彩花は2次会に行きたい様子だったが大江と林が財布からさっとお金を出して「ごめん、明日予定あるからこれで解散で!」と言って素早く会計を済ましていた。
店を出てからは千帆と彩花に挟まれて、色々と話をしたが正直何一つ覚えていない。
ただ駅が近くに来た頃に二人から「須山くん、どっかでもう少し飲まない?」と誘われたが、心底疲れていたので断った。
帰りの電車が僕と玲夢は途中まで同じだった。
電車に揺られながら小さな玲夢が僕を見上げながら
「今日はとても楽しかったです。そのー…迷惑じゃなかったら、もう少し須山さんとお話がしたいです」
くそ、コイツもか。
最初こそ可愛くて気の使えるいい子だと思っていたが、結局、僕がお金持ちだとわかった途端、千帆と彩花に負けないくらい話しかけて来た。みんな僕のことをATMかお金製造器にでも見ているんだ、そうに違いない。
僕はそんな人が嫌いだ。
そんな人に付き纏わられるのはごめんだ。
だったらハッキリ言うしかない
「ごめん、どうやら僕は君みたいにお金目当ての人が大嫌いなんだ。お金持ちなのは僕じゃなくて親父だ。そんなにお金が欲しいならくれてやるよ。いくらが欲しいんだ?言ってみなよ。…渡したら、もう話しかけてこないで欲しいね。」
なるべく冷たく、突き放すように言ってやった。
「…私そんなつもりじゃ」
「だったら何?お金以外に僕のどこがいいんだよ!今日の飲み会だって僕の父のことを知ってから、みんな別人の様に変わっただろ。女なんて結局そんなモンなんだよ」
そこから僕たちは車内で終始無言だった。流石に酔っていたとは言え言い過ぎたな。
謝った方がいいのかな、いや、悪いのは向こうだからいいか。
もう合コンなんて今日限りにしておこう。
電車が速度を落とし、僕の降りる駅に着こうとしている時
玲夢がうつむきながら震える声で言った。
「私、須山さんは優しい人って知ってるんです。だから私の先輩達のせいで須山さんの心を傷つけてしまってごめんなさい。千帆さんも彩花さんも普段はとってもいい人なんです。それにー…」
僕はそれを無言で聞いていた。何が知っているだ。いい加減な事を言いやがって。
ドアがゆっくり開いた。僕はそのまま何も言わず立ち去ろうとした。
「須山さんは覚えいないみたいですけど。私達、前に会っているんですよ」
そう言われハッと振り返った。
こちらを見ている玲夢がどういう訳か泣いていた。
「前に会ってるっていつのこと?」
「それは――あっ!続きはLINEします。おやすみなさい」
そう言って走り去る電車の車内から、涙を拭った手を振る玲夢を僕は魂が抜けた様に見ていた。
前に会ったとは何の事だろう。
彼女の事を考えても僕のなかに思い当たる節はなかった。
僕は家についてから、謝罪と前に会ったことについて尋ねたが、2時間経っても返事は返って来なかった。
なんともモヤモヤする。
もしかしてこれは仕返しなのか。
そうか、仕返しか。
僕が酷いことを言ってしまった仕返しをしてるに違いない。
だったら、あんな嘘は気にしないで寝よう。
いつもだったら、もう寝ている時間だ。
僕はその日、鉛が暗い海に沈む様に一気に眠りの世界に落ちていった。
この時の僕はこれから起こる事について何一つ、予測なんてしていなかった。
まさか翌朝のニュースで彼女の死を知ることになるなんて。
僕は朝起きて、テレビニュースの内容を聞いて眠気が吹き飛んだ。
ニュースキャスターが淡々と読み上げている。
――都内在住の古垣玲夢さん、23歳女性が昨夜23時頃、目黒区の路上にて背後から刺殺され、病院に運ばれたのち、死亡が確認されました。警察は金銭類は取られた形跡がなく、凶器のナイフが荒川区、中野区での殺人事件と同一の物から連続通り魔事件として現在、犯人を追っています。目撃者の証言によると犯人は黒いパーカーにジーンズ姿の2,30代の男性との事です。
僕は朝食のトースト食べている手が止まり、しばらく椅子に座ってボオッとしていた。どうしていいのかよくわかんない。体のずうっと奥のほうから心臓を激しく叩く音が体の中で響き、手足がいやに重くて、口が蛾でも食べたみたいにカサカサした。
まさか昨日、会っていた子が死んだなんて信じられない。
通知音が鳴った。
携帯を見ると、林と大江とのグループチャットの通知だ。
二人もニュースを見たらしく、驚いている様子だった。
あぁ、本当に気分が悪い。
とりかえしのつかない事をしてしまった気がする。
昨日は僕らしくなかった。
あれくらいの事で取り乱して、あんな小さな女の子を泣かせてしまった。
泣いている姿を見た時は流石に怒りが冷めて、動揺した。
僕はそんなに酷い事を言ってしまったのか…?
まさか大人があれくらいで泣くなんて思いもしなかった。
いや、それ程の事を言っていたのかもしれない。
もう、取り返しのつかない事だけど
せめて最後は笑顔でいさせて上げたかった。
…くそ…くそ…くそだ。
後悔の思いがあふれ出してくる。
せめて、昨日に戻れるなら
そう強く思ったとき
激しい頭痛と胸が締め付けられる感覚に襲われ僕は床にうずくまった。
息が苦しくなり、視界が閉じていき、目の前が真っ暗になった。
「おい、須山!」
僕はハッと目を見開いた。
ここはどこだ。
「大丈夫かお前、いくら初合コンだからって緊張しすぎだろ」
林が僕の顔をのぞき込んでいた。
「ハハ!さてはお前、童貞だな」
大江がニヤニヤしながら言っている。
「…童貞じゃねーよ」
不思議とさっきまでの頭痛はすっかり消えていた。
周りを見渡すと、昨日の合コンの居酒屋だ。
僕の前に大江が座っていて、左には林がいる。
『Go! Go! Muscle!~♪』大音量で大江の携帯に着信が入った。
キン肉マンのオープニング曲だ。
電話に出ると、親しげに話している。
これってもしかして…
「女の子、道間違っちゃったらしくて、後10分くらいかかるってさ!」
「それじゃあ、来る前に何か作戦考えとこうか!」
大江が嬉しそうに言ったのに対して、林が即答で
「んじゃ、俺は親が地主設定で頼むわ」としたり顔でまた言った。
林と大江があれやこれやと作り話を考えている横で
僕はあわてて携帯を取り出す。
日付は13日の金曜日、時刻は19:55。
ありえない。どういう訳か僕は昨日の合コン直前に戻ってきている。
これは『未来予知』か『タイムリープ』だ。
アニメやラノベで何度も見た事がある。
もしこれが夢じゃないなら、僕はこれから起こる未来を変えたい。
玲夢の死をなかった事にしたい。
「おい須山は設定はどうするよ?ってお前は必要ないか」
笑いながら大江が聞いてきた。
「いや、一つお願いなんだけど俺の親の事は内緒にしてもらえないかな」
大江が意外そうな顔をした。
「マジかよ!言ったら絶対モテるじゃん!お持ち帰りし放題だよ!」
林が食いついてきた。
「あーいや、今回お持ち帰りはNGで頼むわ!向こうの女幹事そういうの厳しい人なんだよね」
「え!そうなの!」おちゃらけて落ち込む林。
お持ち帰り禁止については僕も知らなかった。
僕の知らない情報が出てきたって事は未来予知とは違うのか。
今回も結局、設定については林が「嘘は良くない」といってなしになった。
「でも須山の親については、俺にチャンスが回って来そうだから、黙っていよう」
と言ってくれて、それに大江も同意した。
これで前回の様な失敗は回避できる筈だ。
そんな話をしていたら「ごめ~ん」と言いながら千帆達が近寄ってきた。
そして一番後ろに玲夢がいる!
やっぱり過去に戻ってきているんだ。
女性陣が来たことで大江が移動して、男子は横並びになった。
僕から向かって左から千帆、彩花が座り、正面には玲夢が座った。
間違いなく本人だ。心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
軽く挨拶をして、ドリンクを注文した。
幹事同士が和やかな雰囲気で会話をしている中
一人、前回とは”違う緊張感”に襲われていた。
そして乾杯をした後に大江の仕切りで僕から自己紹介をしていく事になり
前回同様の自己紹介を皆繰り広げて、談笑が始まった。
前回は合コン前にどんな相手が来るかを
考えてドキドキして、手汗も凄かったけど
今回、僕からしたら皆二回目だ。
流石に前回みたいなお地蔵さんではなく
だいぶ自然に話す事ができた。
ただ玲夢を除いての話だ。
どうしても彼女をまっすぐ見られない。
彼女を見るとさっきのニュースを思い出して、悲しい気持ちになる。
そんな僕の気持ちとは裏腹に彼女はニコニコとして皆の話を楽しそうに聞いている。
今は最近見た映画の話題で盛り上がっている。
状況を整理すると僕はどういう訳か、僕の願いが通じて
未来から記憶だけ、過去に戻ってくる『タイムリープ』をしている様だ。
そして、このままの未来だと23時に玲夢は駅から自宅までの帰り道を歩いている所を背後から通り魔に刺されて、殺されてしまう。
それだけは、なんとか今回食い止めよう。
でも、どうすれば食い止められるだろうか。
とりあえず帰宅する時間を変えられたら未来は変わるかもしれないな。
そんな事を考えていたのも合って
会話に参加していなかった僕に玲夢が話しかけてきた。
「須山さんってお休みの日は何をされているんですか?」
「休みかーなんどろうな~」
正直に言うと休みの日は撮りためていたアニメを見たり、ラノベの続きを読んだりしている。
でも正直に言って、引かれるのもなんとなく嫌だなと思い
「日によって色々だけど、カラオケとかダーツとかドライブしてるかな」
「いいですね!私なんてインドア派だからお家でだらだらばっかりですよ。カラオケは何の曲歌うんですかー?」
今回も彼女が僕に気を使ってか色々話しかけてくれた。
正直に言うと、前回も答えたから二度手間な気は少ししたが、仕方がない。
それにしても可愛いな、と思ってしまった。
こんなにも僕の話に興味を持って、楽しそうに聞いてくれるなんて。
きっとモテるんだろうな。
そんな他愛もない話をしていたら、あっという間に時間が過ぎていた。
前回とは違って今回はとても楽しい気分のまま終われた。
それは僕だけじゃなくて皆も同じ様だ。
というのも今度、またこのメンバーでBBQに行くことになった。
口約束ではなくて、店を出る前に、既に6人のLineグループを作って予定を決めようという本気っぷりだ。
ただ問題はここからだ。このまま解散されたら玲夢を引き留めるのは難しい。
一体、どうすれば自然に時間を稼げるだろうか。
そんなことを考えていると、一番最後に店から出てきた大江が時計を見てから言った。
「まだ時間あるし、この後もう一軒飲みに行くのと、カラオケどっちがいい?」
帰るという選択肢がないという、最高の提案をしてきた。
もちろん僕も林も行く気満々だ。
それに釣られて女性陣も終電まで、また時間あるし…ということで
二次会には参加してくれることになった!
その際に二次会への参加を少し迷っている玲夢に対して、このまま返す訳にはいかないと思い
僕が必死にお願いしたら、来てくれる事になった。
周りから見たら、まるで僕が玲夢を狙ってる様に見えたと思う。
でもこの時間で帰って、通り魔に会うよりは全然マシだ。
多数決で結果的にカラオケに行くことになった。
現在の時刻は22時20分。
これから最低でも40分でも時間を稼げれば、たぶん大丈夫だろう。
カラオケに来ると玲夢は僕の隣に座っていた。
僕は玲夢に思いきってあの事を聞いてみた。
「ねー僕らって、昔に会った事なかったけ?」
僕の質問に対しては驚きの表情を一瞬、見せて答えた。
「気のせいじゃないですか?須山さん、それってどこで会ったか覚えていますか?」
「え?あれ?あははー…いや、気のせいだったかな」
あれれ、前回は『前に会った事ある』って言ってたのに
なんで、今回はとぼけるのだろう。
横からその会話を聞いた林がニヤニヤしながら
「なにそれ?運命的な再会を装ったナンパか!とりあえずほら、須山達も曲入れな」
そう言って僕にデンモクを押しつけて歌うように促してきた。
正直、今は歌なんてどうでもいいんだけど
空気を悪くするのも良くない。
とりあえず一曲だけと思い歌った。
僕の十八番、ゆずの『栄光の架け橋』
これが想像以上に好反応だった。
次々に曲の歌って欲しいリクエストされる程に。
喜んで貰えると嬉しいので僕もそれに答えたりして、カラオケは大変盛り上がった。
今日程、高校の時に合唱部に入って良かったと思った日はない。
そうしているうちにあっという間に時間は過ぎた。
12時手前でそろそろ解散しようかという事になり、それぞれの電車へ向かい別れた。
玲夢とは同じ電車に乗り、運良く座る事ができた。
腕時計を見ると00:04分。日付が変わっていた。
「玲夢ってお家、どこなの?」
「渋谷駅から歩いて10分ちょっとのところに住んでますよ」
「それじゃあ、もう時間遅いし、よかったらお家まで送っていこうか」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。たまに会社の飲み会とかでもこのくらいの時間に帰ったりしますから、大丈夫ですよ」
「でもやっぱり心配だな、ほら最近通り魔のニュースあったしさ」
「あはは、大丈夫ですよ!私身長は小さいですけど、こう見えて以外と脚は速いんですよ!だから変な人がいたら、叫びながら走って逃げるんで大丈夫ですよ」
「それをやったら、玲夢の方が変な人に見られそうだけどな」
二人で笑いあった。
僕の降りる駅が近づき、電車がゆるやかにスピードを落としていく。
「今度さ、二人で水族館行かない?玲夢、ペンギン好きって言ってたし、僕も水族館好きなんだけど一人じゃ中々行きにくくてさ」
「いいんですか!?是非お願いします!やった!」
こんなに喜んでくれると思わなかった。
本当に可愛いな、玲夢
「それじゃあ、俺ここだから。気をつけて帰るんだよ。お家ついたらLINEしてね」
「はい!」
僕は立ち上がって電車から降りた。
振り返ると玲夢が笑顔手を振っているのが見える。
僕もそれに笑顔で振り返した。
やがてルルルとホームの乗客を急がすベルが鳴り、駆け込み乗車を一人二人受け入れる寛容さでドアが閉まる。
そして電車がホームを滑り出し、玲夢を連れて行った。
今回は笑顔で別れる事ができて良かった。
後は無事に帰れる事を祈る事しかできない。
僕は自宅に帰ってシャワーを浴びた。出てきて携帯を見ると合コンメンバーのグループチャットが盛り上がっているのとは別に、玲夢からのメッセージが来ていた。
『須山さん、今日はとっても楽しかったです!今度の水族館も今からドキドキして楽しみにしています。それではおやすみなさい』
良かった無事に帰れたみたいだ。
僕は返信して、すぐ眠りについた。
翌朝、目が覚めて、テレビをつけると、恐ろしいニュースが流れていた。
――――玲夢がまた殺された。
しかし今回は通り魔ではない。
深夜に自宅に犯人が侵入し、玲夢とその家族の命を奪っていた。
防犯カメラの映像から犯人は特定された。
しかし既に中国国籍のその男は中国に逃走している可能性が高いとの事だった。
つまり、玲夢はたまたま死んだのではなく
命を狙われていたのだ。
「くそがあああああ!」僕は力の限り、思いっきり叫んだ。
その叫びがトリガーとなって
僕はまた激しい頭痛と胸が締め付けられる感覚と共に
視界が真っ暗になった。
「おい、須山!」
僕はハッと目を見開いた。
あたりを見回すと、また居酒屋だ。
「大丈夫かお前、いくら初合コンだからって緊張しすぎだろ」
林が僕の顔をのぞき込んでいた。
「ハハ!さてはお前、童貞だな」
大江がニヤニヤしながら言っている。
「…トイレ行ってくる。女の子来る前には戻るから」
そう言って席を立ち、僕は心配する二人を無視して鞄を持ち、トイレに入り、まず顔を洗った。
鏡に映る自分に向かって言ってやった。
「落ち着け、落ち着いて考えれば、大丈夫。絶対玲夢を救える筈だ」
濡れた顔をハンカチで拭き、洋式の個室に入った。
僕は仕事で普段使っている手帳を開き、現在までわかっている事をまとめる事にした。
まず今回の玲夢の死因から考えて、自宅に帰っても危険な事がわかった。
また相手は中国人の単独犯である事がわかっている。
これだけの情報で一体、どうすれば玲夢を守れるんだ。
もしかしたら玲夢を尾行している人がいる。
それを巻いて、僕がホテルなり自宅なりで匿う事ができれば
彼女は生き延びる事ができるかもしれない。
でも本当にそれでいいのだろか。
結局、逃げたままではいずれ殺されてしまうのではないだろうか。
こうなったら、いっそアレしかないのか。
僕は最後の秘策の用意に取りかかった。
僕は腕時計に目を落とした。
10分という時間はあっという間に過ぎた。
そろそろ来る時間だ。
トイレから席に戻る時に、わざと道を間違えたフリをして、店内を見渡して見たが、中国人で黒いパーカー人は店内にはいないようだ。
「遅かったな須山」林が心配してくれた
「女子、道に迷って遅れてるみたいだけど、そろそろ来るよ」
大江がそう言った時に「ごめ~ん」と言いながら千帆達がやってきた。
前回と同じやり取りで、ドリンクを注文して乾杯をした。
今回は僕はお酒ではなくウーロン茶を飲んでいる。
そして大江の仕切りで今回も僕から自己紹介を促された。
だけど僕はそれを断り、「一番最後がいい」と言った。
周りも「え」と言った様子だったが、林がすかさず自己紹介を始めた。
そして玲夢の自己紹介が終わったり
いよいよ僕の番だ。
僕は軽く深呼吸をして言った。
「―――僕は須山尚樹、失敗した明日から来た者です。」
女性陣があきらかに怪訝そうな顔をしている。
林も大江も「何だそれ!」ってツッコミを入れてきたが
僕は真剣な表情のまま続けた。
「玲夢、君は今夜…殺される。僕は何としてもそれを止める為に戻ってきたんだ。」
玲夢はあきらかに動揺している様子だ。
無理もない。
向こうから見たら、初対面の男が意味不明の事を言ってるのだから。
何か言おうとした大江を僕は手で制止、5人それぞれにメモを渡した。
「なにこれ…」メモを読んでいる皆から困惑の声が上がる。
千帆や彩花、玲夢の表情はみるみる青ざめていく。
僕が渡したメモにはそれぞれの自己紹介の内容を丸々、同じ文章を書き、更に今までの合コンで聞いてきた趣味や住んでいる所、今までやっていたスポーツなど思いつく限りの聞いた話を書いた物だ。
「なにこれ、ストーカーじゃん」彩花は怯えたた様子でメモを放り投げた。
千帆ははわざと大きくため息をついた。
「大江、これ何の真似?趣味悪すぎ」
「おい!俺も何も知らないよ!」
そう言う大江の声は既に千帆には届いておらず、席を立ち「彩花、玲夢帰るよ」
「待って!僕の話を最後まで聞いて下さい!!」
僕は必死に頭を下げ、懇願した。
千帆は僕を無視して、まだ座っている玲夢の手を引っ張った。
「さっきの話、本当なんですか」
玲夢が千帆の手を優しく振りほどき、僕に真剣な眼差しを向ける。
「…うん、本当だよ」
「そうなんですね。私、須山さんの言う事を信じます」
「なに言ってるの玲夢!そんなの信じちゃダメよ!だって…だってそれが本当なら貴方は今夜死ぬことになるのよ!?」
千帆は涙ぐんでいた。
「さっきのメモに書いてあった事は全て本当の事でした。もし興信所に頼んで調べてもらったとしても、自己紹介の言葉までわかるとは思えません。」
みんな信じたくない真実を突きつけられて、言い返せないみたいだった。
「それに嘘ならそれはそれで私助かりますし、もし本当なら、助けてくれる為に須山さんはこうして、話をしてくださっているんですから。私、まだ行きたい事もやりたい事もたくさんあるんです。だから須山さんお願いします!私を助けて下さい」
今度は玲夢が僕に頭を下げた。
それを見た千帆と彩花は顔を見合わせ、気まずそうに席にそっと座った。
「須山、俺には状況がよくわからないから、お前にあった出来事をまず一から聞かせてくれないか」
林が冷静に問いかけてきた。
僕は今までにあった出来事をかいつまんで話した。
なるべくオブラートに包んで話したが、どうしても玲夢にとっては
聞きたくない話の筈だ。
「なるほどね。それでこれからどうするつもりだ?」
僕の話を聞き終わったら、林が質問をした。
「敵から玲夢をかくまえる場所に連れていこうと思う。尾行がいればそれも追い払うつもり」
それを聞いた林は少しうつむいて、考えているようだった。
「警察に相談したらいいんじゃないでしょか」彩花が言ったが、それに対して大江が
「それは難しいと思うよ。だって警察に、なんて相談するの?これから人殺しが私の家に来ます!助けて下さい!って言ってどれ程効果があるかわからないし」
考えても結局、有効な手立ては思いつかないまま時間が過ぎていき、沈黙が続いた。
「皆さん、私の為にありがとうございます。でももう大丈夫です。」
「…最後は何か楽しい話をして過ごしたいです」
あきらかに無理をして言っている。
流石の僕でもそれはわかった。
「なに言ってるのよ玲夢!きっと助かる方法はある筈よ」
千帆の言葉はどこか不安げだった。
「そうだよ玲夢!いざとなれば玲夢をどこかのホテルで一部屋借りて、ほとぼりが冷めるまで、ひそかに隠す事だってできる。」
「なんで私がそんなコソコソ逃げなくちゃいけないんですか!私そんなカゴの中で暮らしたりするのは、もう嫌なんです」
「それだったら死んだ方がましです。どうせ生き物はいずれ死ぬんですから」
その玲夢の言葉でまた沈黙が続いた。
「それなら、悪いけど死を選んでもらおうか」
林のこの言葉で玲夢の運命は決まったのかもしれない。
それからしばらくして僕たちは店を出た。
そして二次会をすることもなく、それぞれの帰路についた。
帰りの電車内、ふるえる玲夢の手をそっと握った。
「やっぱり家まで送っていくよ」
「嬉しいけど、大丈夫です。私と一緒に歩いてたら須山さんも私の両親のように巻き添えになるかもしれませんし」
そう言って、残り少ない車内の時間をたわいもない話をして過ごし、僕は最寄り駅で降りた。
そしてなるべく笑顔で玲夢を見送った。
それに答えるように、玲夢も笑顔で手を振り返して僕たちは別れた。
その日の夜、玲夢は通り魔によって
後ろからナイフで刺され、白のワンピースが真っ赤に染め上げられ、路上で一人倒れた。
頭上には寝るには惜しいほど月が綺麗に輝いていた。
僕は一睡もすることなく、朝を迎えていた。
テレビを見ていると林からの電話が鳴った。
「須山、上手くいったぞ」
その言葉を聞いた瞬間、僕はガッツポーズをした。
「さっきの飛行機で中国に帰っていたよ。んで、そっちは無事なんだろうな」
「うん、お陰様で僕も玲夢も無事だよ」
「それは良かった。それじゃあ俺も家に帰るよ」
そう言って林は電話を切った。
僕は聞いたことを隣に座っていた玲夢に伝えた。
「良かったー!これで私、死なないで済んだんですね!」
「黒幕がわからないから、完璧には安心できないけど、これで一段落だね。あいつ等を雇った人も”殺人の偽装工作”をされたんじゃ、こっちに計画が筒抜けになっている事を察して、次は大々的には動けないはずだし、しばらくは僕の父の紹介で玲夢にボディーガードつけるから、安心して大丈夫だよ」
「本当に須山さんは私の命の恩人です。ありがとうございます。」
「僕だけじゃなくて、皆のお陰だよ。じゃなかったらこんな作戦、実行できなかった訳だし」
「そうですね!まずは林さんが作戦を考えてくれましたね」
「林が『悪いけど死を選んでもらおうか』って言った時は怒りそうになったけどね」
「え、須山さん、怒ってたじゃないですか」
「はは、だってまさか殺人の偽装工作をやろうって言い出すとは思わなかったんだもん」
「そうですね。そこから最終的に彩花さんの意見で引っ込みナイフと大量のケッチャプで通り魔を偽装しようってなったんですよね」
「僕が玲夢をスタンガンで眠らして血まみれの床に寝かせようって言ったら「アニメの見過ぎ」って大江に言われたんだよね」
「スタンガンなんて痛いの嫌ですよ」
「コソコソ逃げるより死んだ方がマシって言ったくせによく言うよ」
「それとこれとは別です」
顔を見合わして笑った。
「でも実際に大江さんに刺された時、本当に怖かったんですよ。ナイフ引っ込みの分かってても、私が倒れた後も、大江さん何回も刺してから逃走していったんですから。あれ絶対やり過ぎですよ」
「まぁ、あいつもテンパってたんだろ。それに本当の通り魔に玲夢は確実に死んだと思い込ませる為に必死だったんだと思うよ」
「犯人からしたら、自分と同じ服装の人が先にターゲットを殺しちゃうなんて予想もしてなかっただろうからね」
「実際、凶器を持ち歩いてる訳ですし、お巡りさんに職質されたら一発アウトですもんね。だから死亡確認する前にあわてて、犯人は現場から立ち去った訳なんですね」
「そんでその犯人の後をこっそり林に尾行させて、僕は急いで帰宅して、車で玲夢を回収して今に至ったわけだよね」
「みんなにはいくら感謝しても、しきれませんよ」
「そんなお礼なんていらないよ。あー安心したら一気に睡魔襲ってきたし、寝ようかな」
「私もどっと疲れが出て、ゆっくり眠りたいです」
「それじゃあ、そこのベッド使っていいよ、僕はこっちのソファで眠るからさ。起きたらお家まで送っていくよ」
「そんな悪いですよ」
という玲夢に遠慮するな、とベッドを譲ってそれぞれ横になった。
「そういや玲夢に聞きたい事あるんだけどさ、初めて玲夢に会った時は玲夢に『昔会ったことある』って言われてさ、二度目の時は『初対面です』って言われたんだけど、あれはどういう事だと思う?」
カーテンを閉めて、テレビを消し、うっすら暗くなった部屋で
天井を見つめながら、思い出したように質問をした。
「ふふ、私そんな事言ったんですね」
そう言って笑った玲夢は身体を起こして、こっちを見て髪をかき上げた。
カーテンの隙間から光りがうっすら刺す部屋で僕に見えた玲夢の側頭部に
付いているのはキクラゲなんかじゃない、僕の愛する獣耳だった。
「私、昔も須山さんに命を助けてもらった猫のレムです」
僕の胸に、弓矢で貫かれた様な衝撃がはしった。
登場人物より一言
須山 尚樹 (27)
三次元より二次元が好き!
須山自動車社長の息子で現在、他会社の自動車会社勤務。
「あれから一ヶ月して玲夢と水族館に行った。色々な魚を見て、美味しそうとヨダレを垂らしてた彼女はやっぱり猫なんだと思う」
林 浩宇 (27)
住他不動産東京支店営業。
「林の正しい発音はリムだけど、日本人は皆『リン』って呼んでくる」
大江 雄馬 (27)
OONAMIスポーツ杉並支店トレーナー
「肉体改造の最大の敵は自分の甘さだ。変わりたいあなた、是非OONAMIスポーツ杉並支店へお越し下さい!」
松山 千帆 (27)
株式会社セーオー化粧品宣伝部エース
社内での信頼も厚い常にクールな才媛。将来は自分の会社を持ちたい!
「事件のあった週明けに玲夢が新人の後輩に『週末何してたんですか?』って聞かれてた。それに対して玲夢が『んー強いて言えば生きてたよ』と、無駄のない回答に感動してしまった。あの子はきっと出世するわね」
前田 彩花 (24)
株式会社セーオー化粧品宣伝部3年目
「服にも年齢制限があることを知った。女の子って服が似合わなくなる速度が思春期の子供と同じなのよ。だからお金掛かって大変なの。つまり食事は男のオゴリでしょ♪」
古垣 玲夢 (23)
株式会社セーオー化粧品宣伝部2年目
獣耳をもち、人間社会に溶け込む元猫。
「先輩達が忙しいと猫の手も借りたいって嘆き出す事があるんです。もう2年も貸しているんだけど、変化はないみたいです」
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ご愛読ありがとうございました。
まだまだ未熟で拙い文章ですが、面白いと思って頂ければ幸いです。
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