海老チリ未遂、薄皮0.03ミリ
見逃すものですか。
確かに見ました、この目で、うん。
つまみ食いをしている身分で、他人に偉そうなことは言えないのだけれどこれは、まあ大胆。
このバイトを始めたて間もない頃、食べ放題でお客様のお眼鏡に叶わず余り散らした料理達をポリバケツに捨てる、それもとんでもない量を、抵抗というか、悲哀というか、概ねいい気分ではないわけです。
これだけの食料があれば貧困に喘ぐ恵まれない子供たちが諸々、はて何度言っただろうこの人生において。
頭の中でまた大言壮語を吐きちらすわけでして、結局慣れてしまえば何てことなし、シュウマイをポリバケツ目掛けて投げ捨てるその一連の動作に一寸の迷いなし。
そしてここにも一人、一連の動作に一寸の迷いも無く海老チリをこの世で一番薄い、失敬、私の人生で出会った中では間違いなく一番薄いビニールにびちびちびっちり詰め込み大成功。薄さなんと0.03。オカモト万歳。
無論、アフリカの貧困諸々、勿体無い精神日本の美徳、生命に感謝いただきます、なんての何処ぞの信仰。
社員様様に見つかりゃ一発退場、サヨナラボンバイエなわけ。
はいはいはい、社員様社員様、あのおばちゃん海老チリ袋詰めしてお持ち帰りで今夜もお家で中華三昧、って言ってやってもいんだぜ。
なんてま、そんなに鬼ではないもので、私。
これは私とおばちゃんだけの秘密。
てか、私の秘密。
今日のところは見逃してやるぜ相棒よ。
透明なナイフをこれまた透明な心臓に突きつけて、あんたの命、あたし次第さ、なんてジェームスボンドばりの痛い妄想、プチ優越感。
今夜は酒の肴に海老チリですか。そんなに持って帰って。
あら、もしかして今夜お孫さんでもくるのかしらね。
そらもう、喜ぶでしょうよ。泣けるねお婆やん。
ん、えっ、その歳で独り身。いいよ、いいよ、持って帰んな、遠慮はいらねぇ、小籠包も、さ、遠慮無く。
そんな妄想列島横断してたら、あっと言う間に定時さ、タイムカード切って、おさらばアディオス。
ピンポンパンポーン。
やれ、池袋駅構内は蒸し返しております。
こんな時期ですから、人も湿気も虫のように湧き出る湧き出る。
妊娠9カ月の鮒か、パンパンに張った山手線のオマタから湧き出ますのわ人の群れ。
ありがたいものでね、終電間際のこの時間、池袋から先なんてガラガラよ。
バッチリお席を確保ステージ丸見え最前列のS席中央、12000円也。
向かいに見えますは、あらまた偶然、さっきのおばちゃん奇遇やね。
私に気づいているのでしょうか?
何時も一緒に働いとりますよー。
ねーねー、その大事そうに膝の上に乗せて抱えてるそのバッグ、それよ、それ。
テロテロのビニールの紺色のそれ、うん、それ。
私には見えるんです。ユリゲラーばりに。その中海老チリパンパンご名答。
さてと、どうしてやりましょう。
ここで会ったが運のツキ。
このパンパンなオカモト0.03。ボールペンの先っちょがピトッて触れただけで今にも弾けそう。
そしたらどうよ、おばちゃんさ、下半身はおろか自尊心まで海老チリッチリですよって。
車両諸共ゴールデン中華三昧。お孫さんもさぞ悲しみますこと間違いなしですよって。
その腹に抱えた海老の殻を被ったチリ爆弾。あたしはお見通しよ。
「いんだぜ、ここで爆発させても。あんた諸共木っ端微塵子。お陀仏ばいちゃ。」
あたしのこの鋭利な小指の爪でその信管かっさくなんて容易いのよ。
この車両の乗客、ざっと80、あたしとあんたの駆け引きに懸かってるんですから。
「やれるはずがないさ。あんたは食べ物を大切にしすぎた。それが仇になったね。あんたにゃ、このプリップリのお海老様がびっちり詰まった薄皮はカッ裂けないさ。」
もお、よ、限界、腹筋よぎれますって。
降参降参ですよ。私の負けはい、お終い。チーン。
ですから、爆破心中だけはおよしなさいよ、ほんとに腹筋千切れてムキムキですよ、私。
新宿でおばちゃん降りてさ、本当におしまい。
ハンズでも爆破しにいくんかな。
私の妄想列車、あと3分で終点渋谷、渋谷。お手周り品のお忘れにご注意ください。